第54話 野営と朝ご飯

 ※※2巻が24年4月17日に発売になりました。よろしくお願いします※※



 最後の見張り担当だったアニエスは明るくなりつつある夜空を眺めていた。


「……この時間は冷えますね」


 そろそろ秋なのだとアニエスは考えた。


「これから北上するのだから、もっと寒くなるでしょうね」


 ミナトにも防寒具を用意すべきだろうか。

 だが、ミナトの服はサラキアの神具。極寒でも平気かもしれない。


「念のために手に入れておいた方が良いかも」


 そんな独り言を呟きながら、アニエスはテントの入り口を開けて中をのぞき込む。


「すー……わふ……ですぅ」


 コリンは走る夢を見ているのか、寝言を言いながらたまに足を動かしていた。


「かわいい」


 そう呟くと同時に、アニエスはどうしてコリンがここまで頑張らねばならないのかと思った。

 コリンは「子供じゃないです」と言っていたが、どう見ても子供だ。


「……コボルトの勇者」


 アニエスは子供の頃に至高神に選ばれて聖女になった。

 コボルト神に選ばれた子供がいてもおかしくはない。


「……コボルト神」


 だが、そんな神様はいただろうか。

 神は無数にいて、至高神の従神として知られている者だけでも数十柱いるのだ。


 アニエスどころか、この世の人の誰も知らない神がいても何の不思議もない。

 至高神の愛娘サラキアのように有名な神ばかりではないのだから。


(……でも、善なる神が非力な子供を過酷な運命を背負わせるでしょうか?)


 選ぶならばその責を果たせるものにすべきだ。

 責を果たせるわけがない子供を選ぶなど、善なる神らしくない。


(……預言者が怪しいですね)


 預言者がコリンに語ったことのうち、少なくとも薬草に関しては嘘だった。

 ならば、コリンが勇者だというのも嘘かもしれない。


 いや、むしろ嘘だと考えた方が自然だ。


 コリンは勇者だと信じ込まされた哀れな子供である可能性が高い。


「……村に行けば、わかるかもですね。ともかく気合いを入れないと」


 聖女として、ミナトに頼り切るわけにはいかない。


 コボルトの村を苦しめている病は、自分一人で治すぐらいの気持ちでいよう。

 そうアニエスは考えて、テントの中で眠るミナトを見る。


 ミナトは、コリンと対照的に静かに眠っていた。

 タロの大きな尻尾に抱きついて、寝息をたてている。


 そのタロは鼻先をミナトにくっつけていた。きっとミナトの匂いを嗅いでいるのだ。

 そして、タロは毛布をコリンに掛け、尻尾でミナトとコリンを守るかのように覆っていた。


「……タロ様の尻尾、気持ちよさそう」


 ミナトがうらやましいなと思いつつ、アニエスは朝ご飯の準備を始めた。



 夜明けから三十分かけて、聖女一行は順番に起きていく。


「いい匂いがするです!」

「ほんとだ!」「わふわふ!」


 コリンが朝食の匂いに飛び起きて、それに続いてミナトとタロが起きてきた。


「コリン。ミナト、タロ様。朝ご飯を食べましょうね」


 アニエスの用意した朝ご飯はシンプルだ。


 主食は焚き火で炙ったトーストだ。バターをたっぷり塗って、目玉焼きを載せている。

 おかずは分厚く切って炙ったベーコン。それに温めた牛乳だ。


「食べる!」「わふわふ!」


 ミナトとタロはテントから出ると、焚き火の前に座り、アニエスからお皿を受け取る。

 ピッピとフルフルは、ミナトの隣に座る。


「うまいうまい……ふわあ、おいしい」

「わふわふ」


 ミナトとタロは早速食べ始めて、幸せそうな顔をする。

 それをみてアニエスも笑顔になった。


 一方、コリンは朝食をみて、躊躇う様子を見せた。尻尾はバサバサ動いている。

 一晩寝て、コリンもだいぶ元気になった。


「で、でも、朝ご飯までごちそうになるわけには……」


 尻尾が動いているのだから、食べたいのは間違いない。

 だが、昨日と同様に遠慮している。


「子供が遠慮すんな」


 ジルベルトがコリンの頭をわしわし撫でる。


「子供ではないです!」


 そういいながらもコリンのお尻の辺りのバサバサが激しくなった。

 頭を撫でられるのは好きらしい。


「そうか。村まで案内してもらうのに、お腹が減って倒れられたら迷惑だからな」

「そうですよ、コリン。食べてください」

「……ありがとうです」


 コリンは朝ご飯を口にして、

「う、うまいです! パンはほんのり甘くて、少ししょっぱいバターと合っていて……」

「お口に合って良かったです」


 そういって、アニエスは優しく微笑んだ。

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