第53話 大きなテント
夜ご飯を食べ終わると、コリンはうとうとし始めた。
二日間、飲食と寝る間を惜しんで、薬草採取し続けてきたのだ。
お腹がいっぱいになったら、眠くなるのは当然だ。
「テントの中で寝るといいぞ」
「……そん……な、わるいです」
「遠慮するな。あ、ミナト、コリンを綺麗にしてやってくれ」
「わかった! まかせて!」
ミナトは温かい水球でコリンの首から下を包む。
するとたちまち水は汚れていく。
「とりゃーー」
ミナトは温かい水を出し続け、土や泥、ダニやシラミなども混じった水と交換していく。
「え? ふぁ? なにがおきてるです?」
混乱するコリンに、
「体をきれいにしているんだよ~。あ、コリン、十秒だけ息をとめて目をつぶって」
「はいです」
コリンは素直に目をつぶって息を止めた。
すると、温かい水はコリンの全身を包む。
「ぷはっ」
「これできれいになったよ!」
ミナトが使ったのは、湖の大精霊メルデから教えてもらった魔法だ。
温かい水の塊が、コリンから離れたときには、
「服も綺麗になってるし、もう乾いているです」
「ミナトは水を自在に操作できるので、乾かすのも濡らすのも自在なんですよ」
マルセルがどこか自慢げにコリンに説明する。
「ミナト様、すごいです」
「どうでした? 不快ではありませんでしたか?」
アニエスが心配そうに尋ねる。
犬には濡れるのが嫌いな種もある。コボルトは犬ではないが、犬に似た特徴も持っているのだ。
それゆえ、風呂嫌いのコボルトもいれば、風呂が嫌いじゃないコボルトもいる。
「……気持ちよかったです」
「なら良かったです。ミナト、私もお願いします」
「まかせて!」
「アニエスが終わったら俺も頼む」「私も」「私も」「わしも」「ばうばう」「ぴぃ~」
「まかせて!」
皆がミナトの前に列をなす。
旅をするときは何日も風呂には入れず洗濯もできないのは普通だ。
川で水浴びするぐらいだが、それも敵を警戒しないといけない。
そのうえ、川の水は信じられないぐらい冷たい。真夏でもだ。
今のように、夏が終わりかけている季節だと、川での水浴びは本当に辛い。
そして、今日のように森を走ればダニがつく。
そのダニが寝袋に移ったりして、寝るのも辛くなる。
「ミナトのお陰でさっぱり眠れます。ありがとう」
「えへへ~」
みんなにお礼を言われて、ミナトは嬉しくなった。
そんなミナトが誇らしくて、タロはミナトをベロベロ舐めた。
最後にミナトは幼竜のことも優しく洗う。
「かゆいところはないですかー?」「わふわふ~」
ミナトが幼竜に声をかけながら、温かいお湯で体を拭う。
ミナトが声をかけるのに合わせて、タロも一生懸命声をかけていた。
「ずっとミナトの服の中にいたから汚れてないんじゃないか?」
ジルベルトが幼竜を洗うミナトを見ながら呟いた。
「そうかもしれないけど、温かいお湯は気持ちいいから!」
「そっか。寝ている聖竜様も、きっと喜んでいるよ」
「そっかな? そうだといいな」
ジルベルトたちは、幼竜のことを聖竜様と呼んでいる。
聖獣の古代竜だから、聖竜なのだ。
「はやく元気になってね」
「わふ~わふ」
保護してからミナトはいつも幼竜を肌身離さず抱っこしている。
それだけじゃなく、毎日、優しく洗ってマッサージしてあげているのだ。
そして、タロはそんなミナトと幼竜を一生懸命応援していた。
幼竜を洗い終えると、ジルベルトがタロに元気に言った。
「タロ様! タロ様も入れるテントだぞ!」
「わふ!」
ジルベルトは大きなテントを指さした。
それはタロでも入れるぐらい大きい。小さな家ぐらいある。
タロは地面から肩までの高さ、つまり体高が一・五メートル以上ある。
簡単に言えば体高は馬並みで、横幅は馬よりも大きくがっしりしている。
「タロ様が入れるテントを神殿の者たちが作ったんです。気に入っていただければ良いのですが」
アニエスがそう言うと、マルセルがどや顔になる。
「大きさはともかく、組み立てを楽にするというのが大変だったんですよ」
どうやらテントの開発にはマルセルも加わったらしい。
「魔法的な防御もかけてありますからね。強い嵐でも壊れませんし、簡単な魔法なら効きません」
色々と工夫を凝らして、手軽に組み立てられ、頑丈かつ大きなテントを作ったようだ。
「これから寒冷地に向かいますからね。防寒性能もかなり高めてありますよ」
「わふ~~う! わふ!」
「ありがと! タロもありがとだって! すごい!」
ミナトとタロはテントの周囲を回る。
テントはモンゴルのゲルような形状で、直径八メートルぐらいあった。
そして、入り口は馬のように大きいタロでも入れるぐらい大きい。
「あ、綺麗な石だ!」
「わふ~」
ミナトとタロが川で拾って綺麗に磨いたザクロ石が、テントに等間隔に張られていた。
「瘴気よけの効果があるからな」
「そっかー。あ、これサラキア様と至高神様の像だ!」
ミナト作のサラキア像とタロ作の至高神像が、テントの四方の下部に取り付けられている。
「ミナトとタロ様が作った神像があれば、ほとんどの呪者は寄ってこないからな」
「そっかー」「わふわふ!」
「え、これが至高神様のお姿です? これではまるで……」
まるでうんこだという言葉を、コリンは飲み込んだ。
「中も確かめてくれ。靴のままでいいぞ」
「うん! コリンもいこ」「わふ!」「ぴぃ~」「ぴぎっ」
「はいです」
ミナトとタロ、ピッピ、フルフル、そしてコリンはテントの中に入った。
「広いねー」「わふわふ」
「すごいです」
床には絨毯のようなものが敷かれている。
「綺麗だけど、ほんとに靴のままで良かったの?」「わふ?」
ミナトとタロは不安になった。
「いいぞ。寝心地を整えるだけのための物だからな」
「いちいち靴を脱いでいたら非常時に困りますからね」
敵襲があったとき、靴を履いている時間などない。
だから、基本的に靴は脱がないし、服も着替えない。鎧を外すぐらいだ。
「断熱性の高い絨毯を地面に敷いてあるんだ。岩とか土は冷たいからな」
「ほえー」「わふ~」
「寝るときは寝袋をつかう。ミナトのはこれだ。タロ様には大きな毛布だ」
「わふわふ!」
「タロが、ありがと! 柔らかくて気持ちよさそう! だって」
これまで寝袋なしで野宿しても平気だったのだ。
屋根があればそれだけで、ミナトとタロにとっては充分だった。
そのうえ、寝袋と毛布があるならば、言うことはない。
「すごい。ほわー。寝袋もやわらかいしあったかそう」
前世のミナトが使っていた布団よりずっと質がよかった。
「わふ!」
タロも毛布がとても気に入った。
とても温かそうだし、ミナトが寒そうだったらかけてあげられるところがいい。
「寝袋と毛布は、ミナトとタロ様にあげるから、鞄に入れておくと良いぞ」
「いいの?」「わふ」
「もちろんだ。だから、サラキア様の鞄にいれておいてくれ。俺たちの魔法の鞄は容量がな」
ミナトの持つサラキアの鞄は神具だあって容量が尋常ではない。
アニエスたちが持つ魔法の鞄は、サラキアの鞄に比べたら容量ははるかに少ないのだ。
「寝袋と毛布を持ってくれたら、食べ物をもっと入れられるからな」
「そっかー。ありがとう。でも、食べ物とかテントとかサラキアの鞄に入れるよ?」
「ああ、ついでにそれも頼むな」
ミナトとジルベルトが話している間、タロは一生懸命毛布を鼻先で拡げていた。
そして、毛布の上でゴロゴロする。
「ぴぃ~」「ぴぎ~」
ピッピとフルフルもタロと一緒にゴロゴロしていた。
「タロはぼくと一緒にねるもんね」
「わふ!」
ミナトは寝袋に入って、タロにくっついて眠るつもりだった。
タロも当然そのつもりだ。
「コリンは僕とタロと一緒に寝よ」
「そんな、おそれおおいです」
コリンはタロを神様だと思っているので、一緒に寝るのは失礼だと思っているらしい。
「わふ!」
「タロが、お願い! だって」
「タロ神様の願いならば……」
そうして、コリンはミナトとタロと一緒に寝ることになった。
当然、ピッピとフルフルも一緒だ。
「じゃあ、俺が見張りを……」
「いえ、ジルベルトとサーニャは疲れているでしょう?」
ジルベルトの言葉をアニエスが遮る。
「そうですぞ。わしと聖女様、それにマルセルが交替で見張れば良い」
「それがいいですね。明日も走ってもらいますし」
そうして、ヘクトルが最初の見張りにつき、皆は眠りについた。
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