第51話 コリンの葛藤

 ※※ 4/17 二巻発売です。よろしくお願いいたします。 ※※ 


 ◇◇◇◇

 ひと月前。病気が流行する前のコボルトの村に謎の人物がやってきた。

 その者は深くローブをかぶり、鳥のくちばしを模したペストマスクをつけていた。


 顔も見れず、種族も、男か女かもわからない。身長が高いということしかわからなかった。

 だが、人懐こくて親切なコボルトの村人たちはその者の周りに集まった。


「あの、わが村にどういったご用件ですかな?」


 村長が代表して尋ねると、その者はゆっくりと村を見回して言う。


「……近隣の山から病魔がやってくる恐れがある」


 その声は男にしては高く、女にしては低かった。

 だが、よく通る心地のよい声だ。


「なんと! ど、どうすれば!」

「大丈夫だ。病を防ぐために私が来たのだから。まず効果的な薬草だが……」


 その者は薬草についてと、それを薬にする方法を教えてくれた。


「このあたりには少ないが、向こうの山には生えている」

「今から集めて――」

「それは意味がない。一週間しか持たぬのだ。病が流行ってから集めるしかない」

「なんと……。ですが、効果のある薬がわかっただけで助かりますぞ!」


 コボルトたちは素直に信じて、お礼を言って頭を下げる。


「…………むむ!」


 その時突然、その者が大きな声を上げた。


「この村は幸運だ」

「どういうことでしょう?」


 困惑する村人たちに、その者は大きな声で宣言する。


「この村には勇者がいる」

「勇者?」

「ああ。そこの少年」

「僕です?」


 指さされたコリンが前に出ると、その者は大きくうなずいた。


「そなたは神に選ばれし勇者だ」

「え? 僕が……勇者?」


 コボルトの勇者の存在は、昔から村に言い伝えられている。

 神に力を与えられ、神に仕える勇気があるコボルトのことだ。


「ああ、病は熊が媒介する。勇者が熊を殺せば、病が蔓延するのを防ぐことができるであろう」


 それを聞いて、コボルトたちは慌てる。


「そんな! 熊を殺すなんてできませぬ!」

「ああ、熊は大きく、強いのですぞ」

「だが、熊を殺さねば病は防げぬ」


 はっきりとそういうと、その者はコリンをじっと見た。


「勇者。そなたが勇気をだし、熊を殺せば村は救われるであろう。これは預言だ」

「……あなたは至高神様の預言者様なのです?」

「………」


 その者は肯定も否定もせずただ沈黙をもって答えた。

 だが、コボルトたちは至高神の預言者なのだと信じた。

 なぜなら、コボルトの勇者の存在を教えてくれて、村が助かる道を示してくれたのだから。


「勇者よ。我が言葉をゆめゆめ忘れるな。村を救えるかどうかはそなたの手にかかっている」


 そういうと、その者は宙に何かを撒いた。それはキラキラしていて、とても美しかった。

 コボルトたちがそれに目を取られている間に、その者はいつのまにか消えていた。


 その日からコリンはずっと悩んでいた。

 熊を殺すなんてできない。身長はコリンの二倍以上あるし、体重は何倍あるかわからない。


 だが、熊を殺さなければみな病気になってしまう。


「コリン、熊を殺すなんて無理なのだ。けして熊を倒そうなどと思ってはいけないよ」

「いえ、村長。僕は勇者なのですから……倒すですよ」


 口ではそういって、毎日村の外に出て、熊を遠目に見て、コリンは震えていた。


 熊が大きな腕を振るえば、小さな自分などひとたまりもない。

 それがはっきりわかるのだ。


「……僕は勇者なんかじゃないです」


 こんなに憶病なのだから。

 コリンは熊を倒せず、ただ時間だけが過ぎていった。


 謎の人物が訪れてから三週間後、最初の病人が出た。

 それから急激に病人は増えていった。


 ミナトたちと出会う三日前、三十人の村人のうち二十人が病気になった。


「……ごめんなさいです」


 病気の村人を見ていることができず、コリンは逃げるように薬草を集めた。

 そして、二日歩き続けて、呪者に襲われなんとか撃退したものの、倒れたのだ。


  ◇◇◇◇

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