第49話 夜ご飯

 夕食の準備をしていたヘクトルがコリンに尋ねる。


「コリンさん、肉はお好きですかな?」

「好きですけど……」

「ならよかった。今日は肉料理ですぞ」


 ヘクトルは鉄のフライパンを魔法の鞄から取り出して、火にかける。

 そして、豚ロース肉の塊を取り出して厚めにスライスしていく。


 聖女パーティは、魔法の鞄を持っている。

 魔法の鞄とは、見た目以上に容量が大きく重たい物を入れても重くならない便利な魔導具だ。

 しかも、中に入れておくと、食べ物が腐らない。


「ゴクリ」


 周囲が静かなので、コリンの唾を飲み込む音が響いた。


「でも! やっぱりご飯までいただくのはもうしわけないです」

「気にしないでください。みんなで食べた方が美味しいですから」


 アニエスがそういうと、


「コリン、あんパン食べる?」「わふわふ!」

「あん……パン?」

「えっとね、甘くて美味しいパンなんだよ。中にあんこが入っていてー」「わふ!」


 ミナトは説明しながらサラキアの鞄からあんパンを取り出す。


 サラキアの鞄はサラキアからミナトが貰った神具である。

 機能は魔法の鞄の完全な上位互換。魔法の鞄の比ではないほど容量が大きい。


「はい。食べて!」「わふぅ!」


 ミナトに笑顔で差し出されて、タロにも期待のこもった目で見つめられ、


「あ、ありがとうです」


 コリンはあんパンを思わず受け取り、


「早く食べて」「わふわふ」

「は、はいです」


 あんパンをパクリと口にした。


「………………」

「どう?」「わふ?」

「お、おいしいです! パンがふんわりしていて、あんこ? が、しっとりしていて」

「でしょー」「わふ~」

「甘いですけど、くどくなくて、パンの甘さとあんこの甘さがしっかりと合わさって……」


 コリンの尻尾がバサバサと勢いよく振られている。


「甘くて、幸せな味です。こんな美味しいもの食べたことないです!」


 コリンが初めて笑顔を見せた。


「えへへー」「わふふ~」


 コリンに大好きなあんパンを褒められて、ミナトもタロも嬉しかった。


「あんパンもいいですが、料理もあるゆえ、食べ過ぎないでくだされ」

「はーい」「わふ~」


 ヘクトルは手際よく料理していく。


 厚めにスライスして筋切りしたロース肉に小麦粉をまぶしたあと、フライパンで焼いていく。

 焼きながら、ケチャップとソースに砂糖やお酒を混ぜて、手際よくソースを作っていった。


「今日はポークチャップステーキですぞ」

「うわあ、おいしそう! 食べたことない!」

「わふわふ!」


 ミナトが喜び、タロが尻尾をぶんぶんと振る。

 そして、コリンは再びゴクリと唾を飲み込んだ。


「ニンニクとか玉ねぎを入れても美味しいのですが、タロ様も食べますからな」

「わふ?」

「タロは大丈夫だって言っているよ?」


 犬にとってニンニクや玉ねぎは毒となる。

 もっとも、タロはただの犬ではない。人が食べられる物なら何でも食べられる。


「でも、タロ様はニンニクも玉ねぎもあまり好まないのではないですかな?」

「わふ~」

「それはそう、だって」


 だが、食べられることと、好んで食べることは違うのだ。


「コリンさんはどうですかな?」

「僕も食べられますが、苦手です」

「やはり」


 ヘクトルはうんうんと頷く。


「タロ様はルコラの実を食べるだろ? 普通の犬はああいうのも好きじゃないんだぞ」


 ジルベルトがそんなことを言う。

 ルコラの実とはレモンのように酸っぱくて栄養のある木の実だ。


 確かにタロは、アニエスたちに出会う前、ミナトと一緒にルコラの実を好んで食べていた。


「わふ?」

「ルコラの実は美味しいって」

「変わってるなぁ。コリンはどうだ?」

「ルコラの実は……苦手です」

「やっぱり?」


 普通はそうだよなと、ジルベルトは思った。

 会話している間に、ポークチャップステーキが完成する。


「タロ様には少ないですが、ご容赦くだされ」


 タロの巨体に似合う量を作るとなると、数時間かかる。

 豚肉だけで、タロは五キロとか食べるだろう。


 それだけの量ともなると、火を通すのも大変だし、材料を運ぶのも大変だ。

 だから、タロは二人前ぐらいの量を食べることになっている。


「わふ~」

「タロが、じゅうぶんだよ! だって」


 タロは神獣なので、普通の犬とは違う。

 それゆえ、沢山食べることもできるが、別に食べなくても大丈夫なのだ。


 普通の大型犬と同じぐらいの量を食べていたら、お腹も減らないらしい。

 ヘクトルは最初に子供であるミナト、タロ、そしてコリンにポークチョップステーキを配った。


「どうぞ、食べてくだされ」

「ありがと!」「わふ!」

「ぼ、僕はお食事までいただくわけには……」


 まだ遠慮するコリンに、ジルベルトが、


「子供が遠慮するな。それに明日案内して貰うのに、空腹だと倒れるぞ!」

「こ、子供じゃないです」

「そうか。子供じゃないか。じゃあ食べろ」


 なにが「じゃあ」なのかわからないが、ジルベルトの言葉には有無を言わさぬ力があった。


「いただきます。ありがとうです」


 そしてコリンはポークチョップステーキを口にした。


「お、おいしい! すごく軟らかくて、豚肉の味が濃厚で、肉汁があふれてきて……」

 コリンの尻尾がぶんぶんと揺れる。


「お口に合って、よかったですぞ」

「ヘクトルさん、美味しいです、脂身もさっぱりしていて、トマトの風味がフルーティな感じで」


 感動したコリンの絶賛で、ヘクトルも嬉しそうだ。


「おいしいねー。すごくおいしいねー」

「わふ~」


 一方、食事を評価する語彙が少ないミナトとタロは美味しいを繰り返した。

 タロの尻尾もコリンに負けじと、勢いよく揺れている。


「はい、ピッピとフルフルも食べて。美味しいよ!」

「ぴぃ~」「ぴぎっ」


 実はミナトのお皿には大人の一・五人前ぐらいの量が入っている。

 ミナトも五歳児にしてはたくさん食べる。それは運動量が多いからだ。


 だが、ミナトのお皿に入っているご飯は、ミナト一人だけで食べるわけではない。

 ピッピとフルフルの分も入っている。


 昨日、突然フルフルがミナトに食べさせてとおねだりした。

 それをみたピッピもミナトに食べさせてもらいたがったのだ。


 きっと、フルフルはリッキーことリチャード王と離れることが寂しかったのだろう。

 そして、ピッピは父のパッパと離れることが寂しかった。

 だから、ピッピとフルフルはミナトに甘えて食べさせてもらいたがっているのだ。


「ぴい~~」


 ピッピの口に、ミナトがステーキの欠片を入れると、ピッピはミナトに体を押しつける。


「ぴぎっ」


 フルフルはほとんど食べない。

 ほんの少しだけ、指先程度のステーキをミナトに食べさせてもらって満足した。


 満足するとフルフルは、ミナトのひざの上でプルプルするのだ。


「いい匂いで、おきないかな?」


 そういって、ミナトは服の中で眠っている幼竜の鼻先にステーキを持っていく。


「やっぱり起きないか~。一緒にご飯を食べられたらいいのに」


 幼竜は大変な目にあった。

 だから幼竜は疲れが癒えるまで、いつまでも眠っていていいとミナトは思う。


 だけど、一緒に遊びたいし、美味しい物を一緒に食べたい。

 そういう気持ちもあるのだ。


「わふわふ」


 タロも幼竜のことをペロペロなめる。


「あの、その子はいったいなんなのです?」

「えっとね、竜のあかちゃん」

「り、竜!?」


 コリンがびっくりして、固まった。

 竜など普通の人は見たことがないので、驚くのも無理はなかった。


「この子が、おきたらいっしょにあそぼうね!」

「は、はい。こちらこそよろしくです」


 子供たちが食べている間も、ヘクトルはステーキを焼き続ける。

 大人たちにもステーキが行き渡り、和やかに食事が進んだ。

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