第48話 コボルトの事情
「神様です?」
コボルトはよろよろと立ち上がると、タロに向かって近づいていく。
「わふ?」
「タロは神様じゃないよ?」
ミナトがそういっても、コボルトは、
「……タロ神様」
タロを神様だと信じ切っていた。
コボルトはお座りするタロの足元に土下座する形で平伏し、
「タロ神様、来てくれてありがとうです」
お礼の言葉を述べる。
「タロ神様、どうか、みんなを助けてほしいのです」
土下座の格好のままタロにお願いする。
それを聞いて、アニエスとヘクトルは互いに顔を見合わせた。
「呪われた人が倒れていた時点でも思ったけど、ほんとに困ってる人がいたんだね」
サーニャがそういうのも無理はない。
ミナトは何キロも向こうから、困っている人を見つけたのだ。普通ではない。
「ミナトが困ってる人がいるって言ったんだ。そりゃいるだろ」
テントの準備を淡々と進めながらジルベルトがそう言って、
「コボルトの村が見舞われやすいトラブルといえば……」
マルセルはボソボソ呟きながら一人考え込みはじめた。
そして、タロはコボルトの匂いを嗅いだ。
「わふ~わふ? わふわふ。わ~ふ?」
「タロがどうしたのだって? 顔をみせて。おなまえ教えて? だって」
ミナトがタロの言葉を通訳すると、コボルトはハッとして顔を上げる。
「こ、これは名乗らず失礼をしたです。僕はコリンというです」
「わふわふ」
「この大きくて可愛い犬はタロだよ! それで僕はミナト! そしてピッピとフルフル!」
「ぴ~」「ぴぎぴぎっ」
ミナトがタロと聖獣たちのことを紹介すると、
「私はアニエスです。教会で神官をしています。よろしくおねがいします」
アニエスは自己紹介した後、聖女一行の者たちを紹介した。
だが、アニエスは聖女と名乗らなかった。
目立ちすぎるし、恐縮させかねないからだ。
当然、ジルベルトのことを剣聖の孫で伯爵家の跡継ぎだとも教えなかった。
「よ、よろしくお願いするです」
自己紹介の間も、ジルベルトとサーニャ、マルセルは野営の準備を進めている。
ヘクトルは火をおこして食事を作る準備をしていた。
「わふ~?」
「それで、コリンは何に困ってるの? ってタロが聞いてるよ」
「実は……村に病気が流行っているです」
「大変だ」「わふ!」
今、コボルトの村は疫病によって存亡の危機に陥っているという。
「村には何人のコボルトがいるのですかな?」
火をおこしながら、ヘクトルが尋ねる。
「えっと、僕を入れて三十人です」
「三十人。ふむ。そのうち病人は?」
「二十人です。二日たったから、もっと増えているかもです」
ヘクトルは無言でアニエスを見る。するとアニエスも黙って頷いた。
「タロ神様、助けてほしいのです」
「わふ~?」
タロは「僕は病気を治せないけど……ミナトできる?」とミナトに尋ねる。
「僕も病気の治療はやったことないかも。アニエスはできる?」
「病気にもよりますが、ほとんどの病気なら治癒魔法が効きますよ」
「すごい!」
「ミナトなら、どんな病気の治療もきっとできますよ」
「ほんと? 今度やってみる!」
それを聞いたコリンは、ミナトのことを神官の見習いなのだと思った。
きっと、アニエスから指導を受けている幼い子供なのだとしか思えなかった。
コリンがそんなことを考えて、アニエスをじっと見つめていると、
「治せると約束はできませんが、診察しにいきましょう」
「あ、ありがとうです! お金はほとんどないですが、一生かけてお礼を――」
「お礼は気にしないでください」
そういって、アニエスは、まさに聖女のような笑みを浮かべる。
「ちなみに、村はどの辺りなのですか?」
ヘクトルが尋ねると、コリンは少し考えて、北にある山を指さした。
「あの山を越えた向こうにあるのです。歩いて……二日ぐらい? です」
「一人で来たんですか?」
「はいです。病気に効く薬草を集めて……」
「まあ、薬草を? コリンは偉いですね」
アニエスに褒められたというのに、コリンは辛そうな表情を浮かべた。
「偉くなんか、……ないです。僕が臆病なだけです」
その様子を見て、アニエスたちは顔を見合わせた。
きっと、何か事情があるのだろう。
「コ――」
「マルセル」
コリンに事情を聞こうとしたマルセルをアニエスは止めた。
辛そうにしているコリンから、今事情を聞きだしたら泣き出してしまう。
そうアニエスは考えたのだ。
事情を聞くのは、もう少し仲良くなって、落ち着いてからでいい。
「ひとりで二日も歩いてきたんだね、すごいね!」「わふ~わふ!」
「ああ、すごいが危ないぞ?」
ジルベルトの言う通り、子供が一人で二日かけて山を歩くなど危なすぎる。
それをしなければならないほど、村は大変な状況とも言えるだろう。
「今から村に戻るのは、さすがに無理ですな」
ヘクトルが皆の様子を眺めて言う。
ジルベルトとサーニャは疲労困憊だし、コリンもお腹を空かせて疲れ果てている。
そのうえこれから夜になるのだ。
それにミナトとタロは強いとはいえ、まだ子供。夜は眠るべきだ。
「明日は日の出と共に出発したほうがいいわね。アニエスどうする?」
テントを設営し終えたサーニャが尋ねると、
「そうですね、それがいいでしょう。ミナトとタロ様はそれでいいですか?」
「それでいい!」「わふ!」
そして、明日の早朝、コボルトの村に向けて出立することになった。
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