第47話 コボルトの少年
「わふわふ~~」
タロの背にアニエス、ヘクトル、マルセルが、タロの頭にフルフルが乗って森の中を駆けていく。
木々が凄い速さで後ろに流れていった。
先頭に乗ったアニエスが、タロの首の毛を両手でがしっと掴んで、
「うわあーーーーー! すごいすごい! タロさま、速いです! きゃー、すごい!」
これまでに無くはしゃいでいた。
「わふ?」
「タロがかっこいい? だって」
そんなタロに難なく並走しながら、ミナトがタロの言葉を通訳する。
「タロ様、かっこいいです!」
「わふ~~!」
嬉しくなったタロは、走りながら尻尾を振った。
アニエスの後ろに乗るヘクトルは恐縮しきりだ。
「わしは、何という畏れ多いことを……」
至高神の神獣であるタロは、至高神の信者である神官騎士のヘクトルにとって崇拝の対象なのだ。
「わふわふ~~」
「タロは、背中にのってくれてうれしいって」
「もったいなきお言葉……。タロさま、痛くありませぬか?」
ヘクトルもアニエスと同様にタロの背中の毛を力一杯がっしり掴んでいるのだ。
「わふ~」
「いたくない、もっとつよくていいよだって」
「なんと! タロさまはお強い」
「わふわふ」
ヘクトルに褒められて、タロは嬉しそうに尻尾を振った。
ヘクトルに後ろから抱きついているマルセルは、
「ひぃぅ」
目をつぶって悲鳴を上げていた。
もちろん、タロは全力で走ってはいない。
タロが全速力で走れば、ミナトだってついていけないぐらい速かった。
ミナトのステータスはタロよりもはるかに低い。
ミナトの敏捷は352だが、タロの敏捷は6830もあった。
もっとも、ミナトの352も尋常ではない高さではある。
そんなミナトが、全力ではないとはいえ、タロについて行けるのはスキルのお陰だ。
狼の聖獣から貰った【走り続ける者Lv50】の効果も大きかった
タロにとっては、ジョギング程度の速さでも、ジルベルトとサーニャにとってはそうではない。
「速すぎるぞ。少し緩めてくれ!」
「タロさま、速すぎるよ!」
必死の形相でジルベルトとサーニャが叫ぶ。
タロは大きいが、四人も五人も乗せられるほどではなかった。
だから、ジルベルトとサーニャは並走することにしたのだ。
「わふわふ」
「タロがわかっただって!」
タロはさらに速度を落とす。それでもタロは充分速かった。
「ぴぃ~」
「うん、あっちの方だから、ピッピは先に見に行ってて」
「ぴぴ!」
ピッピに先行してもらい、ミナトたちは三十分近く森の中を走り続けた。
時速は二十キロ近い。それは長距離の陸上選手よりは遅い速度だ。
だが、ジルベルトたちは装備を身につけていて、しかも森の中を走っている。
疲れ果てるのは当然だった。
ジルベルトとサーニャが汗だくになり、息も切れ切れになった頃、
「あ、いた!」
ミナトは、困っている人を見つけた。
五十メートルほど離れた大きな木の根元、木の葉に埋もれてうつ伏せて倒れている。
「……え? どこだ? ちょっと、アニエス、はぁはぁ、……全部任せる」
「ぜえぜえ……ついたの?」
タロに合わせて走ってきたジルベルトとサーニャには余裕はなかった。
「タロ、少し待っててね」
タロは可愛いが、とても大きいので、ごく稀に怖がる人がいるかもしれない。
だから、大きなタロが、倒れている人を怯えさせたら困るとミナトは考えたのだ。
「わふ!」
タロは「がんばって!」と力強く吠えた。
「ありがと」
ミナトはタロにお礼を言ってから、倒れている人へと近づいていった。
「ぴぎ」「ぴぃ~」
フルフルとピッピが「ミナトのことはまかせて!」といって、ミナトの後ろをついていく。
「ま、待ってください」
アニエスとヘクトル、マルセル、そして疲労困憊のジルベルトとサーニャも続く。
さらにその後ろを、ゆっくりタロは付いていった。
「あっ、少しだけ呪われてる」
「ミナト、呪者か?」
息を整え、水を飲んでいたジルベルトが腰の剣に手を添える。
「気づきませんでした。確かに呪いの気配です」
「わしも気づきませなんだ」
聖女アニエスと神殿騎士ヘクトルも気づかなかったぐらいかすかな気配だ。
「呪者じゃないよ。……これはたぶん、呪者と戦ったんだよ」
死んでないということは、撃退したのだろう。
だが、無事では済まずに呪われたのだ。
「……助けないと」
ミナトは倒れている人に走って近づいていく。
距離が近くなると、アニエスにもその人の様子がはっきりとわかるようになった。
身長はミナトと大して変わらない。
ボロボロのフード付きのひざしたまであるローブを身につけている。
靴はボロボロな革靴だ。腰には鞘を差しており、近くに刃こぼれのひどい剣が転がっていた。
そして、近くには、何かが一杯に入った汚れた布袋が落ちている。
「すぐに解呪するね。えいっ」
かすかな呪いなど、ミナトにかかれば一瞬だ。
ほとんど魔力は使っていない。ただ触れるだけで、呪いは綺麗に消えた。
「……本当に、なんと言えばいいのかわからないけど、鮮やかです」
「本当に。あれだけのことをするのに、並の神官では一日仕事でしょうな」
ミナトの解呪の鮮やかさに、アニエスとヘクトルが感嘆の声をあげる。
一方ミナトは、気にせずその人に話しかける。
「だいじょうぶ?」
「…………み、みずがほしいです」
その人は、うつ伏せのままぼそっと呟いた。
「わかった!」
ミナトはその人を仰向けにすると、
「ゆっくり飲んでね?」
サラキアの鞄から水筒を取り出して、その人に飲ませる。
「うぐうぐうぐ」
その人は水を一生懸命飲んでいる。その人はまるで犬だった。まさに服を着た犬だ。
だが普通の犬に比べると手の指が長い。
「コボルトですね」
その人を見たアニエスがぼそっと呟いた。
「コボルトってなに?」
ミナトはサラキアの書でコボルトという言葉を見たことがある。
たしか、ミナトとタロが送り込まれた場所は、元々コボルトの村があった場所という話だった。
だが、サラキアが知らない間にコボルトたちは居なくなっていたのだ。
だからミナトはコボルトに会ったことがなかったし、コボルトについての知識もなかった。
「えっと、コボルトとは犬型獣人です。背は低く力は弱いのですが、敏捷で手先が器用なんです」
「へー、そうなんだ」
「コボルトは全体的に小さいですが、この身長は子供ですね」
そんなことをミナトとアニエスが話している間も、コボルトは水を飲み続けている。
コボルトは水を飲み終わると、ぶはっと息を吐いて、体を起こし、
「こ、子供じゃないです!」
と叫ぶように言った。
「あ、ごめんなさい」
「あ、こちらこそごめんです。助けてもらったのに。まずはありがとうです」
コボルトはアニエスに謝った後、ミナトの目を見つめる。
そして正座の姿勢になり、両手を前について、頭を深々と地面近くまで下げた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうです。このご恩は一生忘れないです」
「気にしないで。お腹空いてない? 何か食べる?」
「いえ、そんな! そこまでお世話になるわけにはいかないです」
そう言っている途中に「ぐうぅぅぅぅ」とお腹がなった。
「遠慮しないで!」
「ああ、そうだな。そろそろ日も暮れるし、折角だしここで泊まっていくか」
「それがいいわ。うん、それがいい。ちょうどテントを張るのに丁度良いスペースもあるし」
疲れ果てたジルベルトとサーニャが、そんなことを言う。
早速テントを張り始めて、宿泊の準備をし始めた。
そのテントは、ミナトがこれまで見たことがないぐらい大きかった。
「すぐに夜ご飯を準備しますね。一緒に食べましょう?」
アニエスに優しくそう言われても、コボルトは遠慮する。
「そんな、助けてもらったうえに、食事までいただ――」
遠慮の言葉の途中でミナトの後方を見てコボルトは固まった。
「どしたの?」
ミナトが、背後を振り返ると、タロが十メートル後ろにいた。
ミナトに少し待っててと言われたタロだが、気になって仕方なかったのだ。
だから、じわじわと気づかれないように近づいてきていた。
「タロがこわい? タロはこわくないよ? 優しくていいこだからね」
「わふ~」
いい子だとアピールするためにタロは地面に伏せて、ベロベロ自分の鼻を舐めた。
コボルトはそんなタロをじっと見つめて、
「……神様?」
「わふ?」
真剣な表情で呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます