第40話 王宮の戦いその2

  ◇◇◇◇

 タロが門を破壊して中に入ると、そこは広い中庭だった。

 中庭には整然と並ぶたくさんの騎士と宮廷魔導師、聖職者がいて、一斉にミナトたちを見る。


 騎士たちの向こうには三階建ての建物があり、そのバルコニーに男が一人立っていた。


「あれが一番悪い奴だ!」

「ちっ! 使徒と神獣がなぜここに!」


 ミナトが叫ぶのと、男が叫ぶのは同時だった。


「殺せ! 捕らえなくてもよい! 命を懸けて殺せ!」

 男は最初から殺意が高い。


 その時には聖女一行と見習い魔導師は中庭にたどり着いた。


「ああ、こんなにも精鋭の騎士と宮廷魔導師たちが……」


 ジルベルトの肩から降ろされた見習い宮廷魔導師の少年が、絶望の声をあげる。

 少年は騎士がいかに強いか、宮廷魔導師たちがいかに優れた魔導師か知っているのだ。


 一人一人は聖女一行の方が強くとも、これだけ数の差があれば、勝てるわけがない。


「くらえ~」


 そこにミナトの気の抜けた声が響く。同時にミナトの灯火の光が周囲を照らす。

 すると騎士たちはなすすべなく、バタバタと倒れて行った。


「あぶなかったねー」「わふ~」


 ミナトはそういうとタロの背中から降りる。


「おい! 悪者降りてこい! ゆるさないからな!」


 ミナトはバルコニーの上の男、つまりドミニクが一番の悪者だと直感で見抜いていた。

 ドミニクはミナトの言葉に反応しない。


「……使徒というのは実に厄介だな。おい!」

「「ピィ゛イ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛」」

「フェニックス、焼き尽くせ!」


 ピッピとその父が、ドミニクの後ろから現れると空高く飛び上がる。


「灯火じゃたりないね。タロ、みんなをまもりながら、何とか捕まえて」

「わふ」


 ピッピたちは騎士たちよりも入念に精神支配を施されていた。

 だから、灯火で照らすだけでは足りないと、ミナトは判断した。


「フルフルは好きに動いて」

「ぴぎ」


 ミナトの指示が終わると、ピッピとピッピの父が全身に炎をまとって急降下してくる。

 フェニックス一羽でも、聖女一行の全力で何とか戦えるかどうかというレベルの強さだ。

 それが二羽同時。勝ち目などない。絶望的だ。


「氷の精霊よ、マルセル・ブジーが助力を願う、氷壁アイス・ウォール!」


 マルセルがとっさに防壁を張る。

 離れたミナトたちを覆えるほどの防壁は、マルセルにも無理だった。

 聖女一行だけをギリギリかばうだけの防壁だ。それでも聖女一行を守り切れるかわからない。


「わふ」


 死を覚悟した聖女一行の前にタロが立つ。


「わふううううう!」


 タロは大きな声で吠えると、炎をまとったままピッピ親子が一瞬びくりとした。

 神獣であるタロが本気で吠えると、声に神聖力が混じるのだ。

 その神聖力をまともに浴びて、ピッピ親子の中に巣くう呪者が一瞬硬直したのだ。


「わわふ」


 そして、飛んできたピッピ親子を、ぺシぺシっと両前足で一羽ずつ押さえつけた。

 抑えられたピッピ親子は「ピィ゛イ゛」と鳴きながら、炎を全身から出しつづける。


「タロ、ありがと!」


 タロの背から降り、炎をまとうピッピ親子に近づくミナトをみて、アニエスはとっさに叫ぶ。


「危ない! 離れて!」


 次の瞬間、ピッピ親子がまとう炎が、爆発するかのように膨れ上がりミナトを飲み込む。

 ドミニクも聖女一行と少年も、ミナトが即死したと思った。


 あれだけの炎を浴びれば、人体は一瞬で炭になる。それほど強い炎だった。


「ミナトオオオオオオオ!」

 ジルベルトが叫び、

「ああ、ミナト……まだ助かります、助かるに決まっています! すぐに治癒魔法を――」

 アニエスが泣きそうになりながら、ミナトに駆け寄ろうとして、

「危険ですぞ!」

 ヘクトルに抑えられる。


「ふはははははっは! 間抜けな使徒がいたものだ! あっさり焼け死んだぞ!」

 そしてドミニクが勝利を確信し嬉しそうに叫んだ。


「えい!」

 だが、その次の瞬間、周囲を強い光が包み込み、炎が収まった。


「これでよしっと」


 そこには右手の指をピッピに、左手の指をピッピの父の耳に突っ込んだミナトがいた。

 やけどした様子もないし、服も髪も焦げてない。

 指先がまだ光っているので、まだ灯火の魔法の使用継続中だ。


「フェニックスの耳ってどこかわかりにくいねぇ?」

「わふ~」


 炎の中、ミナトはピッピ親子に近づいて、耳に指を突っ込んで灯火の魔法を使ったのだ。


「ど、どうして?」「なんでもないのか?」

 アニエスとジルベルトの問いに、

「ん。大丈夫! 僕は火には強いの!」

 そういって、ミナトはどや顔する。


 ピッピと契約した際に得た「火炎無効」のスキルの効果だ。


「ば、化け物が……」

 ドミニクがミナトを見てつぶやいた。


 それを聞いた少年が目を見開く。

 化け物みたいに強いと自分が恐れたドミニクが、この子供を化け物だと恐れているからだ。


「ゆ、許さぬぞ!」

「うるさい。少し黙ってて!」


 ミナトはドミニクを無視して、ピッピ親子の治療を続ける。

 しばらく灯火の魔法を使っていると、ピッピは口からどろりとした呪者の死骸を吐き出した。

 それは腐ったヘドロのような悪臭を放っている。


「ピ、ぴい……」

「あ、ピッピ、気が付いた?」

「……ぴい」

「謝らなくていいよ。僕の方こそ遅くなってごめんね?」


 そういいながら、ミナトはピッピに治癒魔法をかける。

 そして、空いた右手の指をピッピの父の耳に突っ込んだ。


「ぴ……」

「うん。お父さんも大丈夫だけど、ちょっと待ってね。呪者がしつこくて」

「ぴ、ぴぃ。ぴぃぃぃぃぃぃぃ」


 ピッピは「父さんは死んだと思ってた」と言って、安心して泣いた。

 そのとき、ピッピが吐いた呪者の死骸だと思われたものが、じわっと気化しかける。


「あ、まずい」

 思わずミナトはつぶやいた。


「ふん! 詰めが甘いな、使徒よ! その呪者は死後、瘴気になるのだ!」

 ドミニクが自慢げに語り始める。

 瘴気と化した呪者を吸いこめば、精神支配されることになる。


「めんどうだね!」

 灯火の魔法を使えば防げるが、今ミナトはピッピの父の治療中なのだ。


「ぴぎっ!」

「ありがと、フルフル」


 すると、気化しつつあった呪者の上にフルフルが覆いかぶさる。


「ぴぎ~」


 そして、そのまま消化した。


「なんだと? なぜ? スライムごときが……」


 唖然とするドミニクをしり目に、ミナトはピッピ父の治療を終える。


「ボオエエエエエエエエエエェェェェ」


 ピッピ父は口から大量の呪者の死骸を吐き続ける。

 死骸の分量は異常で、ピッピ父の体積の数倍を超えている。


「大丈夫、全部吐いちゃってね」


 ミナトはピッピ父の背中を右手で撫でて、介抱する。

 そしてフルフルは、ピッピ父が吐いた呪者の死骸が気化する前に、消化し続けた。


「やっぱり、この呪者の天敵ってスライムかもね」

「ぴぎ!」

「ピッピの見立ては正しかったよ。みんなを助けられたのはピッピのおかげだよ」


 そういって、ミナトは左手でピッピのことを撫でた。


「ぴぃぃぃぃ」


 ピッピはありがとうといって泣き続けた。


「ふざけるな、ふざけるなよ? 貴様らさえ、いなければ……」

「大丈夫? 水飲む?」


 ミナトはドミニクのことを無視して介抱を続けている。

 そうしながら小声でつぶやく。


「……フルフル」

「ぴぎっ?」

「おかしいんだ。呪者の本体がいないっぽい」

「ぴぃぎ~」


 ミナトはピッピ父に呪者の本体が憑りついている思っていた。

 だが、どうも様子がおかしい。


「ちょっと探してくれる? あと、他に人質がいたら助けてあげて」

「ぴぎっ」


 フルフルは、誰にも気づかれずにこっそり姿を消した。

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