第41話 王宮の戦いその3

 一方、ドミニクはタロと睨み合っていた。

 ミナトが介抱に夢中になっていても、タロにじっと油断なく睨まれているので逃げられない。


(……神獣とはここまで強いものなのか?)


 使徒も強い。厄介な能力を持っていて、非常に面倒だ。

 だが、神獣の強さ、あれはいったいなんだ。


 強力な聖獣フェニックス二羽を、赤子の手をひねるかのようにあしらった。

 倒し方がわからない。


 ドミニクはタロをにらみつけながらつぶやいた。


「……だが、俺にも切り札がある」

「わふ?」


 ドミニクは背後から、金色の箱を取り出して開いた。


「ドミニク・ファラルドが命じる。皆殺しにしろ」

「グアアアアアアアアア!」


 箱の中から王都中に、大きな咆哮が響き渡る。

 咆哮しながら箱から姿を現したのは、赤い幼竜だ。

 中型犬ぐらいの小さな体から、圧倒的な魔力をほとばしらせている。


「タロ、相手をお願い!」

「わふわふ!!」


 幼竜はこの場で最も強いタロ目掛けて攻撃を開始する。

 幼竜の魔法の威力は尋常ではないのに、支配されているためか精度が低い。

 その強力な魔法が周囲にばらまかれることになる。


「わふっわふっわふぅ~」


 タロは幼竜の魔法を一つ一つ、丁寧に全部魔法で迎撃する。

 近くに飛んできた魔法は前足でバシッと消し飛ばした。


 中庭には気絶した騎士たちがいる。他にも王宮内にはたくさんの非戦闘員がいる。

 王都にも守るべき民たちがいる。


 一つでも撃ち漏らすわけにはいかなかった。


「なんという……」


 タロと幼竜の戦いを見た少年がつぶやいた。

 なんと圧倒的な魔法だろう。 そしてなんと美しいのか。

 自分の実力からあまりにもかけ離れた魔法の応酬に、恐怖より感動を覚えていた。


「なんという……」


 少年と同じ言葉をドミニクもつぶやいた。

 呪神の使徒から切り札として託された古代竜でも神獣には届かないのか。


 一見互角に見えるが、それは神獣が周囲の雑魚を守りながら戦っているため。

 それに、神獣は古代竜すら助けようとしている。


 そうでなければ、古代竜は今頃殺されているはずだ。


「……弱点はあいつか」


 神獣は使徒より戦闘力が高い。

 だが、使徒の指示を聞いている。使徒を人質にとれば、神獣を御せる可能性が高い。


 古代竜にいる呪者の本体を使って神獣を支配できれば、この国を、いや世界を滅ぼせる。

 その時には呪神の使徒よりも、神の愛を得ることができるに違いない。

 そうなれば、自分が呪神の使徒だ。


 ドミニクはにやりと笑うと、高速かつ小声で詠唱を開始する。


「……水の精霊よ。呪神の名のもとに、ドミニク・ファラルドが命じる。水生成ウォータークリエイト水流支配ウォーター・ドミネーション


 精霊への一度の命令で、二つの魔法を行使する二連続魔法。

 歴史上の賢者と呼ばれた者の中でも選ばれし者だけが使えたという超難易度魔法だ。


「え?」

 二連続魔法に気づいた少年が、驚愕に目を見開き、

「風の精霊よ、マルセル・ブジーが助力を願う――」

 灰色の賢者マルセルが高速で対抗詠唱を開始するも一手遅い。


 大量の生成された水が生成されミナトを襲う。


 騎士たちと宮廷魔導師たち、聖職者たちをまとめて戦闘不能にさせた大魔法だ。


 自分が狙われていることに気づいたミナトが、

「ピッピ! アニエス! ピッピのお父さんをお願い!」

 そう叫びながら、大きく飛んで避けた。

 だが、水の塊はミナトを追いかけ完全にとらえる。


「ごぼろごぼごぼぼごぼごぼ」

「ミナト! すぐに助けます! 炎の精霊よ!」

 マルセルが対抗魔法の種類を変えて助け出そうとし、

「ヘクトル! サーニャ!」

「うむ」「了解」

 ジルベルトとヘクトルが、タロのわきを駆け抜け、ドミニクに向かう。

 そして、サーニャは目にもとまらぬ速さで矢を放つ。


「風の精霊よ。呪神の名のもとに、ドミニク・ファラルドが命じる。風嵐ウインド・ストーム

「三つ目?」


 少年が驚愕する中、ドミニクは三つ目の魔法を発動させる。

 強烈な暴風が矢をそらし、ジルベルトたちを足止めする。


「神獣よ! 使徒の命が惜しければ、抵抗するな!」

「わふ?」


 タロは首をかしげると、幼竜の上位魔法を魔法を使って撃ち落とす。


「聞こえぬのか! 抵抗するなと言っている!」

「わぁう?」


 タロは首をかしげて、べしっと幼竜の放った最上位魔法を右手で叩き落とした。


「使徒がどうなってもいいというのだな!」

「わふ~?」


 タロが全く抵抗をやめないので、ドミニクは焦り始めた。


「使徒の亡骸をみて後悔するがいい!」


 その間もミナトは巨大な水球の中でおぼれ続けて……。

ごぼごぼごぼどしよっかな」?」

 いなかった。


 湖の精霊メルデからもらった【水攻撃無効】の効果で、ミナトは水中でも呼吸できるのだ。

 水中に溶けている酸素を、ミナトは普通に取り込めるのである。


 それをタロも知っているから「このおっさんは何言ってるんだろう?」と思っていた。


ごぼごごぼぼぼぼうーん。あの小さい竜も聖獣だから保護しないとだし


 ミナトは水球の中で、腕を組み、胡坐を組んで、冷静に考えていた。

 幼竜はとても強い。タロでも皆を守りながら、かつ幼竜を傷つけずに無力化するのは難しい。


ごぼぼごぼごぼそうだ!」


 幼竜に命令しているのはドミニクだ。なら、あのドミニクとやらを倒せばいい。

 きっとドミニクを倒したら、命令が途切れて、きっと一瞬混乱し固まるに違いない。


ごぼタロ! ごぼごぼごぼぼぼ隙を作るね!!」

「わふ!」


 ミナトは水魔法を使う。


ごぼえい!」


 自分を覆う水球の支配権を奪い取り、

「とりゃああああ!」

 その水を使って、ドミニクにぶつける。


 メルデとスライムと契約をすませたミナトの水魔法のLvは130に達していた。

 ドミニクの水魔法のLvも高いが、ミナトのLvとは比べ物にはならない。


「なに! ぐおおおおお!」

 自分の水に押し流され、ドミニクは混乱しながらも、水生成の魔法を解除する。


 水球から解放されたミナトは地面に着地すると、

「ほわあああああ!」

 地面を走り、争うタロと幼竜との間を駆け抜ける。


 ほとんど凹凸のない壁を、ドミニクのいる三階まで駆けあがった。

 ミナトにはヤギからもらった【登攀者Lv20】がある。

 だから、わずかな凹凸があれば、ヤギのように駆けあがることができるのだ。


「なにいい!」


 水を消し去り次の魔法を準備していたドミニクは、眼前に急に現れたミナトに驚愕する。


「くらええええええ!」


 ミナトのパンチがドミニクの顔面に突き刺さった。

 ミナトのパンチはただのパンチではない。


 猪からもらった【突進Lv30】の速度に、熊にもらった【剛力Lv45】の力が加わる。

 たとえ体重の軽い五歳児のパンチであっても、ものすごい威力だった。


「ぶべええええ!」


 ドミニクは数十メートル吹っ飛んでいく。


「タロ!」

「わふ~~~」


 ドミニクが気絶したことで、幼竜が一瞬固まった。

 その隙をタロは見逃さず、ジャンプして空中の幼竜を咥え、ミナトのもとに連れてくる。


「ありがと、タロ」


 ミナトは幼竜の耳に指を突っ込む。


「ほわああああ! 灯火!」


 ビガーと周囲をミナトの灯火の光が照らす。

 そして「ごぼぼぼぼぼええええええええええええ」と幼竜が呪者の死骸を吐き出した。


「ぴぎ?」


 そこに人質らしき人を運んで戻ってきたフルフルが「消化する?」と聞いてくる。


「大丈夫。これは本体の死骸だから。瘴気にはならないよ。多分」

「ばう!」

「あ、そうだね、タロ、念のためにお願い」

「わふ~~~わふ~~~~わふ~~~」


 タロは顎を地面につけて、幼竜が吐いた呪者の死骸に、声を当て続ける。

 タロの吠え声には神聖力が混じるので、瘴気化を防ぐ効果があるのだ。


「ぴぎ~」

「あ、そうだね。タロ、人質をアニエスのところに連れて行こ」

「わふ~」

「アニエスに人質を治療してもらわないとだし」


 ミナトは幼竜の背中を優しく撫でながら抱っこして、気絶しているドミニクの首根っこを掴む。


「アニエスー」

 そして、ぴょんと三階から飛び降りた。

「わふ~」

 タロも人質を口に咥えてついてくる。


「この人、人質っぽいから、助けてあげて」


 そういいながら、ミナトは人質に治癒魔法をかける。

 治癒魔法だけでは、全快しない。


 だから、ミナトは人質の介抱をアニエスに頼むことにしたのだ。


「多分、訓練された人じゃないっぽいし、体力なさそうださから念のためにもね」


 だから優先的に治癒魔法をかけたのだ。


「お任せください。ん? あ、こ、国王陛下?」

「あ、王様なんだ。ま、いいや。そしてこの人が悪い人だよ」


 ミナトはドミニクのことをジルベルトに引き渡す。


「ぴぃ~」

「あ、ピッピのお父さん、気が付いた?」

「ぴいぃ」「ぴいぃぃ」

「お礼なんていいよ、無事でよかったよー」


 そういって、ミナトはピッピとピッピの父を順番に撫でる。


「あとは、この子が元気になったら、全部解決だね!」

 ミナトは幼竜をぎゅっと抱きしめた。



 そうしていると国王が目を覚ました。

「ここは……いや? フルフル?」

「ぴぎ~?」

「フルフルではないか!」


 国王は目の前にいたフルフルを見て驚いている。


「フルフル、知っている人?」

「ぴぎぴぎ~」


 フルフルは「知らないおじさんだよ!」と言っている。

 だが、王はフルフルのことを知っているようだ。


「おじさん、フルフルのこと何で知っているの?」

「あなたは……ありがとうございます。操られていた時のことも、おぼろげながら覚えております」


 王は倒れたままミナトにお礼を言う。


「気にしないで! それよりフルフルとどういう関係なの?」

「はい。幼いころ、王宮でクーデター未遂があり、一週間ほど下水道に隠れていた際に……」

 フルフルに面倒見てもらったという。


「フルフル、覚えておらぬか? 親友のリッキーだ」

「ぴぎ~~?」

「フルフルがリッキーは子供で、おっさんじゃないって」

「フルフル。あれから何年たっていると思っているのだ。四十年だぞ」


 フルフルは、リッキーと会ったのは三年ぐらい前だと言っていた。

 どうやら、フルフルは日の当たらない下水道にいたせいで、時間の感覚がおかしいらしい。


「ぴぎ? ぴぃぎ~~」


 フルフルは王のお腹の上に乗ると撫でまわす。


「ぴぎ! ぴぎぴぎ! ぴぎ~~~!」

「フルフルが『リッキー、やっと会えた! 元気にしてた? 幸せ?』だって」

「おお、思い出してくれたか。ああ、元気だぞ。幸せだと言っていい」

「ぴぎ~~」


 王はフルフルのことをぎゅっと抱きしめた。

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