第30話 留守番するタロと任務終わり

 ミナトが下水道に入った直後のこと。


「ぷしゅー」


 タロは下水道の前で横たわって鼻から息を吐いていた。

 当初、ミナトの匂いを嗅ごうと入り口に鼻を突っ込んでいたが、臭すぎてやめたのだ。


 下水の悪臭は、鼻の良いタロには耐え難いレベルだった。

 臭いだけならまだしも、臭すぎてミナトの匂いが全然しないのだ。


「…………」


 タロは帰ってこないかなと入り口をのぞき込む。ミナトは帰ってこなかった。

 一時間も経ったのにまだ帰ってこないとタロは思ったが、本当は五分しか経っていなかった。


「わふ?」

「タロ様。奇遇ね!」


 そこにやってきたのは弓使いのサーニャだ。


「実は私も下水道に野暮用があったのよ」

 ミナトが下水道で溺れたり、悪い人に何かされたりしないか心配で後を追うことにしたのだ。


「じゃあ、タロ、またあとで!」

「わふわふ~」


 下水道に入っていったサーニャを見送った後もタロは一頭さみしく待った。


「おや、タロ様、奇遇だな」

「わふ~?」


 一時間後、そこにやってきたのはジルベルトだ。

 なぜかジルベルトはすごく大きな串焼き肉を片手に五本ずつ持っている。


 王都名物の甘辛いたれをたっぷりかけたものではなく、味付けされていない串焼きだ。


「ちょっと付き合いで買いすぎちゃってな。一緒に食べてくれると助かるんだが」

「わふ! わふ~~」


 タロとジルベルトは並んで座って、串焼き肉を一緒に食べた。


「ミナトには内緒だぞ?」

「わふ!」


 タロは「わかった」と返事をして、串焼き肉を十本中九本食べた。

 串焼き肉を食べた後、ジルベルトは「じゃ、またあとで!」と言って去っていく。


 それからもアニエスやマルセル、ヘクトルも「奇遇」と言いながら尋ねてきた。

 みな「内緒ですよ?」と言いながら、おいしい食べ物を持ってきてくれるのだ。


「わふ~?」

 とても素晴らしい奇遇もあるものだなぁとタロは思った。


 みなが去り、一頭になるとミナトはお腹空いてないだろうかと、タロはすごく心配になった。

 もうミナトが下水道に入って何時間もたった。お腹が空いて倒れてたらどうしよう。


「きゅーん。ぴぃ~~」

 心配で泣いていると、下水道の入り口の奥からミナトの足音が聞こえてきた。


「わふ!」

「タロ、ただいまー」

「わふ! わふっわふっ!」


 タロはミナトの匂いを嗅ぐ。下水の臭いが染みついていて、すごく臭い。

 でも、ミナトはいい匂いだとタロは思った。


「下水で回収したゴミはを入れる箱はこれだね。よいしょっと」


 あまりに大量のゴミを回収したので、途中からかごに入りきらなくなった。

 だから、サラキアの鞄に詰め込んでいた。

 サラキアの鞄は魔法の鞄なので、汚れたものを突っ込んでも汚くならないのだ。


「タロ、おなかすいたでしょー。すぐにギルドでお金もらって甘いパン買おうねー」

「わふ~~」「ぴぃ~」


 下水道から出ると、ピッピは夕暮れ空に飛び上がった。


「ピッピ、街中を歩きたくないみたいだね」

「わふ」

「きっと王室の象徴? とかだから、捕まえられそうになったりするんじゃないかな?」


 ピッピを捕まえて王室に売ったら儲かると考える人もいるのかもしれない。

 そんなことを話しながら、ミナトとタロは冒険者ギルドに歩いて行った。


「今日はスライムたちと契約したんだー」

「わふわふ」

「あ、体を、綺麗にしとこ」


 メルデに教えてもらった水魔法で全身を綺麗にして臭いを消すのも忘れない。


「わふ~」

「うまくなった? えへへ。今日だけでもだいぶ使ったからねー」


 冒険者ギルドに到着すると、ミナトは勢いよく扉を開く。


「こんばんは!」「わふわふ!」


 元気に挨拶して、受付に行くと、

「下水道の掃除しました!」「わふわふ!」

「お疲れ様です。これが一日分の賃金です」

「やったー」「わふ~」


 一日分の賃金は、二千ゴルド、大体二千円ぐらいの価値がある。

 一日の労働分としては少ないが、それは子供のお小遣いだからだ。


 もともと下水道清掃任務は、保護者のいない子供への福祉という意味が大きい。

 だから仕事をきちんとできているかなどは、ほとんど気にされない。


 仕事をせずにお金をもらう子供がいても構わないとギルドは考えているのだ。

 そういう子供は下水道清掃がなければ、スリや窃盗に走るだろう。

 そうなるよりは、ただで小銭を配った方がいいという発想だ。


「また、明日来るね!」「わふわふ!」

 二千ゴルドを握りしめてギルドを出ると、甘いパンが売っている屋台へと向かう。


「楽しみだねー」「わふ~~」

 みんなが食べ物を分けてくれたタロと違い、ミナトは半日何も食べていなかった。

 だから、とてもお腹が空いていた。タロも体が大きいのでお腹が空いていた。


「わふふ~」

「あんぱんかー、こっちにもあんこあるかな? あるといいね」

「わふ」

「ピッピの分も買っておこうね。神殿に帰ってピッピと一緒に食べよう」

「わふ!」


 うきうきしながら、ミナトとタロは歩いていく。その間に日は完全に沈んだ。

 少し歩いて、甘いパンが売っている出店のあった所にやって来た。


「……あっ」「……ぁぅ」

 店はもう閉まっていた。お昼過ぎしばらくまでしか、開いていない店だったのだ。


「……残念」

「……わぁぅ」

「明日、またこようね」

「ぁぅ」


 日本にいたころ、夜ご飯抜きの日はよくあったのだ。

 だから、慣れてはいる。慣れてはいても、悲しいのは変わりない。


 ミナトとタロはしょんぼりしながら、神殿へと戻った。するとすぐにピッピが降りてくる。

 やはりピッピは街中では人目に付きたくないらしかった。


 部屋に戻ろうとしたミナトたちに、ジルベルトが声をかける。


「お、ミナト、タロ様、ピッピおかえり」

「ただいま」「わふ」「ぴっ」

「ご飯の準備できてるから、食べていくといい」

「え? いいの?」「わふ?」「ぴぃ?」


 今日は夜ご飯抜きだと覚悟していたミナトたちの目が輝く。


「もちろんだ!」

 ジルベルトはミナトたちを奥の院の聖女の部屋に連れていく。


「ミナトたちを連れてきたぞ!」

「ミナトさん、タロ様、ピッピさん、よく来てくれました!」


 満面に笑みを浮かべたアニエスが出迎えてくれた。

 聖女の部屋には神殿長、マルセル、ヘクトルもいる。


「うわぁ!」「わふ~~」「ぴぃ~」


 そして、机には甘い匂いのするパンが、たくさん入ったかごがおいてあった。

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