第23話 ミナトが泊まる宿坊

「ぴかーってなったねぇ。すごいねぇ」「わふわふ~」

 ミナトとタロははしゃぎながら、本殿を通りすぎ、アニエスに連れられて奥の院へと向かう。


 奥の院に入る前、周囲に信者がいなくなると、アニエスが頭を下げた。

「申し訳ありません。タロ様。祝福されたのはタロ様だというのに……」

「わぁうわぁぅ!」

「タロが『ありがと』だって。崇拝されたくないって言ってたからかばってくれたんでしょ?」

「はい……ですが、至高神様のご意思に反するようなことを……」

「わぁぅ~」

「タロは『至高神様はたぶん深くかんがえてないよ』だって~」


 アニエスとヘクトルは、そんなわけはないと思った。

 深い叡智を持つ至高神が、何も考えずに祝福するわけがないと考えたのだ。


「わふわふ~」

 だが、タロが堂々とそういうので、ジルベルトたちはそうかも知れないと思った。


「本当にありがとうね。あの場でタロが崇拝の対象になったら大変だったよ~」「わぁぅ~」

 ミナトとタロが改めてお礼を言うと、アニエスは頬を赤くして照れていた。


 その後、張り切ったアニエスによって、てきぱきと手続きがすすむ。

 まずは神殿のトップである神殿長に、任務の結果を報告しつつ、ミナトたちを紹介した。


 神殿長には、いろいろ便宜を図ってもらうために使徒と神獣であることは明かしておく。


「至高神様の神獣様、サラキア様の使徒様。拝顔の栄に浴し恐悦至極に存じます」

「よろしくです!」「わふ」


 神殿長は、崇拝されることを望まないというミナトたちの意見を尊重してくれることになった。

 王室にも報告せず、神殿の幹部たちにも伝えないでくれると約束したのだ。

 そのうえで身分証を発行し、ミナトたちの希望に沿った宿坊を用意してくれる。


「この宿坊であれば、タロ様でもくつろげましょう」


 神殿長が自ら案内してくれた宿坊は、奥の院のはずれにあった。

 三十人ぐらいが寝泊まりできそうな大きな部屋だ。

 本来、よその神殿から、信者や神官たちがまとめてやってきたときに泊まる宿坊らしい。


「神獣様と使徒様がお泊りになる部屋としては質素すぎるかもしれませんが……」

「そんなことないよ! すごくいい! ね、タロ」

「わふわふ!」


 その宿坊にはベッドはなく、靴を脱いで上がる板の間があった。

 そこに布団を敷いて眠るのだ。


 大量の神官を詰め込むにはベッドより布団の方が面積効率がいいということだろう。

 ミナトとタロの出した一緒に泊まれる部屋がいいという要望に一生懸命答えてくれたのだ。


「すごく気に入ったよ、ありがと!」「わふわふ」

「喜んでいただけてうれしいです」


 神殿長はほっとした様子で胸をなでおろした。


「ミナトさん、タロ様。私もここに泊まりますね!」

「じゃあ、俺も」「私も」「俺も」「わしも」


 みんながここに泊まると言い出し、それは良くないということになった。

 旅先でもないのに、男女が一緒の空間で寝るのはよくないと神官長が言ったのだ。

 激しい話し合いの結果、最終的にジルベルトが泊まることになった。


「ジルベルトさん、よろしくね!」「わふわふ!」

「ああ、こちらこそよろしくだ」

「ちっ」

 アニエスが舌打ちし、神殿長がぎょっとした表情を浮かべた。


 神殿長が去った後、ジルベルト以外の聖女一行も自分たちの部屋に戻っていった。

 それから、しばらくして、ピッピが宿坊の窓から入って来た。


「ピッピ、どこ行ってたの?」

「ぴぃ~」

「そっかー。周囲を偵察してくれてたのか、ありがと」

 ミナトが肩に止まったピッピを撫でていると、装備の点検をしながらジルベルトが尋ねる。


「ミナトは何かやりたいことはあるのか?」

「ぴいぴい!」

「あ、そうだね! えっと、冒険者ギルドに登録しようと思ってるんだ!」

「そんなことしなくても、神殿が養ってくれるぞ?」

「下水道掃除しないといけないからね! ねー」

「ぴいぴい!」


 ピッピが「そうそう」と言っている。

 理由は不明だが、ピッピは【状態異常無効】のスキルに興味があるのだ。

 そしてスライムは【状態異常無効】の下位スキルである【毒無効】を持っている。


「そっか。……ミナトのことだから大丈夫だと思うが、気をつけろよ」

「うん!」「わぅ!」

「冒険者ギルドの登録には、俺がついていこう」

「大丈夫! 一人でできる!」「わふ~」

「そうか? いや心配だなぁ」

「大丈夫!」「わふ!」


 その日、ミナトとジルベルトは宿坊に付属しているお風呂に入った。

 タロは大きすぎて風呂に入れなかったので、ミナトが水魔法で綺麗にしたのだった。


「わー布団だ!」「わっふわっふ」


 風呂を上がると板の間に布団が敷かれていた。

 大きめの布団を四枚並べて、タロも布団の上で寝られるようにしてくれていた。


「誰が敷いてくれたの?」

「そりゃあ、神官だな。タロ様のお世話ができると聞いて皆喜んでいたそうだ」


 特に信仰心が篤く信頼の厚い神官数名だけにタロが神獣だと明かされている。

 彼らはタロの世話係に任命され、感動して涙を流していたらしい。


「布団ひさしぶりだねーふかふかだー」「わふわふ~」

「ベッドじゃなくてすまんな」

「ベッドじゃないほうがいいよ~その方がタロとくっついて寝られるし」

「わふわふ~」

「ね、たろ~」「わふ~」


 布団の上で、ミナトはタロにぎゅっと抱き着いている。


「そうか。タロ様も寛げるベッドも用意できるぞ? 言っておこうか?」

 ジルベルトの言葉に返事はなかった。


「む?」

 もうミナトは布団で眠っていた。

 そんなミナトに寄り添うようにして、タロも横になって眠っている。


「なんとまあ、幸せそうな寝顔だ。……よほど疲れていたんだな」

「ぴぃ?」

「ミナトは小さいのに苦労しているんだなぁ。お前も苦労してそうだな? ピッピ」

「ぴぃ……」

「フェニックスは王室の守護獣だし、ピッピは王宮で生まれたのか?」

「ぴぃ~」


 ジルベルトは優しい目でミナトたちを見つめながら、ピッピのことを撫でた。

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