第22話 至高神の神殿

 王都ファラルドに入るには、門で審査を受ける必要がある。


「これは、聖女様。おかえりなさいませ。……そちらのお子様と……あの大きな犬は?」

 タロを見て、門番は顔を引きつらせていた。


「こちらはミナトさんとタロ様。神殿のお客様です。くれぐれも丁重に扱ってくださいね」

 そうアニエスが言うだけで、あっさりと門を通る許可が出た。


「アニエスすごいねー」「わふ~」


 メルデ湖からの道中で、ミナトはアニエスたちのことを呼び捨てするようになった。

 それはアニエスたちがそうするよう、何度もお願いしたからだ。

 仮にも使徒に敬称をつけて呼ばれることに抵抗があるというのがその理由だ。


「こうみえても聖女ですからね! あ、ミナトさんもタロ様も神殿においでください」

「はい!」「わふ!」

「身分証があると便利ですからね。ピッピさんは……きっと、ついてきますね」


 ピッピは上空を油断なく旋回している。

 この世界では神殿が身元保証を行うらしい。


「身分証って、なんかかっこいいね、ね。タロ」

「わふふ」


 身分証はちょうど日本の運転免許証みたいな形状なのだ。

 ミナトはカードをかっこいいと感じる年頃だった。


「あ、僕はサラキア様の信者だけど、アニエスの至高神の神殿でいいのかな?」

「大丈夫ですよ。至高神神殿の中にはサラキア様に祈る場所もありますから」

「ほえー、そなんだー」「わふ~」


 至高神とサラキアは親子だからかもしれない。

 日本の神社でも境内の中に複数の神様が祀られていたりするし、そういうものなのだろう。



 王都をしばらく歩くと、ずっと下水道の臭いが漂っていることにミナトとタロは気づいた。

「わふ……」

「そだね。少し臭いね~」

 下水道が詰まっているか、通気口が近いのかと思ったが、ずっと臭かった。


 ミナトたちが歩いていると、道行く人は巨大なタロをみて一度驚く。

 それから、アニエスたちを見て、ほっと胸をなでおろす。


 民たちは聖女が連れているなら危ない生き物ではないと思ったのだ。


「聖女様、なんて麗しい……」「ああ、ありがたやありがたや」

 聖女アニエスは皆に人気だ。老人の中にはひざまずいて崇拝を始めるものまでいる。


「……水が綺麗になって皆が元気になったのも聖女様のおかげなんだ。ありがてえありがてえ」


 聖女が湖を浄化しに行ったことは噂になっていた。

 そして、結果として水が綺麗になったので、聖女が浄化に成功したのだと民は信じている。


「あ、ジルベルト様だ!」「さすがは剣聖伯爵の後継者。なんて精悍な面構え……」

「あれは、マルセル様!」「なんて知的なの!」

「サーニャ様だ、なんて麗しい」「ヘクトル様、しぶい」


 聖女の次に人気があるのはジルベルトだ。男女関係なく人気があるらしい。

 マルセルは主に若い女性に人気がある。知的なメガネがいいらしい。


 賢者の学院主席とか、学院始まって以来の天才とか、ささやく声が聞こえてくる。

 ヘクトルとサーニャも、マルセルほどではないが人気があるらしかった。


「みんな人気だねぇ」「わふ~」

「ミナトとタロ様も大した人気だぞ」

 ジルベルトがそういってにやりと笑う。


「そかな?」「わふ~?」

 ミナトとタロは、まったく気にしていなかった。


 だが、街の人々は、

「……かわいい子だ。聖女様の縁者だろうか」「孫に欲しい」

「モフモフだ」「顔をうずめたい」


 ミナトとタロに好意的な目を向けていた。

 それでも、聖女の人気が圧倒的なのは間違いない。


「……こうして皆に頼られると、自分の非力さが嫌になります。今回も結局……」


 一瞬、アニエスは泣きそうな顔をした。

 そのアニエスの頭をジルベルトがぐしゃっとする。


「俺たちはできることをやるだけだ。そうだろ」

「髪が乱れます、やめてください」


 そういって、アニエスはジルベルトの手を振り払う。

 その時には、アニエスはいつもの笑顔に戻っていた。


「ミナトさん、タロ様。あれが神殿ですよ!」

「立派だねえ!」「わぁぅ~」


 至高神の神殿は門から入って五分ほど歩いたところにあった。

 一キロメートル四方の敷地のなかに沢山の石造りの建物が建っている。

 敷地全体が三メートルほどの高さの石壁に囲まれていて、まるでお城のようだった。


「あれが本殿。信者の皆様が礼拝に来られます。それであちらに見えるのが職員宿舎ですね」

「ほむほむ」「わむわわむ」

「サラキア様の礼拝所は本殿の中、至高神様の隣にあります」

「おお~立派だ」「わふむ~」

「まずは報告と手続きをするために奥の院に行きましょうか」


 本殿の奥にある神殿長やいろいろな職員のいる場所を、至高神の神殿では奥の院と呼ぶらしい。


「私の執務室も奥の院にあるんですよ」

「アニエスの住処は?」

「奥の院のさらに奥にあります」

「ほえー」「わふ~」

 アニエスはどんどん本殿の方へと歩いていく。


「本殿の中を通るのが、奥の院への近道なんですよ」

「そうなんだ!」「わふ~」


 アニエスが本殿の中に入ると、気づいた信者たちが、ざわざわし始めた。


「聖女様だ」「なんとお美しい」

「ありがたやありがたや」


 自分を崇拝し始めた信者たちを、アニエスは優しい笑みでたしなめる。


「ここは神殿です。神様以外を崇拝する場所ではないのです」


 アニエスがそういうのとほぼ同時、アニエスのすぐ後ろにいるタロに光柱が降りる。

 その光の柱は天空から屋根を透過してタロに届いていた。


「わふ?」

「……至高神様がその力を顕現なされた。祝福されたのだ」


 神殿騎士ヘクトルが、素早く移動しながら、膝をついて首を垂れる。

 ヘクトルはタロの方を向いているが、間に聖女を挟んでいる。


 はたから見れば、聖女にひざまずいているように見えるだろう。

 そして至高神の奇跡を目の当たりにした信者たちは、聖女に向かい一斉に床に頭をつけた。


 全ての信者が感涙し、至高神と聖女を讃えている。

 タロはアニエスのすぐ後ろにいた。だから信者たちもアニエスに光柱が降りたと思ったのだ。


「…………ジルベルト」

 アニエスは一瞬困惑した表情を見せた後、ジルベルトの名を呼んだ。


「……わかってますよ」


 至高神の光柱が収まるのを待って、ジルベルトが大きな声を張りあげた。


「皆を悩ませていた湖の呪いは浄化した! 安心するがよい!」

「ありがてえ、ありがてえ!」「呪いを解かれた聖女様を至高神さまが祝福されたのじゃ」


 信者たちは祝福されたのが聖女だと誤解した。

 誤解させたまま、アニエスは信者に微笑み、そのまま本殿を通り過ぎて、奥の院へと向かった。

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