第18話 湖の精霊

 湖に静けさが戻った。穏やかな波音と、さわやかな風音しか聞こえない。


 ミナトは「ありがと」と言ってタロを撫でると、波打ち際ぐったりしている亀に駆け寄った。

 その亀は甲長二メートルほどもあり、手足ではなくヒレを持っている水棲亀だ。


「大丈夫なのか?」

 聖女一行で、真っ先にたどり着いたジルベルトがミナトとタロを心配して尋ねる。


「うーん。傷はないけど弱ってる感じ」

 だが、ミナトは亀のことを聞かれたと思った。


「わふ~?」

「ん。ヒールは体の傷を治すものだから……。この子は精霊だからね。本を調べてみよ」


 ミナトはサラキアの書を調べる。


「……精霊って、聖獣とどう違うんだ?」

 ジルベルトが疑問を口にすると、

「精霊も聖獣も、神に使命を与えらえた存在ですが――」

 肉体を持つのが聖獣、肉体を持たないより霊的な存在が精霊だとアニエスが語る。


「それだけでなく、役割も異なり――」

 呪者と戦い退治する戦闘要員が聖獣で、瘴気を払い解呪するのが精霊だ。


「なるほどなぁ。あれ? でも、この精霊様には体があるように見えるが……」

「精霊にとって体は依り代に過ぎず、体が滅びたら次の依り代に入るだけです」


 そうマルセルに教えらえて、ジルベルトはやっと納得したようだ。


「精霊様の本体は、私の治癒魔法では癒せないんです」

 アニエスが悔しそうに言う。


 もちろん依り代である肉体が回復すれば、本体の回復も早まるので無意味ではない。

 だが、聖獣や人に比べて、治癒魔法の効果が著しく落ちるのも確かなのだ。


 精霊をどうすればいいか聖女たちが話していると、突如ミナトの魔力が膨れ上がり、

「えいっ! どう? 亀さん」

「……かたじけのうございますじゃ。幼き使徒様」

 亀が目を開けて、お礼を言った。


「気にしないで! 元気になってよかったよー」

「え?」「はっ?」「ミナトさん、な、なにをしたのですか?」

 驚いたのは聖女一行だ。


「わふ!」

 タロは「ミナトはすごいんだ!」と誇らしげにどや顔で尻尾を振っている。


「えへへ。えっとね、サラキアの書で精霊の治し方を調べたんだよ」

 そういって、ミナトはサラキアの書の該当ページを聖女たちに見せた。


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【精霊の治し方】

 精霊は霊的な存在。ありていに言えば本質がMP。

 だからMPを分け与えよう。普通の人はできないが使徒なら可能。コツは解呪と一緒。

 MPを大量に消費するので注意。(200以上余っていないと、危険)

 ----------


「MP200? ミナトさん、大丈夫ですか!」

「大丈夫だよー。でもちょっと疲れたけど」

「危ないです! 無理はしないでください!」

 アニエスが泣きそうな顔でミナトの肩を掴む。


 当代一の聖女アニエスですら、MPは230しかないのだ。

 その230という数値も規格外と呼ばれている。


 アニエスは、ミナトが自分よりMPが多いと思っていた。

 ミナトは広範囲の瘴気を払い、湖丸ごと解呪して、特級クラスの呪者を浄化したのだから。


 だが、それによって大量のMPを消費したはずだ。

 ミナトのMPがアニエスの倍あったとしても、枯渇している状態で200も使ったら体に悪い。

 そう、アニエスは考えた。


「大丈夫だよ。心配させてごめんね?」

 ミナトはアニエスの頭を撫でた。


「わふっわふっ」


 その間、タロは亀をベロベロ舐め、ピッピは甲羅の上に止まってじんわり温めてあげていた。

 聖女の頭を撫でた後、ミナトは亀の頭を撫でに行く。


「亀さんは、おなかすいてない? 魚あるよ!」

「なにからなにまで……かたじけのうございますじゃ」


 ミナトはサラキアの鞄から焼き魚とルコラの実を出して、亀にふるまう。

「これは! おいしい魚ですじゃ!」

「でしょ~。あ、亀さんには、このサラキア様の像もあげる! お守りになるんだよ!」

「本当に、かたじけのうございますじゃ……」


 亀はぽろぽろ涙を流しながら、魚を食べて感謝した。

 食事が終わり亀が泣き止んで一息ついた後、皆で情報共有することになった。


 まず聖女がミナト以外の全員を紹介して、ここに来た理由を話す。

 それから、皆で亀の話を聞いた。


「あれは数年前のことじゃったか。正確にいつなのかはわからないのじゃが……」


 亀はこの湖の精霊だという。

 何百年もこの湖の化身として、聖獣と協力し周囲を守ってきた。


 だが、数年前、呪神の使徒を名乗るものが現れ、聖獣は倒され亀は呪われたのだという。


「私は使命を果たせず、呪いに飲み込まれかけておりました」

「飲み込まれたらどうなるの?」

「呪者になります。それも特級と呼ばれる呪者に」


 そう亀が言って、聖女一行の面々は互いに顔を見合わせた。


「亀さん。その呪者の使徒ってどんなのだったの?」

「人型ではありましたが、瘴気が濃すぎて、視認できず……」

「そっかー」


「お役に立てず申し訳ないことですじゃ」

「気にしないで! 呪神の使徒ってのがいるってのは知らなかったから助かったよー」


 そういいながら、ミナトは亀を撫でる。


「あの使徒様」

「ミナトって呼んで」

「ミナト様。私と契約してくれませぬか?」


 亀はミナトではなくミナト様と呼んだが、ミナトは細かいことは気にしないのだった。

「いいよ! そうだね、うーん。そうだ! この湖の名前はなんていうの?」

「メルデ湖とよばれておりますじゃ」

「じゃあ、亀さんの名前はメルデ!」


 そうミナトが宣言した瞬間、湖の精霊メルデとの契約が成立した。

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