第12話 聖女たちと庇護欲

 聖女のおなかの音を聞いたミナトがすぐに言う。


「あ、ご飯食べよう! おいしい魚を焼くから、みんなも来て!」

「わふわふ~」「ぴ~」


 ミナトとタロ、ピッピが洞穴の外に走っていく。


「いえ、どうかお構いなく」

 といいつつも、聖女たちはミナトたちを追って洞穴から出た。


「気にしないで! お腹減ったら悲しいもんね」

「わふわふ~」

「タロも食べてっていってるよ!」


 前世のミナトの母親はたまにしか帰ってこなかった。

 そのせいで、ミナトとタロは、いつもお腹が空いていた。

 だから、お腹をすかせている人を見ると、ほっとけないのだ。


「すぐ焼けるからねー」


 ミナトはそう言いながら、サラキアの鞄から川魚をとりだして枝に差していく。

 特殊な魔法の鞄自体は、貴重だが普通に存在するものだ。

 サラキアの鞄は、普通の魔法の鞄より容量が圧倒的に多いのだが、聖女たちは気づかなかった。


「ばむばう」

 タロは口で器用に焚き木を集めて、焚火をおこせるように集めていく。


「ぴぃ~」

 そして、ピッピはその焚き木に巧みに火をつける。


「ミナトさん、その……魚は?」

「近くの川でとれるおいしい魚だよ! タロは魚をとるのがうまいんだ!」

「わぁぅ~」


 誇らしげにタロは尻尾を振る。

 だが、聖女一行は魚をじっと見ていた。


 ミナトがおいしいといったその魚の名前はメルラオオナマズ。

 非常に臭くて食べられたものではないと評判の魚だった。


 犬すら食べないと言われ、客に出せば「お前は犬以下だ」という侮辱になりかねないほど。

 実際に刃傷沙汰になった事件もあるほどだ。


「……この魚を毎日?」

「わふわふ!」

「そだよー。とってもおいしいんだ!」

「うっ」


 それを聞いて、聖女アニエスは涙をこらえきれなくなった。

 弓使いサーニャは嗚咽を漏らしているし、老神殿騎士ヘクトルも涙をぬぐった。


 剣士ジルベルトと魔導師マルセルは真剣な顔で考え込んでいる。

 神獣様と使徒様がこれほどの劣悪な環境で、これほどまずいものを食べているのだ。

 あまりにも哀れではないか。


 涙に浮かべながら、改めてミナトを見ると、全身が汚すぎた。

 髪にも服にも靴にも、泥と呪者のヘドロがこびりついている。

 汚れてないのは、タロにベロベロ舐められている顔だけだ。


「……ご苦労されているのですね」

「僕は苦労してないよ? タロは大変かもしれないけど……」

「わふ!」

「ありがと! タロも大変じゃないって!」


 話しながら、ミナトは器用に川魚を枝に差していく。


「僕はタロがいるから、幸せだよ。おいしいご飯も食べれるし。楽しいし。ピッピもいるし」

「わふわふぅ!」「ぴぃぴぃ!」

「タロもピッピも楽しいの? ありがと」


 そういって、ミナトはタロをぎゅっと抱きしめて、ピッピを優しく撫でた。


 出会った当初、聖女たちはタロとミナトを神々しい神聖な存在だと思った。

 さらに目の前で規格外のヒールを見せられ、ますます崇敬の念を強くした。

 ミナトとタロは使徒と神獣なので、神聖で崇敬すべき存在なのは間違いない。


 だが、あまりにもかわいそうな環境だった。

 家というのは呪者の痕跡の残る劣悪な環境の洞穴だ。


 囚人が入れられる地下牢の方がまだましだ。

 保護者もおらず、幼児と犬と鳥が身を寄せ合って生きているのだ。


 そんな劣悪な状況にも関わらず、ミナトたちは一生懸命もてなそうとしてくれる。

 自分たちがこの子たちを守ってやらなければ。そう強く思い始めていた。

 出会った当初に覚えた規格外の存在への畏怖よりも、庇護欲が強くなったのだ。


「はい! 焼けたよ! どうぞ! あったかいうちに食べて!」

「わふわふ!」

「タロがおいしいから食べてって! いつもより脂がのったいいやつがとれたんだって」

「いただきます……うっ」


 聖女一行は泣きながら、もしくは涙をこらえながら、川魚を食べる。

 やはりとてもまずい。だがこれを毎日ミナトとタロが食べているのだ。


 ならば、大人である自分たちが、まずいなどと言えるわけがない。

 なによりミナトとタロが「喜んでくれるかな?」とキラキラした目で見つめてくるのだ。


「今日のはいつもよりおいしいね」

「わふ~わふ~」


 本当においしそうにミナトとタロはまずい魚を食べている。

 この劣悪な環境では、これが最もまともな食べ物なのだろう。


「お゛い゛じい゛でず」

 引きつった声でアニエスはこたえた。


「よかったー」「わぅわぅ~」


 喜んでもらえたと、ミナトとタロは喜んだ。

 その様子を、正直なところ川魚が好きじゃないピッピは、静かに見つめていた。


 タロは川魚をあっという間に食べ終わり、


「わふ~?」

「あ、そうだね! そうしよう!」


 そういうと、タロが洞穴に走って行って、ザクロ石を咥えて持ってきた。

 ほとんどのザクロ石はサラキアの鞄に入っている。

 だが、寝る前にミナトとタロが磨いていた綺麗なザクロ石は洞穴の中においてあったのだ。


「わふ」

 それをタロはアニエスの前にぼとっと落とした。


「これは?」

 そう尋ねたアニエスにも、この石がほとんど価値のないザクロ石だと気づいている。


「わふわふ~」「川で拾ったんだよ。綺麗でしょ!」

「はい、とても綺麗です」

「わふ!」「いっぱいあるから、あげる!」


 ミナトとタロは、宝物のザクロ石を一つずつみんなに配っていく。

 それは拾ったそのままの石ではなく、一生懸命磨いた特にきれいなザクロ石だ。


「わふ~?」

 ミナトとタロは喜んでもらえるかなと、キラキラした目でみんなを見つめる。


「……こんなにきれいなものをいただいてしまって……よろしいのですか?」

 アニエスは価値のないキラキラした石を、貴重なもののように胸のまえでぎゅっと握る。


「もちろん!」「わふわふ!」

「ありがとうございます。家宝といたします」


 老神殿騎士ヘクトルはその石を大切そうに懐にしまい込んだ。

 それをみていた他の者も、お礼を言って大切にしまい込んだ。


「いつか街に行った時に、売って甘いパンを買うために、タロと一緒に集めてたんだー」

「わふわふ~」


 なんていい子なのだろう。

 そう聖女たちは思って、ますます庇護欲を刺激されたのだった。

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