第11話 聖女がここに来た理由
アニエスたちに畏怖の念をもって見られていることに、ミナトもタロ気づいてなかった。
「おなかすいてない? ご飯用意するよー」「わふわふ~」
「もったいなきお言葉! 大丈夫です! 恐れ多い!」
そう叫ぶように言ったのは年配の男性の神殿騎士である人族のヘクトルだ。
年のころは六十代。熟練の戦士でありながら治癒魔法も使える敬虔なる信者でもあった。
「そっかー遠慮しないでね」「わふわふ!」
そんな話をしながら少し歩くと、ミナトたちが作った神像が大量に並んでいる場所に出る。
ジルベルトたちがぎょっとする中、アニエスと神殿騎士ヘクトルは目を見開いた。
「せ、聖女様。わしは自分の目を信じられませぬ」
敬虔な神官でもある聖女と神殿騎士は、神像の放つ神聖力におののいたのだ。
だが、神官ではない者たちは、神官ほど神聖力に敏感ではない。
二十代後半ぐらいの人族の魔導師、男性のマルセルが怪訝な顔でミナトとタロに尋ねる。
「これは……女神像なのでしょうか?」
「そだよー。僕が作ったんだ」
「……これはなんなのでしょう?」
声には出さなかったが「まるで犬の糞みたいだな」と思っていた。
魔導師マルセルだけでなく、ジルベルトと弓使いもそう思っていた。
「わふわふ~」
「タロが作った至高神様の像だよ」
「……これが至高神様のお姿?」
アニエスと同年齢に見える弓使いのエルフの女性サーニャが、アニエスをじっと見る。
弓使いサーニャは至高神様は「犬の糞みたいな姿なのか?」と聖女に尋ねたかったが我慢した。
「タロは至高神様にあったことがあるんだよ。ねー」
「わふ~!」
それを聞いていた聖女一行は「至高神様は犬の糞みたいないお姿なのかもしれない」と考えた。
そんなことには気づかずに、ミナトとタロ、ピッピは自分たちの住処に一行を招き入れる。
「ここが僕たちの家だよ! 遠慮しないではいってね」「わふ~」「ぴぴ~」
聖女一行は、ミナトたちの住処である洞穴の中に入り、
「…………っ」
絶句した。どうみても人の住む環境ではなかったからだ。
洞穴は大きなタロがくつろげるほど、充分に広い。
だが、壁や床には呪者のヘドロがこびりついて、ひどい悪臭が漂っている。
風雨は入らないだろうが、壁からじわじわと水が染み出ており、全体的に湿っていた。
「……ミナト様とタロ様とピッピ様は、ここで暮らしておられるのですか?」
「そだよー。あ、様はつけなくていいよ?」「わふわふぅ」
ミナトとタロはそういったのだが、どうしてもタロには様をつけたいらしい。
至高神の聖職者としてのこだわりなのだろう。
だが、ミナトのことは様なしで呼んでくれることになった。
「よかったー。ミナト様って呼ばれたら、なんか変な気分になるからね!」
「わふぅ~」
もっと気軽にかわいがってほしいタロは、タロ様と呼ばれるのが不満そうだった。
「あ、床は固いからこれつかってね!」「わふわふ~」
ミナトとタロは、洞穴の端っこに積んである雑草の塊をみんなに配る。
「タロと集めたんだ! 岩は固いけど、これを敷くと寝心地がすごくよくなるんだよ」
「わふわふ!」
ミナトの大発見である。
この方法をミナトが見つけた時、タロはなんて「ミナトは賢いんだろう」と尊敬したものだ。
「ありがとうございます」
聖女たちはお礼をいって、その雑草の塊をお尻の下に敷いた。
それはただの草。こんなものを敷いたぐらいでは座り心地はほとんど変わらない。
最も貧しい神殿でも、こんなものは使わないだろう。
思わずジルベルトは尋ねる。
「……ミナトは、いつも、この上で寝ているのか?」
「寝てるよ! すごくいいんだー」「わふー」
「そうなんだね」
ミナトとタロのあまりの不憫さにジルベルトは泣きそうになった。
聖女たちも、ミナトたちの日々の暮らしを想像しかわいそうに思った。
「えっと、アニエスさんはタロに聞きたいことがあるんだよね」
「タロ様にだけにではありませんが……」
「なんでもどうぞ!」「わふ~」
聖女に尋ねられたことに、ミナトとタロは基本的に素直に答えていく。
ミナトもタロも隠す必要があるとは思わなかったからだ。
「ミナトさんのご両親や一族の方、集落の方などはいらっしゃらないのですか?」
「いないよー。僕とタロは神様にここに送り込まれたんだよ」
「ここにいらっしゃる前はどちらに?」
「わふ~」
「それは言えないんだ」
答えなかったのは転生者であることだけだ。
サラキアに口止めされていたので、教えなかった。
それは言葉ではなく、頭の中に非言語的に流れ込んできた情報である。
なにやら、異世界の存在が普通の人々に知られることは、あまり良くないらしい。
「どうして言えないのでしょうか?」
「それがサラキア様のご意思だからね」「わふ~」
そういうと、もうそれ以上聞かれることはなかった。
「タロ様は神獣様ということですが、ミナトさんはいったいどのような存在なのですか?」
「僕はサラキア様の使徒だよ!」
そんな調子で、聖女の疑問にどんどん話していく。
タロは至高神の神獣で、サラキアの使徒であるミナトを助けるために遣わされた。
ミナトがここに遣わされた理由は、呪いを解いて瘴気を祓うため。
この辺りに呪者がたくさんいる理由や湖の汚染のことは、ミナトもタロも知らない。
「でも、このあたりには呪者が多いなら、サラキア様が祓えって言ってるんだと思う」
「わふわう」
一通りミナトとタロのことを話したら、ピッピの話題になった。
「タロが川で死にそうなピッピを見つけてきたんだよね!」
「わふ!」
「ピッピは呪われてたから、解呪して元気になったんだ~」
「ぴ~」
ピッピは「あのときはありがと」と言って、ミナトとタロの周囲を飛び回る。
「フェニックスを呪うほどの呪者ですか……」
聖女は深刻な表情でつぶやき、ジルベルトたちは緊張の面持ちで顔を見合わせる。
だが、ミナトとタロは聖女一行の表情の変化には気づかない。
「あ、ピッピはフェニックスだけど……。王室の守護獣なの?」
「ぴぃ~」
「よくわかんないって!」
すると、ピッピがミナトの頭の上に止まって尋ねた。
「ぴぴ~?」
「ピッピが、どうして、みんなはここに来たのだって?」
「あっはい、私たちは至高神様の神託に従い、近くにある汚染された湖を浄化しに来たのです」
「汚染された湖?」「わふ~?」
「はい。実は……」
なにやら、いつもミナトたちが魚を捕まえている川とは別の川が近くにあるらしい。
その川の上流にある湖の精霊が呪われてしまったらしく、湖が汚染されたようだ。
「そして、その川の下流には王都があります」
川の水を飲料水や生活用水として使っている民の間に病気が蔓延し始めた。
それを解消するようにと至高神の神託が下り、王都一の精鋭である聖女たちがやってきたのだ。
「この森には凶悪な呪者がいるため、大人数で行動するわけにはいかないのです」
「どうして?」
「呪われるからです」
力のないものが呪者と戦っても、呪われてしまい行動不能になるのだという。
当然、そうなれば呪われた者を放置するわけにはいかない。
貴重な回復リソースを割いて解呪したあと、健康な人員が街に連れ帰る必要がある。
ありていに言えば、力のない者を連れてきても足手まといにしかならないのだ。
「そうなんだ。どんな感じで呪われるの?」
「呪者によっても違うのですが、口などから黒い霧のような瘴気を出すのです」
その瘴気を吸い込んだ時、抵抗力のないものは呪われてしまうのだという。
「こわい」
「はい。人は息を止めて数分以上生きられませんし。肌からも少しずつしみこみますから」
多勢で囲んだところで、霧をまかれればそれでおしまい。
「呪者と戦うには精神抵抗の高さ、つまり魔力の高さが必須になります」
「なるほどー」「わふ~」
ミナトとタロはふんふんとうなづいた。
瘴気なら僕でも払える気がする。そうミナトが伝えようとしたとき、
「ぐぅぅぅうううう」
と聖女のおなかが鳴った。
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