第10話 聖女一行

 ミナトはタロの背中に乗り、ピッピはその上を飛んで、来訪者の元へと移動する。


 タロの足で五分ほど走ると、呪者に襲われている人族の集団が見えてきた。

 その呪者は全身がヘドロでできた体長二メートルある熊のような姿だ。

 全身から黒い霧のような、瘴気を吹きだしている。


 いつもミナトとタロが倒しているのと同じ呪者。つまり弱い呪者である。

 きっと戦う力のない旅人が迷い込んでしまったに違いない。

 そうミナトもタロも考えた。


「わふ~?」

「うん、タロお願い」


 いつもなら「僕がたおす!」というところだが、守るべき人が襲われているのだ。

 ミナトでも倒せるが、タロの方が速くて確実だ。


「わふう!」


 タロはミナトを背に乗せたまま、呪者に突っ込み、爪で切り裂いて倒した。一瞬だ。

 国を亡ぼせるほどの強さを持つタロにとって、この程度の呪者は相手にならない。


「わふわふ??」


 倒した後、タロは背に乗るミナトをちらちら振り返って、褒められ待ちをする。


「タロ、かっこいい!」「ぴぃ!」

 タロを褒めて撫でながら、ミナトは呪者に襲われていた人たちに声をかける。


「大丈夫? 怪我はない?」「わふわふ?」

「………………」

 呪者に襲われていた者たちは、呆然とした様子でタロを見つめていた。


「一級呪者を……一撃で……? まさか、そんな?」

 一行の中の一人がボソッとつぶやいた。


「一級なのかー」「ばぁう?」

 級というのは数字が低い方が上の場合と、数字が高い方が上の場合の両方がある。

 ミナトは呪者の級は数字が高い方が強いのだと思った。


 そんな中、最初に動いたのは白い服を着た少女だった。

 少女はタロの前にひざまずく。他の者たちはそれをみてぎょっとして目を見開いた。


「まずはお礼を。危ないところを助けていただき、感謝いたします」

「わふ~」

「いいよー。気にしないで」

 タロの言葉をミナトが通訳して伝える。


「私は至高神の聖女アニエス。神獣様とお見受けいたします」

 そういって、アニエスはタロを見上げた。


「わふっ!」

「そうだよ、タロは至高神の神獣なんだよ」


 ミナトがそういった瞬間、アニエス以外の者たちもひざまずいた。

 どうやら、神獣というのは崇拝される対象らしかった。


「やはり! 神獣様ならば一級呪者を一撃で倒すお力も納得です!」


 聖女は少し興奮気味だ。

 だがミナトは聖女の言葉を全く聞いていなかった。


「あ、みんな怪我してる! 治療しないと!」


 なぜなら、聖女一行が傷だらけなことに気が付いたからだ。

 骨折はないが、結構大きめの切り傷、ねんざや打撲などは数えきれない。


「ありがたきお言葉。ではお言葉に甘えて、ヒールを……」

「あ、みんなはタロとお話ししてて! ヒールなら僕がやっとくよ」


 そういって、ミナトはタロの背中から飛び降りる。

 至高神の聖女一行のみんなは、至高神の神獣タロとお話ししたいと思ったのだ。


「ですが……」

「アニエスさん。心配しないで! お話は聞いてるから通訳はまかせて!」


 ミナトの通訳がいないと、みんなはタロと話せない。

 だが、ヒールしながら通訳することなど、ミナトにとって造作もないことだ。


「いえ、そうではなく……え?」

「むむうう! ヒール!」


 人前でかっこいいポーズをするのは初めてだったので、ミナトは張り切っていた。

 大人なら恥ずかしさが勝るかもしれないが、ミナトは五歳。恥ずかしくなかった。

 足を肩幅に開いて左手を腰に当て、右手をみんなに向けて、ヒールを発動させる。


「……」

 ミナトはちらっとみんなを見る。先ほどのタロと同じく褒められ待ちをしていた。


「わふ~」「ぴぃ~」

 タロとピッピがかっこいいと褒めてくれたが、聖女一行は目を見開いて固まっていた。


「…………かっこよくなかった?」

「わふぅわふぅ!」

 タロが「かっこいいよ!」といって、ミナトの顔をベロベロ舐める。


「かっこよかったか―」

 やっぱりかっこよかったのだと、ミナトが安心していると、


「そうではなく!」

「えっ、やっぱりかっこよくなかった?」「わふわふわふ~」

 泣きそうになるミナトを慰めようとタロのベロベロが加速する。


「あっ! かっこいい! かっこよかった」

「そっかーえへへ」「わふわふ~」


 ミナトは照れて、タロはよかったねと言いながらやっぱり舐めた。

 もうミナトの顔面は神獣の唾液でべとべとだった。


「あの? いまヒールをされましたよね? 私の怪我も消えているし……みんなの怪我も……」

「したよ?」

「…………無詠唱かつ五人に同時に?」

「うん」

「……一瞬で?」


 治癒魔法というのは、神に奇跡を願い、地上に奇跡を顕現させる神聖魔法の一種である。

 昨日、百六十五匹の聖獣の解呪をした際、ミナトの神聖魔法のレベルは18に上がった。


 10で一人前の治癒術師で、20あれば司教クラスである。

 つまり、18というレベルは非常に高いのだ。


 それに加えてミナトは使徒なので、レベル以上の力を発揮していた。

 普通の治癒術師は、MPを代償に、神にお伺いを立てて奇跡を希い顕現させる。


 だが、使徒であるミナトは、地上における神の代行者なのだ。

 自身のMPを消費して、そのまま奇跡を起こすことができる。


「重傷者もいたのに……」


 聖女アニエスでも、全員治療するのに数分かかる。

 熟練の治癒術師でも一時間かかる。いや、全員治療する前にMPが尽きるかもしれない。


「あなたはいったい……」

「僕はタロの家族で親友のミナトだよ。こっちはピッピ」

「ぴ~」

「ピッピ、よろしくお願いします、え、フェニックス?」

「ぴぃ?」


 聖女一行の全員がピッピを見つめる。

 王室の象徴たる聖獣フェニックスが、どうしてここにいるのだ?

 聖女の頭の中は理解できないことでいっぱいになり混乱していた。


「タロとお話ししなくていいの?」

「あ、はい、あのミナト様、あなたはいったい何者ですか? どうして神獣様がここにいらっしゃるのですか? 神のご意思なのでしょうか? 一級呪者が集まるこの場はいったいなんなのですか? 湖の汚染と何か関係があるのですか? ピッピ様は王室の守護獣たるフェニックスさまなのですか? ミナト様のヒールは――」

「落ち着け!」


 ものすごい早口でまくし立てる聖女を、剣を装備した若いかっこいい男の人が止める。


「申し訳ない。聖女様は好奇心が強くて、たまにこうなる」

「そうなんだ。すごい」

「俺はジルベルト。聖女様の筆頭従者をしている。そしてこっちは」


 興奮気味のアニエスの代わりにジルベルトがみんなを紹介をしてくれた。

 聖女一行は、聖女アニエス、剣士ジルベルトの他に、騎士と弓使いと魔導士という構成だ。


 騎士は神殿騎士と呼ばれる治癒魔法も使える神官でもあるらしい。


「そっか、みんなよろしくね。そうだ! みんな僕たちの家においでよ――」

「よ、よろしいのですか?」


 ミナトの言葉に食い気味に反応したのはアニエスだった。


「わふ!」

「もちろん! みんなで休んでいって。たくさん聞きたいことがあるみたいだし」

「ありがとうございます! 助かります!」

「じゃあ、ついてきてー」「わふ~」


 ミナトたちがゆっくり移動を始める。


「みんな、疲れてるでしょ? 二人ぐらいならタロの背中乗れるよ?」

「と、とんでもない。そんな恐れ多い」

「きにしなくていいのにー」


 そんなことを言いながら、ミナトたちはゆっくりと歩いて行った。

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