第4話 呪われし者

 異世界にやってきて、三週間が経った。


 ミナトとタロは、毎日元気に、強くなるための特訓に励んでいた。

 ミナトもタロも根が真面目なのだ。


「すごいすごい! さすがタロ!」

「わふわふ!」


 だが、その特訓はまるで遊んでいるようだった。

 ミナトが投げた木の枝をタロが追いかけたり、一緒に追いかけっこしたりしているのだ。


 あるときは向かい合って座って「むむ~」「わむう~」と唸るのだ。

 それはサラキアの書に載っていた瞑想訓練だったが、にらめっこにしか見えなかった。


「面白いねぇ!」「わふ~わふ~」


 ミナトの肉体は五歳になり、タロの肉体の成長具合も三か月の子犬相当である。

 ミナトもタロも肉体に引っ張られ、精神面でとても幼くなっていた。


 川や森の中で、特訓と称して駆けまわっていると、呪者と遭遇することがある。


「あ! 呪者だ!」

「わふわふ~~」


 するとタロが一気にかけて爪で切り裂き退治する。


「タロ~。僕が見つけたのに! もう! さっきのは弱そうだったから僕にまかせてよ」

「わふ~ぅ?」

「またごまかして。いい? 次こそはおねがいね?」

「わふ!」

「あ! 呪者だ! むぅぅえい! ホーリー!」


 ミナトが使ったのは神聖魔法。ホーリーという名はミナトが勝手につけただけ。

 魔法といっても、自分の魔力をそのままぶつけるという単純な技だ。


 使徒、つまりサラキアの地上での代行者であるミナトの魔力は神聖なのだ。

 それゆえ、呪者には非常に効果があった。


「これで今日二体目だね!」


 ミナトたちが送られた場所には、一日に三回ぐらい呪者が現れていた。


「弱いのしかいないし、きっとサラキアさまが練習しなさいって言ってるんだよ」

「わふ~」

「タロは強いから練習しなくていいの! あ、呪者よけにサラキア様の像も作ろ」

「わふわふ~」


 ミナトとタロは泥をこね始める。五歳なので泥遊びもすごく楽しいのだ。

 タロも鼻と前足を使って、一生懸命こねて何かを作ろうとしていた。


「これはサラキア様!」


 泥で作った不細工な崩れかけたこけしみたいな塊を、ミナトはサラキア像と言い張った。


「ばう!」


 泥を前足でこねていたタロがどや顔で「ミナト! みて!」とアピールしている。

 それは、今朝タロがしたうんこの塊にそっくりだった。

 今朝のうんこを直立させたら、見分けがつかないかもしれないほどだ。


「へー、至高神様ってそんなかんじなんだ!」

「ばうばう!」


 どうみてもうんこの塊なのだが、タロは「よくできた」と自信ありげだ。


「そっかー、タロはすごいなぁ」


 ミナトは娘のサラキア様はかわいいのに、お父さんはうんこみたいなんだなぁと思った。

 ちなみに神像づくりは魔力を高める訓練方法としてサラキアの書に載っていたものだ。


 魔力が高まる理屈は、瞑想効果がどうのと書いてあったが、ミナトたちは読み飛ばした。

 それに神像はお守りにもなるらしい。

 だから、ミナトとタロは寝床の周りに沢山神像を並べていた。


 神像作りが終わったら、川遊びだ。

 浅いところで、ミナトとタロはじゃれついて遊ぶ。


「あっ!」

「わふ?」

「すごいの見つけた!」


 ミナトは川底で赤い石を見つけた。

 小指の先ぐらいの大きさで赤くてキラキラしている。


「かっこいい」

「わふ~」

「あ、こっちにもある!」

「わ、わふう!」

「あつめよう!」

「わふ!」


 とても綺麗だったので、すごい価値のあるものだと、ミナトとタロは思ったのだ。

 一生懸命赤い石を拾って集める。


「サラキアの鞄にいれておこう!」

「わふ~」


 だが、それはこの辺りでたくさんとれるザクロ石だった。

 子供が簡単に見つけられる程度の珍しさだ。買取価格はたかが知れてる。


「えへへ。すごいもの手に入れた」

「わふわふ~」

「そうだね! アンパンだって買えるかもね」


 ミナトとタロは一生懸命あまり価値のないザクロ石をたくさん集めた。

 石集めと、遊び(訓練)が楽しくて、毎日があっという間に過ぎていく。


 お腹がすいたら、川魚や木の実を食べ、石を拾う。

 眠くなったら寝て、目を覚ましたら遊びのような訓練をして過ごした。




 さらに一週間、つまり転生から数えて四週間が経った。

 相変わらず呪者は(弱いものばかりだったが)襲ってきた。

 巣穴の周りに並ぶ不細工なこけしのサラキア像が十体ぐらいに増えた。


 ミナトの作るサラキアの造形は少しずつ進化しつつあった。

 あらゆるステータスにプラス補正の効果で、上達が早いのだ。

 一方、うんこみたいな至高神像も巣穴周りに十体あるが、造形は相変わらずだった。

 

 いつものように、神像づくりを終えたミナトたちはお昼ご飯を食べることにした。


 焚火の準備をしおえたミナトがタロに声をかけると、

「タロー、準備できたよー……タロ?」

「………………ぴぃー」


 タロは鼻を鳴らしながら、ミナトのところに駆けてくると、


 ――ビチャ


 口から地面に、びくびく動く黒い物体を落とした。

 それはドロドロのヘドロに覆われており、もはや何の生き物かわからない。

 そのうえ、すごい悪臭を放っていた。呪者にそっくりだ。


「助けないと!」


 ミナトは一目で見て、その子が呪者ではなく呪われている子だとわかった。

 それがサラキアの使徒としての能力なのだ。


「わふ~」


 タロは川魚を獲っていたら、上流から流れてきたから連れてきたのだという。


「解呪はたしか……」


 サラキアの書には呪いの解き方も書いてあった。

 根が真面目なミナトは、その部分もしっかり読んでいたのだ。


「そっと触れて、僕の魔力を流す感じで……」

 それがサラキアの書に載っている沢山の解呪方法の中でも一番簡単な方法だ。


「むむむむ」「わふわふ」


 タロに応援されながら、ミナトは呪われた子に自分の神聖な魔力を流す。

 すると、ヘドロのような部分がゆっくりと蒸発するかのように消えていく。


 ヘドロの中から現れたのは、ミナトもタロも見たことのない鳥だった。

 羽根は綺麗な赤色で、頭からお尻まで五十センチ程度。

 ちょうどカラスぐらいの大きさだ。


「きれいな鳥さんだね」「わふ」


 ミナトはぐったりした赤い鳥を抱きあげて、サラキアの書を開く。


「確か解呪したあとは体力がないから、要注意なんだよね」


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【解呪後の処置】

 怪我や病気があれば治療しましょう。

 その後はご飯を食べさせて、しばらく休ませてあげましょう。

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「怪我は……してなさそうだけど……病気はどうかな?」「わふわふ」

 ミナトは赤い鳥を隅々まで観察する。そしてタロは心配して赤い鳥をベロベロなめる。


「怪我も病気もなさそうだけど……」「わふ~」

 ミナトもタロも、診察は素人(素犬)なので、よくわからなかった。


「念のために治癒魔法を使ってみよう」

「わふ!」


 いままで特訓してきたのはこういう時のためである。


「むむむむむ! ヒール!」


 気合を入れて力を込めると、ミナトの両手が放つ光が赤い鳥を包み込む。


「成功かな?」

「わふわふ!」


 タロが「すごい、天才!」とミナトをほめる。


「えへへ、ありがと。……でも、鳥さんうごかないね」

「わふ~」

「寝ているだけ? そうかも? まだ体力がないのかも。あ、何食べるか調べよう」

「わふっわふ!」


 困ったときのサラキアの書だ。


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【聖獣フェニックスの幼鳥】

 成長すれば体長一メートルを超す。尾羽を入れた全長は三メートルを超える。

 卓越した炎魔法の使い手で、非常に強力。

 不死と思われるほどHPと体力は非常に高い。ただし不死ではない。

 同じ炎の聖獣サラマンダーとはライバル関係にある。

 人の食べるものはなんでも食べるが、なんでも焼いた方が好み。生でも健康に影響はない。

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「なんでも食べるって」


 ミナトとタロは食べ物の記述ばかり気にしていたので、フェニックスの文字を読み飛ばした。

 ミナトもタロも慌てていたのだ。


「わふわふ!」

 タロが「まってて。さかなとってくる」と言って駆けだした。


「タロ、ありがと! 僕はルコラの実を焼いて待ってるね!」

「わふ~」


 ルコラの実とは、黄色いリンゴみたいな外見でレモンの五倍ぐらい酸っぱい木の実だ。

 サラキアの書によると体にとても良いらしい。

 この辺りに沢山自生しているので、ミナトとタロはよく食べていた。


「ルコラの実って焼いたらおいしいのかな?」

 ミナトはフェニックスの幼鳥を抱っこしたまま、焚き木に火をつけることにした。

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