29:佳織、里果に思いを打ち明ける
私達姉妹が仲良く風呂から上がって部屋に戻ると、髪の手入れをしていた。
私は腰のあたりまで髪があり、丁寧にブラッシングしないと翌朝はとんでもないことになる。
里果はウルフカットにしているから手入れが楽だけど、さすがにこればかりは好みだからね。
ある程度手入れが終わろうとしているときに、冷蔵庫から取り出したばかりの炭酸水に手を付けていた里果が私に「なあ、姉貴」と声をかけた。
「姉貴って、男の人と付き合ったことがあるのか?」
「えっ? さっきのやり取り、見ていたの?」
「悪いけど、ずーっと見ていたよ。ご飯だって言っているのに、姉貴は全く聞いていなかったからさ」
「ごめんね、ちょっと夢中になっていたよ」
私のことを見ていたならば、仕方ないね。
私と里果は相部屋で、子供の頃からずっと一緒の部屋で過ごしてきた。推薦入試で大学に入ることが決まってから一人暮らしをしたいと言い出したのは、これから受験勉強をする里果に気を遣ってのことだ。一人暮らしを考えたのは私なりの気遣い、かな。
推薦入試が通って、それから一人暮らしに車の免許などでばたばたしていた時も、里果はずっと私のことを見てくれていた。もちろん、あの先輩に「遊びだ」と言われたときも。
「私は男の人と付き合ったことはないよ。あの日のこと、覚えているよね」
「ああ、確かに」
そう、あの日私は里果にすべてを話した。先輩を振ったこと、その後で凜乃先輩に励まされたことを。
「姉貴、あれから見違えるように変わったよな」
「そうだね。あの日から私は男の人に誘われても無視するようになったからね」
そう、あの一件がある前は男子の目をよく気にしていた。先輩達からも「佳織ちゃんは男子の目を気にしすぎだよ」とよく注意されていたっけ。
だけど、あの一件の後で男子よりも自分自身のことに気を配るようになった。男子にいやらしい目で見られるより、自分自身が笑っていられればそれでいい。そう考えるようになった途端、私は一年生の誰よりも成長した。チアダンスだけでなく、タンブリングも上達した。先輩達からは「もうちょっと胸が小さくて背が低ければトップが出来たのに」と残念がるほどだった。
それに、私が見向きもしなくなった男子からは「孤高のチアリーダー」なんて呼ばれるようになった。もちろん、応援団に居る男子生徒からも。
「それなのに、姉貴が男のことを好きになるなんて不思議だよ」
「ホントだよ」
そうだね。それなのに好きになっちゃうんだから、不思議だよ。
「それで相手なんだけど、こないだプールで一緒に泳いだ奴か?」
「もちろんだよ。顔はそこそこだけど、私と同じように異性が苦手だって話してくれたよ」
「え? それって……」
里果はキョトンとした目で私を見るなり、「姉貴とそいつって、似た者同士ってコトか?」と尋ねた。
そうだと言わんばかりに頷くと、私は里果の顔を見て話した。
「私はあの一件から男を避けるようになったけど、あの人は生まれ故郷で異性のトラブルに遭って女の子を避けるようになったの。里果の思っている通りだよ」
私がそう答えると、普段笑顔を見せない里果が……。
「フフッ」
そう言って、私を見て笑ってくれた。
「何よ、里果。普段は笑顔を見せないのに」
「だってさ、あいつ……、トオルって言うんだっけ? そいつ、ちょっと自分に自信がなさそうな感じだぞ。あんなのが好きなのか?」
そうか、あの日里果はトオル君とはじめて顔を合わせたんだよね。
トオル君を最初に見た時は確かにその通りだったけど、私と一緒に料理をしたり、勉強をしたりで自分に対して自信が持てるようになっているから、そんなことはないんだけどね。
それに、プールに行ったときの水着も恥ずかしいのをこらえてトオル君が選んでくれたものだよ。
「好きになっちゃったんだもん、仕方がないよ。確かに最初は里果の言う通りだったけど、最近では水着選びを手伝ってくれたから……」
「もしかして、プールで披露したあの水着のことか?」
「そうだよ」
髪をとかし終えて、手鏡とブラシを化粧台のある場所に置く私を見て、里果は「マジか?」と目をまた丸くした。
トオル君、私が水着を選んでいた時はずっと暴れん坊を抑えるのに必死だったけどね。あの時のトオル君の顔、思い出しただけでも可愛かったな。
「信じられねぇなぁ……、アタシは一人でデパートに行って水着を選んだのに、よりによって姉貴が彼氏持ちなんて」
「彼氏じゃないでしょ。でも、告白したからには彼氏、かもね」
「そうでなくても、だぜ。そこまで一緒に居るなら、彼氏で間違いないじゃねえか」
そういわれると、顔がますます赤くなって立ち上がれなくなりそうだ。
里果の言うとおりだよ。告白していない時点で周りの人たちからカップルじゃないの? と思われていたからね。
水着選びをしていた時も最近の大学生は自信なさげなのが多くて、って店員さんにも囁かれていたし……。
「なぁ姉貴、そこまで彼のことを好きならばデートに誘いなよ」
「えっ? で、デートに?」
「だってそいつにはコクったんだろ? そうと決まれば猶更だぜ」
「でも、まだ対面で好きだって言ったわけじゃ……」
「そんなの言い訳でしかねぇよ。それに、十六日からそいつも一緒に母さんの店で働くんだろ? チャンスはいくらでもあるぜ」
そうだったね。母さん、「十六日から来てもらっても大丈夫だよ」って言ってたものね。
仕事上では私が先輩になるから、いろいろと教えながらその隙を狙ってデートに誘うってのもアリかな。
そうしたらそのままの流れでデートに誘って、ホテルでそのままエッチなことをして……、ウフフ。
「姉貴、目にハートマークが浮かんでいるぞ」
「えっ?」
「ほら、鏡をよく見てみろよ」
里果から家で髪をとかすときに使っている手鏡で自分の顔を見ると、やはり自然と笑みがこぼれていた。なるほど、これが恋する乙女の顔ってヤツね。
あの一件から三年経って恋に落ちるなんて、信じられないよ。
「ありがとうね、里果。鏡は返すよ」
手鏡を返すと、里果は「ああ」と答えて、鏡を見ながらヘアブラシをサッと通す。
里果は髪質が私と似ていることと短いということもあって、あっという間にブラッシングが終わった。髪が長いと面倒なことが多いから、やはり短くしたほうが良いのかな?
「私も髪を短くしようかな……、里果みたいに」
「姉貴、本気で言っているのか?」
「うん。……ダメかな?」
ちょっともじもじして髪をいじりながら里果に尋ねてみた。
コンビニのバイトをやっているときはチアをやっていた時と同じように髪を束ねなきゃならないし、手入れが大変だからこの際さっぱりしたいんだよね。
トオル君の童貞を奪った彼女もサラサラのロングヘアだし、彼女のことを思い出してしまうことになりかねないし……。
……と思ったら、里果からは意外な答えが返ってきた。
「姉貴がそう思っているなら止めないけど、アタシは反対だな。姉貴とアタシが変わらない髪型になったら、見分けがつかないじゃんか」
「そうなの?」
「ああ。姉貴と来ればアタシと同じようにサラサラの髪をしているだろ、それにロングストレートのままってアタシには真似できないな。だから、このままでいいよ」
そうだね。このままでもトオル君は私のことを好きでいてくれるもんね。
「ありがとう、里果。このままでいようかな」
「へっ、お安い御用さ」
告白してからちょっとだけいろいろと気になったりしていたけど、やはり私は私でいるのが一番だね。
ありがとう、里果。
その後も私と里果はとりとめないおしゃべりをして、眠りに就いたのは午後十一時近くになってからだった。
トオル君、早く仙台に帰ってこないかな。
帰ってきたら、この手で抱きしめてあげたい。あわよくばそのままエッチなことを……。
<あとがき>
佳織さん、何気にイヤーンなことを言ってませんでしたか? 実はこれ、ラストの伏線となっています。まぁ、見ていてください。
そうそう、本棚めいた自主企画もやっておりますので、ぜひよろしくお願いいたします!
「ざまぁ」や「寝取られ」などを入れていない作品集まれ!
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