30:そして、仙台へ

 清水とのデートから二日後の八月十四日、いつも通り起きた俺は荷物の整理をしていた。仙台に持っていく本や服を大きめの鞄に詰め終わると、休みを取っていた父さんにの車に乗って祖父ちゃんたちの墓参りに向かった。それからお昼を食べて少し仮眠してから早めの夕食を取り、そこから父さんの車に乗って衣笠駅へと向かった。

 母さんは早く帰る俺のことを心配していたけど、何かあったらLEIN電話を入れるからと答えると納得した表情を見せた。

 父さんの車で衣笠駅に到着したのは、もう既に日も暮れた午後七時のことだった。

 夜になったにもかかわらず熱気を帯びた外と違って、電車の中は快適そのものだった。それに、電車の中は夜ということもあって空席が目立っていた。

 席に座ると、横須賀へ向かう前に本屋で買ったSF小説を読んだ。

 著者のペンネームが戦国武将だと聞いて、最初は不思議に思った。しかし、戦国時代を描いたゲームを夢中になってプレイした時の様子を描いた短編を読んで「ああ、なるほど」と不思議に納得してしまった。そのほかにもバーチャルアイドルのラストライブを舞台裏から描いた表題作や異常論文、そしてオンラインに移行した福男選びが想像のはるか上を行く短編など、筆者の専攻分野や推し活にも踏み込んだ内容は実に読みごたえがあった。一時間近くの電車の旅もあっという間だった。

 横浜駅十番ホームから東口に向かってから地下街に入り、進行方向に直進した突き当りには横浜そごうがあった。夜であるにもかかわらず、地下街には人であふれていた。そごうに直結する入り口の右手にある青い階段を上ると、ようやく高速バス乗り場にたどり着いた。そこからレーンCの十七番乗り場へと向かい、そこでしばらく待つと仙台行きのバスが入ってきた。俺は荷物を手にして高速バスに乗り込んだ。

 お盆ということもあって席が取れないことを覚悟していたが、最後部にある窓際の席を確保することが出来た。

 高速バスには俺と同年代の学生や社会人などが次々と乗り込んでいた。やはり、これから仙台に戻る人たちが多いんだろうな。

 荷物やお土産を荷物スペースに預けてから自分の席に向かい、ACアダプターを取り付けたスマホをコンセントに挿してからリクライニングシートを倒した。ブルートゥースのヘッドセットを左耳にかけてからスマホのタイマーを午前五時にセットして、後はただひたすらに眠るだけだ。


「思えば、横須賀ではいろいろなことがあったな」


 俺はそう独り言ちると、目を閉じて横須賀での出来事を振り返った。


 ☆

 

 三日前に横須賀へ戻ったときに、突如中尾から電話があった。そこから清水とデートを申し込み、戦艦三笠に向かったのはその翌日だった。そこで清水から意外なことを告白されるも、自宅に戻ってから佳織にLEIN経由で告白をした。佳織からオーケーの返事を取れた時は舞い上がるような喜びを味わった。引っ越しをした日に出会ってから三ヶ月、まさかここまで来るとは俺自身も思っていなかった。

 そしてその翌日、俺は中尾と一緒になってコースカベイサイドストアーズに向かった。清水とのデートのことを話したら、中尾が「たまにしか会えないんだから、映画でも見ようぜ」と俺を誘ってきた。どの映画を見るんだ、と俺が尋ねると「それは明日までのお楽しみにさせてくれ」と明言を避けた。

 中尾と一緒になって見た映画は中国の戦国時代を舞台にした漫画を原作にしたもので、漫画のキャラクターとキャストの違和感を全く感じずに最後まで楽しむことが出来た。中尾は原作の大ファンらしく、「これは当たりだったぜ」と大絶賛していた。ベテラン俳優のキャラづくりが異次元過ぎて、言葉に言い表すことが出来ない出来だった。これって、原作がかなり長いんだよな……。

 映画を見終わった後で俺達は映画館の脇にあるカフェで軽く食事をとった。

 そこで俺は前日に清水とデートしたことなどを話した。その話の中で中尾が一番食いついたのは、清水が東北学院大学へ行くと決めたことだった。


「信じらんねぇよ。初体験が隣町の大学生だった清水が東北学院大学を目指すって……」

「ああ、どうやらマジらしい。俺に好きな人がいるってことを話したら、マジで目指すって話したよ」

「嘘だろ、おい……」


 こんな調子で、中尾は電話をしている間中ずっと言葉を失っていた。俺が仙台に好きな人がいるということについても、呆然自失の状態で聞いていたためか全く耳に入っていない様子だった。高校時代には俺を馬鹿にしていた中尾が、俺と清水のことでうろたえるなんて俺自身も信じられないよ。

 それから中尾は俺の仙台での話を聞くと、「一度お前を嵌めた俺が言うセリフじゃないけど、信じられねぇよ!」と、これまた驚きの声を隠せなかった。そんなことを言うお前はどうなんだよ、と中尾に尋ねると、原田とは相変わらず付き合っているらしいとの答えが返ってきた。同じ大学に通っていて、ゴールデンウィークの時に一線を越えたとのことだ。中尾が良い感じで男前になっていたのも、そういうことだったのか。くそう、羨ましいぞ。

 帰り際に中尾は笑顔を見せながら俺に「お前もチャンスがあるだろ? 頑張れよ」と笑いながら去っていった。最初は「コイツ……!」と思っていたけど、よく考えれば仙台に帰ってから佳織と直接会って話ができる機会はこれから増えるだろう。十六日からは佳織の母さんが経営している店で期間限定のアルバイトをすることになるし、あと一ヶ月もすれば後期の授業が始まる。チャンスはいくらでもあるだろう。

 中尾が高校時代に俺に対して嘘告白を仕掛けたことだけは許せないし、許すつもりもない。だけど、中尾はそんなに悪い奴ではない。オーバーキルしようと思えばできるけど、そんなことをしたら俺が傷つくし、中尾もさらに傷つく。今くらいの距離感がちょうどいいや。


 ☆


「……あと十分ほどで長町駅東口に到着いたします……」


 運転手のアナウンス音声が聞こえると、俺は少しずつ目を覚ました。

 中尾と話をしていたことを思い出した途端、俺はいつの間にかうとうとして眠りに落ちていた。

 肝心の財布やスマホ、充電器は……、あるな。貴重品をうっかり忘れたなんて真似をしないために、スマホと充電器、そして財布をリュックの中に入れ、リクライニングシートを戻す。

 最初はバスの中でゆっくり眠れないだろうと思っていたけど、思いのほかよく眠れた。ただ、肝心の夢の中身はすっかり忘れた。まぁ、どうでもいいことなんだろうけど。

 バスに預けていた荷物を手に取り、JR長町駅の東口から地下通路を経由して地上に降り立つと、「やっと帰ってきたな」という感じがした。昨日まで居た横須賀と違って一面の曇り空だが、蒸し暑さは全く変わらない。北国とはいえ、ここ最近は異常気象かと思えるほどに暑い。歩くだけでも汗がしたたり落ちてくる。

 コンビニの手前の横断歩道を渡ると、すぐそこには俺と佳織が住んでいるマンションが見えてきた。入り口で郵便物を確認してから階段を上り、三〇二号室へたどり着いたのは午前六時を少し回ったあたりだった。


「ただいま」


 部屋の鍵を開けると、四日間主が不在だった部屋からはものすごい熱気が立ち込めていた。部屋に入ったらすぐに窓を開け、それからエアコンのスイッチを入れた。これで少しは涼しくなってくれればいいんだけど。

 昨日佳織に深夜バスで帰ることを伝えると、午後十時頃に「明日の九時頃にはこっちに向かうよ」と返答があった。

 佳織とは先日LEINを通じて告白したけど、果たして佳織の目の前でどうやって接したらいいのだろうか。


「……その前に、まずは先立つものを、だな」


 俺は着替えを手に取ると、シャワーを浴びるために風呂場へと向かった。


<あとがき>

 いよいよ、次回からは第一章のラストを飾る話に入ります。

 主人公の告白、そして……。お楽しみに!

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