28:遠距離告白
「トオル君、今頃どうしているかな」
どんよりとした曇り空が浮かぶ夕暮れ時、アルバイトを終えて自宅に帰ると、私はベッドに寝っ転がってスマホを開いた。
私の家は父さんが普通にサラリーマンをやっていて、母さんがコンビニをやっている。もともとはお祖母ちゃんが高校の開校とともに始めた小さな店だったけど、いつの間にかコンビニになって今に至っている。もちろん私のバイト先で、土日はわざわざ長町からここまで通って働いている。
店は近くの高校の生徒さんで賑わっているし、中には大学生や社会人、果てはご年配の方までこの店に来てくれる。おかげでお母さんは町内会の顔役で、父さんはその引き立て役……かな? でも、父さんは職場では冴えないけれども頑張っているよ。
トオル君は順調にいけば明日帰ってくるはずなんだけど、昨日から何にもメッセージを送って来ないんだよね。下手したら、向こうで悪い女につかまっているんじゃ……。あ、トオル君からメッセージが来ている。
「ふむ、『今日は三笠を見に行ったよ。十四日には帰るから心配しないで』、か。写真も一緒に来ているな、どこからだろう」
最初の写真は大きな砲台が映し出されていて、砲台の周りには写真を収めている人の姿がちらほらいた。次の写真には、向こう岸なのかな? その島をズームで映しているみたい。その次の写真は前甲板から撮ったもので、そこには「向こう岸に見えるのはアメリカ海軍の基地で、一般開放の時に行ったことがあるんだ」というメッセージが添えられていた。
「トオル君、生き生きとしているね」
私はほっと胸を撫で下ろすと、トークルームの続きに目を通した。すると、時折私と同じような格好をしている女の人が映し出されていることに気がつく。一体誰なのかな。
(トオル)>「実は清水と一緒だったよ。あ、清水ってのは、俺の童貞を奪った張本人ね」
そこにはちょっと長めのサイドテールをたなびかせていて、Tシャツの上から私と同じか、ちょっと大きいくらいの胸を揺らしていいる女性の姿があった。
そうか、以前からトオル君が話していた子ってこんな子だったのか。
見た感じでは私と同じように落ち着いた感じで、とても童貞を奪った子には見えないんだけど。
(トオル)>「実は、高校の頃は髪を染めていて、ギャル仲間と一緒になることが多かったって話していた」
ひょっとして、高校デビュー組ってヤツ? これはちょっとトオル君に聞かないと。
(佳織)>「その清水って子は、高校に入ってギャルになっちゃった感じ?」
(トオル)>「その通り」
やはり、私が想像したとおりだね。ひょっとしたら、ひょっとするかも……?
(佳織)>「その子は……、その、エンコーに手を染めていたりする?」
メッセージを打ち込んでいると、ちょっとだけ私の頬が熱を帯びているのが分かる。
ちょっと踏み込んでいるけど、これくらいは聞かないと、ね。
トオル君のことだから、すぐに返答してくれるけど。
(トオル)>「そこまではしていないよ。ただ、はじめては大学生が開いているパーティーに行って、そこでお持ち帰りされたらしい」
(トオル)>「修学旅行で俺を襲ったのは遊び半分で、しかも先生と関係を持っていたそうだ」
(佳織)>「それって本当なの?」
(トオル)>「本当だよ。清水本人から聞いた」
マジ? こんな子が男を平気で食っていたなんて……。
写真の中に居る彼女は服装こそ地味だけど、体形は男性向けのエッチな漫画に描かれている女性キャラ像そのものだ。
私のこのわがままボディは天性のものではなく、母さんや里果と同じように不断の努力で手に入れたものだ。すべては鍛錬と母さんの食事の工夫があってこそで、今でも体系維持のためにビデオゲームを取り入れながらフィットネスをしている。もちろん、一人暮らしになってからは食事も工夫しているし、間食はあまりしていない。
閑話休題。
それにしても写真の中の彼女、どうしてこんなエロい体をしているのだろうか。トオル君の話が本当ならば、彼女は男から精気を吸い取ってこの体を保っているのかな?
(トオル)>「どうした、佳織?」
(佳織)>「い、いや、何でもないよ」
(トオル)>「まぁ、そいつが俺のことを好きだって言われて……、正直驚いたよ」
え、その子がトオルのことを好きだったって言うの?
そんなの聞いていないよ! 証拠でもあるのかな?
(トオル)>「以前、修学旅行で男子生徒が次々と襲われた話をしただろ。おそらく俺のことが好きで、最後に俺を襲ったかも」
(トオル)>「それに、援交がばれて彼女のギャル仲間が転校させられた一方で彼女は停学を選んだって話していた。だから、それくらい好きだって話していた」
なるほど、その子はトオル君のことをそこまで好きだったのか。
でも、トオル君はその子のことが好きじゃ……、ない……、よね?
(トオル)>「だけど、俺は仙台に好きな人がいるって言ったよ。ただ、名前は出していないけど」
良かった。でも、トオル君が好きな人って……、ひょっとして綾音さん? それとも……。
(トオル)>「だから、この際だからはっきり言うよ。俺、佳織のことが好きだ」
えっ、それって本当? でも、私は……。
(トオル)>「たとえ佳織が俺のことを信用できないと思っても、俺は佳織のことが誰よりも好きなんだ」
……本当? 高校一年生の時に卑猥な話をしてからずっと男の人を避け続けていた私のことを?
でも、嬉しい。こうして私のことを好きになってくれるなんて。
(佳織)>「本当なの?」
(トオル)>「ああ、本当だよ。佳織は?」
(佳織)>「私もトオルのことが好きだよ、あの日からずっと」
本当だよ、トオル君。
その前の日に
私は以前トオル君に話した一件が原因で男の人が苦手になり、トオル君はあの清水さんって子に襲われたせいで女の人を避けるようになった。あの時一歩前に踏み出さなかったら、トオル君はずっと孤独のままだった。もちろん、私も。
ただ、今こうして告白しているってことは、お互い辛い過去を克服できたってこと……だよね。
トオル君、そう言ってくれてありがとう。大好きだよ。あの日から、ずっと……。
「姉貴、居るか?」
このちょっと低めの声は里果ね。またドアをノックもせずに入ってくるなんて。
部屋の入口に向かうと、里果はTシャツと短パン姿で私のところをじっと眺めていた。
「里果、部屋に入るときはノックしなさいって何度も言っているでしょ?」
「そりゃそうだけど、母さんがもうご飯だってさ」
私はふと部屋の中にある壁掛け時計を見た。そう言えば、もう六時半を過ぎているね。今日は土曜日で父さんの職場は休みだからまず間違いなく家に居て料理してくれるから、いい料理を期待しちゃうのよね。
「分かったわ。ちょっと待ってね」
私はスマホをベッドの傍に置いてある充電器に乗せると、里果とともにリビングに向かった。
トオル君、私のことを好きだって言ってくれた。そのこと自体は嬉しいけど、出来れば目の前で言ってくれればもっと嬉しいな。
高校時代は勉強とチアに身を捧げたけど、大学生になってやっと私にも春がやってきた。
トオル君、ありがとう。直接でいいから私に「好きだ」と言ってもらいたい!
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