20:二人の意外な事実

 翌日も一コマ目から講義があった。遠藤と菅野、そして吉田を含む口だけ三人衆にだけは顔を合わせたくないと思っていたが……。


「よお」

「わぁっ!」


 教室に入ってすぐ、一番相手にしたくない吉田と出くわした。

 こいつは中学、高校と女に嫌われ続け、その結果周囲に女の気配があれば嫉妬から根掘り葉掘り聞きだすぞ、って遠藤の奴から聞いたことがある。

 よりによって同じグループに居たとは!


「なんだよ吉田! まさか昨日のことを聞いたのか?」

「そのまさかだよ。LEINのグルチャ、見なかったのか?」


 遠藤の奴め、こっそりとグルチャにばらしていたのか!

 昨日のお昼に佳織からお叱りを食らったのを忘れたのか、あのバカ野郎。

 吉田のことだ。こいつに知られたら納得行くまで俺と大久保のことを聞き出してくるに違いない。

 同じ講義に出ている佳織はどこだ? ……と思ったら、いないのか。机の上には荷物があるから、すぐ戻ってくる……。


「おい、どこ見てんだよ」

「ひっ!」

「まずは俺に話を聞かせろよ」


 吉田が威圧的な目つきで俺を睨んできやがった。逃げるコマンドを封印されてしまったよ。

 確かこいつは柔道をやっていて、東北大学に入ろうと思ったものの二次試験で落とされてこっちに来たって言ってたな……。七帝柔道やりたさに東北大学を目指していたのは俺と似ているけど、相手にしたくない。


「チッ、分かったよ。昨日の二コマ目が終わった後でラブレターを貰ったよ。封筒の中にLEINのQRコードが入ったから友だち登録したよ。これでいいか」


 俺はそう言ってスマホから佳織に連絡を入れようとすると、吉田が「なぁ、それでどうなんだよ」とソーシャルディスタンスなんてお構いなしと言わんばかりにニヤニヤしながら近づいてきた。


「何がだよ」

「だーかーらー、そいつと付き合うかだよ」

「そりゃあ、LEINのIDを交換した以上は試しに……、だろ」

「まぁ、いいさ。それにしても、大久保はお前のどこが気に入ったんだ?」

「知らねぇよ。おそらく俺と同じように相憐れむって思ってのことだろう。それにしても、なぜお前はそいつのことを知っているんだ?」

「大久保は俺と同じ高校でな、俺らが通っていた高校って私服通学だろう? あの頃から子供っぽい恰好していてな、よくギャル連中からはからかわれていたのをよく覚えているよ」

「あの格好は昔っからってわけか」

「そういうことだ。それでもいいじゃねぇか、お前にも彼女ができて。チクショウ、俺も女が欲しいぜ」


 奴は悔しがる様子を見せると、自分が座っている席に戻っていった。

 やっと蜘蛛の糸を手繰り寄せて救いを得ようとしていたところで、こいつらのせいでまた地獄に叩き落されそうだ。

 遠藤らは俺に子供っぽい見た目の大久保さんを押し付けて、佳織を手に入れようと思っている。それが昨日の学食での会話でよくわかった。

 だけど、このまま黙っていられる俺ではない。今日は佳織と同じ、もしくはそれ以上の美人である綾音さんとカフェでランチを取りながらデイリー……、というよりは、作戦会議をしよう。

 吉田が居ない隙を見て、LEINで佳織に「お昼休みに学食にて落ち合おう。綾音さんにも連絡乞う」とメッセージを送った。

 ……ん? 着信か。佳織からだ。

 ちゃんと「OK」のスタンプを送ってきたな。送ってきたスタンプだけど、男の娘ブイチューバーじゃないか。

 付き合い始めて三ヶ月経つけど、佳織の好みはいまいちわからないなぁ。


 ◇


 お昼休みになって押川記念館の一階にある学食へ向かうと、佳織と綾音さん、そして俺の三人はテーブルを囲んで作戦会議をすることとなった。

 女性陣は選べるランチセットを選び、俺は日替わり定食を選んだ。

 選べるランチセットは色とりどりで、見ただけでも食欲が湧きそうだ。

 ただ……。


「ふ~ん、徹君がラブレターをね」


 俺達三人の間はちょっとどころじゃない、無茶苦茶気まずい空気となっていた。

 何というか、その……、圧倒的な大差で負けた試合の後のロッカールームって感じだろうか。


「ええ。しかもLEINのグルチャであっという間に伝わりました」

「広まったのは男子の間だけですね。私達のグループチャットはいつも通りでした」


 綾音さんは俺達の話に一通り耳を傾けると、ちょっとだけ考え事をしてはランチセットのサラダをつまんだ。

 腹が減っては戦、どころか午後の講義が出来ない……、けど、このままだったらお昼抜きで午後の講義になりそうだ。


れで、徹君はたいわけ?」

「俺ですか? 俺はLEINのIDを交換した以上は試しにデートしてみようかと思います」

「デートね……」


 綾音さんはサラダを飲み込むと、腕を組んでは「う~ん」と考え込んだ。

 俺の隣に居る佳織も悩ましい顔をしているし、どうしたものかな……。

 すると……。


「どうしたの、佳織。悩み事なら聞くよ」


 振り返ると、そこには佳織と親しい人がトレイを手にして立っていた。

 髪はショートボブにヘアバンドを付けた暗めのブラウンヘアーに年齢を感じさせない可愛い顔立ちをしていて、身長は綾音さんと佳織に比べるとも少し小さいものの百六十センチは優にある。とりわけ目立つのは大きな胸で、綾音さんと大体同じくらいはありそうだ。

 どこかで……って、あの人は土樋の体育館で見たことがある。綾音さん達の指導をしていた凜乃りのさんじゃないか!

 ちなみに凜乃さんのフルネームは小山おやま凜乃りのだが、綾音さん同様に名字で呼ばれるのを非常に嫌っていて、佳織は彼女のことを凜乃さんと呼んでいる。佳織とは同じ高校のチアリーディング部の先輩と後輩の間柄で、一昨日のスピーチでもちょっとだけ名前が挙がっていた。

 凜乃さんのお蔭で立ち直れたと佳織が話していたと話していたように、佳織にとっては大の恩人だ。


「り、凜乃さん! どうしてここに?」

「そりゃあ、あの後姿を見れば、ね。それと徹君、ご無沙汰~! どうしたの、二人して暗い顔して」

「いや、ちょっとね……」

「ふーん……。アヤ、相席してもいいかな? トレイを持つのも辛いからさ」

「構わないわ」

「じゃあ、お邪魔するね」


 凜乃さんが綾音さんの隣に座ると、凜乃さんと佳織が向き合う形になった。

 凜乃さんが頼んだのって雲白肉ウンパイリュー定食じゃないか。一度食べたことがあるけど、辛いソースがお肉といい感じに絡んでいてあっという間に完食した覚えがある。

 俺ら三人が塞いでいるのを知ってか知らずか、凜乃さんは定食を片手にちょっと肩を落としている佳織に目を向けた。


「佳織ちゃん達、いったい何があったの?」

「ちょっとね、実は……」

「昨日の授業が終わった後にラブレターを貰ったんですよ。ただ、その女の子は見た感じではあまり子供っぽくて……」

「学食で男子の会話を立ち聞きしたら、鹿島君にその女の子を押し付けて、その男の子達は私と付き合おうと話していました。私は嫌なんです、顔と体だけしか見ない男の人となんて付き合いたくありません」


 一時は男性不信でチアを辞めようと思っていた佳織のことだ、何を言っているのかはわかる。

 あの二人は佳織のことを下半身しか見ていない。あの下種野郎どもに佳織を取られたら、俺は一生後悔する。

 だけど、あの野郎どもが昨日のことをLEINで広めている以上は逃げられない。

 もし俺が大久保さんとデートしたら、それ見たことかと遠藤らがデートに誘っては密室で……、なんてことも考えられる。どうすればいいんだ、俺は……。

 と思ったら、凜乃さんがあっという間に定食を食べ終わっていた。早いよ! ……いや、俺達が遅すぎるのか。

 すると凜乃さんは「そうだ!」を声を上げると……。


「凜乃、いいアイディアを思いついたよ!」

「えっ!?」

「まずは凜乃に徹君のスマホを貸して。ロックを解いてLEINを開いておいてから渡してね」

「り、凜乃! 正気なの!?」

「凜乃さん、それはちょっとまずいんじゃ……」

「佳織ちゃんとアヤは黙っていて」

「え、ええ」


 凜乃さん、いったい何を考えているんだ? と思ったら、荷物はあれど凜乃さんの姿は居なかった。いったいどこに行った?

 まあいいや。凜乃さんが定食を平らげたんだから、俺達もさっさと昼飯を平らげよう。


 ◇


 それから数分後、凜乃さんが戻ってきた。


「お待たせ。徹君、スマホは返すね」


 凜乃さんは俺にスマホを渡すと、先程まで座っていた場所に戻ってマイボトルを取り出してはお茶を飲んでいた。

 LEINを確認すると、なんと大久保さんには「今度の日曜日、午前十時にザ・モールの前で待ち合わせしませんか?」とメッセージを送っていた。というか、凜乃さんが俺を騙ってメッセージを送っていた。

 ちょっと待てよ、凜乃さん! なんてことをするんだよ!


「凜乃さん、いったい何をしたんですか?」

「だって、デートしないとあの二人の気が収まらないんでしょ? それだったらデートしちゃおうよってわけ」

「でも、そうしたらあの二人が佳織を……」

「大丈夫だって。徹君のお友達だっけ? 二人にも連絡しているからね」


 俺は半信半疑でトークリストを眺めると、そこには「佳織から『日曜日の午前十時に杜の賛歌で待ち合わせしませんか』と言伝がありました」とのメッセージを送っていた。なお、送ったのは間違いなく凜乃さんだ。

 よりによって相手は遠藤と菅野だぞ? あの二人と佳織が一緒にデートへ行ったらどうなるか、想像がつくぞ。


「凜乃さん、ちょっと待ってください! これじゃあ佳織を……」

「そうですよ! 私はあの二人とは……」


 俺たち二人が続けざまに文句を言うと、凜乃さんが「落ち着いてよ」と止めに入った。


「佳織ちゃんは行かなくていいよ。デートには凜乃が行くから、心配しないでね」


 凜乃さんがそう言ってくれると助かる。

 佳織を差し出すことがなくなってほっとしたよ。


「その代わり、佳織ちゃんは徹君のデートの様子を私に逐一報告してもらえるかな?」

「もちろんですとも」


 さて、残るは無理やり巻き込んだ綾音さんだ。


「それで、アヤはどうするの?」

「私? 私は別にいい……、かな」


 どうしたのだろう、綾音さんの顔が心なしか赤くなっている。いつもの物憂げそうな顔じゃないぞ。

 すると、何を思ったのかすかさず凜乃さんが綾音さんに近づくと……。


「ねえ、凜乃と一緒にその子達とデートしない? 最近、彼氏とデートが出来なくてイライラしているんでしょ」

「なっ……。わ、私が悪いわけじゃないわ! アイツがデートに誘ってくれないから、その……」

「凜乃は彼氏募集中なんだよね~。アヤが行かなかったら、二人ともまとめて相手しちゃおうかなぁ」


 何をおっしゃる凜乃さん、それって綾音さんに彼氏が居るってことですよね? 普段はそんな素振りを見せないのに!

 それに、隣に座っている佳織が顔を真っ赤にしているじゃないか! 佳織は男性不信で恋愛経験はほぼ皆無だぞ、無論、女性とまともに付き合ったことがないまま童貞を失った俺もだけど。

 綾音さんは少し考えた挙句、半ば呆れた感じで凜乃さんを見つめると……。


「……もう、分かったわ! 付き合うわよ。但し、今回だけだからね」

「うむ、分かればよろしい」


 顔を真っ赤にしながら頷いた。

 佳織を守るために身を挺してくれることとなった綾音さん、ホントすみません。感謝します!

 すると二人の勢いはもう止まらず、あれやこれやと猥談を繰り広げてしまった。

 俺達と同じように塞いでいた綾音さんはランチセットに手を付けるや、あっという間に完食した。


「……早くメシを平らげようか」

「そ、そうだね……」


 当然ながら、我々も定食をすべて食い終えて無事元を取ることができた。すべては偶然通りかかった凜乃さんのおかげだ。

 綾音さんは彼氏が居て、凜乃さんもこれまた二人まとめて相手したいと思っているところから彼氏募集中なのは何というか、その……、意外だった。

 なお、飯を食べ終わったらその流れで講義棟に向かってランチ・エクササイズをやったのは言うまでもない。


<あとがき>

 今回も冒頭は前回同様、自分が好きだった小説のオマージュです。

 但し、ここから先の展開に関してですが思わぬ方向に……? 明日と明後日をお楽しみに!

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