21:大久保さんの思い
日曜日、ザ・モールPart2の入口にて俺は大久保さんを待っていた。
ふと横断歩道の向かい側を眺めると、佳織が木陰の中に隠れている。サングラスと帽子、そしてマスクと完全装備をしている。凜乃さんが一計を案じたおかげで佳織は俺の監視を仰せつかることになり、見事遠藤と菅野の仕掛けた罠を逃れることとなった。
遠藤と菅野は杜の賛歌で鼻の下を伸ばして「佳織とエッチできる」と思っているのだろう。残念ながら、あいつら二人には俺からレッドカードを進呈しよう。綾音さん、凜乃さん、本当に助かりました。
そして、嫉妬から根掘り葉掘り聞きだそうとする吉田だが、アルバイト先の店長に急に呼び出されて今日は出勤と相成った。今朝になってLEINに「後でどうなったか聞かせろ」とメッセージを入れていたが、お前にはどうなろうと教えてやらん。
「鹿島さん、お待たせしました」
こないだと同じように髪の後ろ側には大きなリボンをひらひらさせていて、夏だというのに白と黒のツートーンコーデで決めていた。
顔のメイクは若干血の気を感じさせるがあるかというと、そうでもない感じがする。
地雷系とはよく言ったもので、幼い見た目にフィットしている。
「お待たせ。それで、今日はどこに……?」
「せっかくですから、映画を見てみようかと。『東京アベンジャー2』って知っていますか? 好きな人と見たかったんです」
もちろん知っているさ。こないだまで有名な少年誌で連載されていたヤンキー漫画だ。
運命に立ち向かう主人公の姿は、女性とのトラブルが相次いだ俺にとって生きる勇気と希望を与えてくれた。高校時代に一巻から最新刊まで集めた数少ない漫画だ。
ハロウィン抗争編の前編はまだやっているとはいえ、いきなり後編を見ることになるのだろうか。念のために聞いてみるよう。
「どちらを見るのか教えてもらっていいかな?」
「ハロウィン抗争編の後編ですね。鹿島さんも好きなんですか?」
「ああ、もちろんだよ」
まぁ、内容は事前に把握しているから楽しめるけど。
「一緒に行きましょう、ね」
すると大久保さんはいつの間にか俺の傍に来ると、何かと腕を絡めてくる。
時折右肘に胸が当たるけど、佳織に比べると圧倒的にボリューム不足だ。
ひょっとして、これは誰かの指示でやっているのか? いや、そんなことはないだろう。何せあの三人はデートにアルバイトだ。あとは映画をじっくり見て、それからここのビルの中にあるコーヒーショップでお昼を食べたら解散でいいだろう。
佳織は……、横断歩道のところまで来ているな。信号が青になっているから、早くしないと追いついてしまう。
「うん」
俺は軽く頷くと、ザ・モールパート2の中に入っていった。
佳織はちゃんとついてきている……、よな。
◇
「面白かったですね~」
「ホントだよ」
大久保さんは映画が見終わると満足げな表情を浮かべていた。原作を読んでいた俺でさえも満足の行く仕上がりだったよ。
自らの未来のために命をかけるトーマンの男たちの戦いは、最後まで目が離せなかった。
この後もまだまだ続きそうだけど、最後までぜひやってもらいたいところだ。
「それで、お昼はどうする? ここの近くにコーヒーショップがあるけど」
「う~ん、もうちょっと別のところにしませんか? 例えば同じ階にある中華食堂も良いですよ」
確か、ここの店ってホームページに「カップルや家族連れにもご好評をいただいております」って書いてあった……よな。
スマホで取り出して確認したところ、実に美味しそうなものが揃っているじゃないか。但し、学食に比べると二倍近い価格がネックだ。
それならば近くにあるコーヒーショップが良いけど、メニューが少ないんだよな……。
「もしかして、財布のことを気にしていませんか?」
「うん、俺は一人暮らしだから……」
そう、俺は横須賀を離れてこっちの街に単身暮らしている。佳織のおかげで食生活は何とかなっているものの、夏休みには長期のアルバイトを入れようと思っている。
佳織も俺と同じように一人暮らしをしているけれども、二人分の食事を作る程度には余裕がある。
買い物をするときも安くて質の良いものを選んでいるし、料理も工夫しているからなぁ。
俺も最近は佳織に負けないくらい料理が……って、何考えているんだよ俺。
まぁ、一人暮らしである以上は財布の紐が気になる。したがって、さすがに高いものは食べられないってことだ。
「私は自宅から大学に通っていますから、そんなことは気にしていません。バイトだってしていますから、財布に余裕はあります。気になるのであれば、私が払っても……」
「それなら、お願いしてもいいかな」
「はい!」
大久保さんはそう話すと、ニコッと笑顔を見せてくれた。
佳織の笑顔と比べるとちょっとレベルが落ちるけど……、ってか、佳織と半同棲生活をしているせいもあって佳織基準で考えがちだよ、自分って。
大久保さんに連れられて店に入ると、奥の二人用テーブルを案内された。
俺はラーメンを頼み、大久保さんはスープチャーハンを頼んだ。
「いただきまーす」
大久保さんは見た感じでは食が細いのかと思ったが、いざスープチャーハンが並べられるとフーフー言いながら綺麗に平らげた。
人は見た目によらないとはよく言うけれども、彼女はまさにそれだった。しかも……。
「すみません、追加で餃子をお願いします!」
……まだ食べる気なのか、大久保さん。
「よくそんなに食べられるね」
精一杯の皮肉だったが、大久保さんは……。
「餃子とセットで食べるのが好きだから、平気ですよ」
と、平然とした顔で答えた。
「そうだ! 鹿島さんもどうですか? 遠慮はいりませんよ」
「そ、それじゃあ遠慮なく……」
財布が心配だけど、その点は心配しなくていいか。
それと、店内に佳織は居るかな。佳織は価格が高い店で食べたくないってこぼしていたから……。
「……、それと餃子のお持ち帰りをお願いします」
きちんと元は取っていたよ。ごまかしきれていないロングヘアーで分かったよ。
この調子だと、今日の夕飯には餃子が乗っかりそうだ。
「そういえば、鹿島さんって好きな人は居ませんか?」
「えっ?」
佳織が餃子を頼んでいたところで、大久保さんから突如質問が飛んできた。
好きな人と来ればズバリ佳織だけど、それを言ったら終わりだろう。
ここはひとつ、ごまかしておこう。
「……今は居ないです」
もし聞いていたらごめん、佳織。俺は心の中で佳織に詫びた。
「そうなんですか。私みたいに子供っぽい人って嫌いですか?」
すると、大久保さんは目を少し潤ませながら俺に尋ねた。
大久保さんはほかの人に愛される自信がないのかってことか?
思い出したくもないが、吉田から高校時代はギャル連中にからかわれていたということを聞いている。まずはその辺を聞いてみるか。
「その質問の前にちょっと俺からも質問していい? 高校時代にギャル連中から馬鹿にされていたって本当かな」
「えっ!? それ、誰から聞きました?」
「吉田って奴だけど、知っている?」
「吉田君は私の幼馴染ですよ。……あいつ、私が居るのに他の女の子に手を出そうとしているのね……!」
大久保さん、今知らないうちに本音を吐き出していなかったか。私が居るのに……、って。
ひょっとして、これは触れてはいけないことだったか? ここはフォローしておこう。
「あ、あの、大久保さん?」
「ごめんなさい。取り乱してしまいました」
大久保さんは冷静さを取り戻すと、またいつもの年齢不相応の幼い見た目をした少女に戻った。
吉田のことを聞いて冷静さを失っていたことを考えると、大久保さんは吉田のことを好きなのだろうか。
「大久保さん、吉田のことについては本当なのか?」
「ええ、聞かれてしまったからには仕方ありませんね。さっきつぶやいたことはすべて本当です。吉田君、私という幼馴染が居ながら他の女の子に声をかけているんですよ。当然ながら連戦連敗で、周りの男に女の気配がしたら嫉妬に狂うのは当然ですね」
吉田のことは遠藤から聞いたけど、あれは本当だったのか。
まぁ、無理はないだろう。佳織に比べるのは酷だけども、吉田の近くにはこんなに可愛い幼馴染が居るのに。
大久保さん、幼い見た目をしていて冷静に分析しているなぁ。データサイエンスの講義でも取っているのだろうか。
「それで、さっき俺が聞こうとした話の真相を教えてくれるかな」
「はい。私と吉田君が通っていた学校は私服通学でしたか。クラスには私以上に目立つ女の子が居て、ギャル集団には毎日馬鹿にされていました」
「いわゆるスクールカースト絡みのいじめに遭ってたってわけか」
「そうですね」
大久保さんが大きく頷くと、俺はふと横須賀に居た時のことを思い出した。
スピーチの題材になるかと思って中村先輩と一緒に「ボウリング・フォー・コロンバイン」を字幕なしで見てから、コロンバイン高校の銃乱射事件について調べたことがあった。アメリカでも日本と似たようなことがあると知り、スピーチ大会でお披露目をしたら偉く関心を持たれたなぁ……。
って、そんなことはどうでもいい。今は大久保さんの話が気になる。
「吉田君はそんな私をかばい、その取り巻きの一味に対して『大久保をいじめたことを教職員にばらされたくなければ、俺と付き合え』って強請ったこともありました。それが原因で却って男子の陽キャにいじめられましたけど、……どうなったと思います?」
「教職員に訴えたのか?」
「そうですね。私をいじめていた生徒達は数日間の停学となりました。もちろん、吉田君をいじめていた男子の陽キャ集団も一緒です。吉田君は私をいじめから救っていながらも、また私を差し置いて……!」
大久保さんは声を震わせながらコップを手に取ると、その中にある水を一気に飲み干した。
大久保さんの言いたいことはわかる。
目の前に居る幼馴染を助けていながらもその恩に報いず、自分の欲望のままに走る。遠藤と菅野もそうだけど、吉田も似たような考え方をしている。
ここで遠藤と菅野はどうなっているのかと思ってLEINを見ると、綾音さんからは遠藤と仲良くカラオケをしていて、凜乃さんからは菅野と一緒に漫画喫茶で漫画を楽しみながらランチを楽しんでいる写真が送られてきた。二人ともなんだか楽しそうだな。それに、遠藤と菅野も。
よし、ここはひとつ……。
「大久保さん、吉田の連絡先って分かる?」
「ええ」
「ならば、SMSでもLEINでもいいから吉田に自分の思いを伝えるんだ」
「え? どうしてそんなことを?」
「大久保さん、いつまでも自分の思いを伝えないでいると、あいつはまた女に振られる。吉田を止められるのは、あなたしかいない」
そう、これ以上吉田が嫉妬に狂わないためにも、ここで止めなければならない。
佳織のためでもあるし、そして何より俺のためにもなる。
すると大久保さんはスマホを取り出して、「ええ、彼に伝えてみますね」と俺に伝えると何かメッセージを打ち込んだ。
これで万事解決すればいいけど。
◇
「鹿島さんのおかげですっきりしました。今日はありがとうございました! また月曜日にお会いしましょう!」
「またね」
大久保さんは満足そうな顔をしてお辞儀すると、あっという間に俺の目の前から姿を消した。
凜乃さんと綾音さんに頼って遠藤と菅野を引き離したおかげで、意外なことが分かった。大久保さん、吉田と幼馴染だったなんてな。
俺の幼馴染は兄貴に取られたけど、大久保さんはせめて吉田と幸せになってほしい。
見た目のコンプレックスはあるけれど、お互いのことを知っている二人だ。きっと上手く行くだろう。
俺が一安心している、背後から「よっ」と声をかける人物が現れた。
夏物Tシャツとチノパンの組み合わせにほんわかしたボイスとなると、佳織だな。
「佳織、着替えてきたのか」
「うん。さっきの店で買った餃子、家に置いてきたよ。今夜は一緒に食べよう」
「もちろんだよ。……というか、いつの間にか着替えていたのか」
「そうだよ。話が長引いていたから、さっさとお会計を済ませちゃった」
どおりでさっきカウンター席を見た時、店に居なかったわけだ。
大久保さんの話が異様に長かったから、当たり前っちゃ当たり前だけど。
「それで、デートはどうだった?」
「悪くなかったさ。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと物足りなかった、かな」
「ふーん、どこが?」
「そりゃ、その……」
胸もそうだし、身長も佳織に比べればちょっと低い。顔は若干幼く、ファッションセンスが年齢と釣り合っていない。俺と彼女が並んだら出来の悪い家庭教師と中学生にしか見えない。
その反面、佳織は身長が程よく高めでわがままボディだ。年齢からして美少女にも見えるが、どちらかというと美女に近い。その一方で狙っている男も多い。
大久保さんが程よい速度のストレートならば、佳織さんは剛速球だ。こないだの遠藤と菅野が学食で俺から引き離そうと話していたのも頷ける。だけど、今の俺には佳織がちょうどいい。ガードしてくれる人もいることだし。
ただ、細かいことについては佳織に伏せておくか。
「いろいろと、だな。俺には佳織のウェイトが高くなってきているのかな」
「そうだね。ただ……」
「ただ?」
「さっきあの例の彼女に問いかけられたとき、『居ない』ってごまかしていたじゃない、それってどういうことかな?」
「え?」
聞いていたらごめんと思っていたけど、聞かれていたか。
佳織にだけは正直に話しておくか。
「その、佳織と噂になるのがちょっとと思って、ね」
「ふーん。気を遣っているの?」
「そうだよ。佳織は美人だし、誰に狙われるかわからないからね」
「まぁ、ね。それより、大久保さんと何を話したの? 教えてよ」
「内緒。明日になれば分かるけどね」
「もう、ずるいよ。教えてくれたっていいでしょ!」
「だから、内緒だって」
佳織は俺が肝心なことを教えなかったことに終始不機嫌だったけど、すべて明日になれば分かると俺は一点張りを通した。
吉田と大久保、上手くやってくれるかな。
<あとがき>
元ネタではデートの後で同棲みたいなことをやらかした末に振ってしまうという落ちでしたが、彼女を振るのはいかがなものかということで大久保と吉田をくっつけることにしました。実は前回の話に伏線を仕込んでいたんだよね……。
それと、例の映画はもちろんあの人気漫画です。
気づいた方は、ぜひ♡を入れてコメントをどうぞ。
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