第2話 はじめてのゆうかいそし

 中学校三年の二学期。

 熱烈帰宅部な私として放課後はとっとと家に帰って結羽人兄さんのお友達(女性)と遊んだり、洗濯物を畳んだり、庭にあるかかしのような的に道場でやった復習をしたりと色々忙しい。

 結羽人兄さんは友達と遊んできても良いって言ってお小遣いをくれるけど、好きなジャンルが違うから友人と放課後遊ぶという選択肢はあまり無い。あってカラオケくらいかな。

 しかし今日は少し違う。新たな趣味に目覚めたのかも知れない!

 それは篆刻。

 要はハンコ作成。以上。

 可愛いハンコ作るよ!日替わりハンコ作るよ!

 彫刻も楽しい。あと、結羽人兄さんからもらった彫刻刀が石をスルスル切り取っていくのも楽しい。

 柔らかい石だからってこんなにはできないみたいだけど、些細なこと。

 私はアートに目覚めた!多分!

 と、ハイテンションで家路についていた。


「きゃあっっ!?」

 悲鳴が聞こえた。

 何事?と振り向くとちょうどワンボックスカーに同世代っぽい子が攫われるところだった。

 Q.女の子が攫われそうだ。どうする?

 A1.即助ける。女性を攫う犯人に慈悲は無い。(ただし助けた私の女子力は死ぬ)

 A2.助ける。念のため車を動けなくして助けを求めながら敵を倒す。(妥協)

 A3.他者に助けを求める。(恐らく間に合わないだろうし、彼女がどうなるか分からない)

 ───これ、兄さん達向けの選択肢だよね?

 A1は結羽人兄さん。A3は友紀兄さん。

 両方とも秒で片付く。

 それ以外となるとA2しか残らないわけで…


 悔しいけど、兄さんの言っていたことは正しかった。

『最近、世の中物騒だ。スキルとかそう言うレベルではなく民度や道徳心が落ちてきている。正しい事を言うためにも力を持て』

 って。

 半信半疑だったけど、兄さんが変な事件に巻き込まれたりするから念のためにって色々学んだ。


 車に駆け寄りながらカバンから彫刻刀を取り出し、右手で蓋を開ける。

 そして彫刻刀を空中で四本キャッチして兄さん直伝の投擲術で前輪タイヤに向けてショット!グッバイ私の彫刻刀。

 ついでに駄目出しの蹴りを彫刻刀の柄に浴びせ、更に深くめり込ませる。

 そうしながらも左手のカバンをバックブローの要領で助手席の窓ガラスに叩きつける!

「この人たち誘拐犯です!」

 大声でそう叫びながら今度は後部座席の窓ガラスも同じようにカバンを叩きつける。

「この人達女子学生を車に連れ込んで逃げようとしてます!」

 全力の大声。

 そこでようやく中の男達が慌てて動き出した。けど遅い。

 割れた窓ガラスから顔を出した男性の右側頭部に向けてフリッカージャブを放つ。

「がっっ!?」

 チッと軽い衝撃を受けた男性はそのままグッタリと割れた窓から外に倒れ込む。

「てめぇっ!」

 後部座席の男性が降りて私を黙らせようと慌てて降りて───くる前に顎に一撃。

 男性は昏倒して路上に倒れた。

「女子中学生を攫うおじさん達です!ロリコンです!…知らんけど」

「くっ!」

 女の子を羽交い締めにしていた男性が何かモゾモゾと片手で…なんて時間は与えない。

 私は右手でも指弾を放てる系女子。

 そして闇器系女子でもある。

 小型鉄球装備!そして、狙い撃つ!

 バズンッ

 男性の鎖骨に当たり、そしてそのまま後ろの窓ガラスを…貫通した。

 あるぇー!?そんなに威力あったっけ!?

「今っ!」

 私の声に女子生徒が慌てて車から飛び出した。

 そしてご都合主義かと叫びたくなるタイミングでパトカーが突っ込んできた。

 運転手が脱出しようとしたので、腰目掛けて指弾撃ち込んだのは内緒。



「無事ですかっ!?」

 パトカーから3人が降りてきた。

「攫われそうになった被害者女性は彼女です。犯人はそこの4人です」

 簡潔に説明。

「失礼ですが、貴女は「岩崎さんの妹さんっ!?」…ええっと?」

 確認を取ろうとした警察官を遮るように駆けつけた警察官が声を上げた。

「おーい!本部に連絡!岩崎案件!繰り返す!岩崎案件だ!」

「えっ!?了解!連絡します!」

「───失礼しました。我々は被害者女性の保護と犯人逮捕を先に行いますので、少々お待ちください」

 ええええー?

 何か途轍もなくスムーズなんですけどぉ…?

 あと岩崎案件って何?

 兄さん絡みだろうって事だけはハッキリ分かるけど、マジで何をしでかしたの?

 一人の警察官が女子生徒に事情を確認している中、二人の警察官が「うわぁ…」とか「えっぐ…」とか言いながら犯人逮捕していた。

 私はどうなるのか…

「おーい。救急車は?」

「岩崎案件って言ったら2、3台寄越すって言ってました」

「分かってて怖いな…」

「そっすね…」

「おいおい…こいつ銃持ってるぞ!?」

 あー…だからごそごそしていたんだね。まあ、至近距離ならカバンもあるから問題無いんだけど。

 前面・後面アラミド繊維が内部に加工されているらしいし。

 私を何と戦わせようとしたのか…小一時間問い詰めようとしたけど、友紀兄さんのプリンには勝てなかった…

 ボーッと警察官の現場検証などを見ていると、救急車とパトカーが来た。

「…マジか…マジだ…」

 車から降りて早々見覚えのある人が頭を抱えだした。

「磯部さん、でしたか」

「ああ。とうとう君も警察デビューか…」

「いやな言い方ですね!」

「笑顔で言わないでくれ…本当に…今回の件、もしかして兄同様映像に撮っているか?」

 えっ?

「…あー、あります。忘れていました」

「やっぱりかぁ…悪いが、提出して欲しい。ただ、色々拙い事もある。警察が言うのもなんだが…今回の件は闇に葬るかも知れない」

「良いんじゃないですか?」

「良いのかい!?」

「いえ、最悪私が罪に問われかねませんでしたし」

 助ける為とは言え、私から襲いかかった挙げ句、車壊したし…

「…保護している彼女、警視庁のお偉いさんの娘でな…先程襲撃を受けて逃げていた所を捕まえられて攫われる寸前で君が助けたんだよ」

 ───結羽人兄さんご免なさい。やっぱり世の中はこんなにもバイオレンスだったんですね…

「世の中、バイオレンス過ぎませんか?」

「いや、我々も君達と関わった辺りからこんな感じなんだが?別の所轄はこんな事やVS組織なんて映画みたいな事一度もないらしいんだが?」

 あ、何かご免なさい。

 磯部さんの目、ハイライトオフになっている。

 絶対兄さんが色々問題起こしている…と言うかボヤを昭和ヒーローの爆破レベルで吹き飛ばしているんだろうなぁ。

「君達に非がない限り我々は何も見なかったことにしている。聞いたと思うが、岩崎案件…君のお兄さんがあまりにも映画でやるような単独組織壊滅や暗殺阻止なんてするんで上からだいたいのことは目を瞑るようにと言われているんだ」

 いや、それ言っちゃ駄目なやつぅ…

「君達兄弟は絶対にやらかす。そして我々には君達を止める術はない」

 それ言っちゃうの!?

「それは言ってはいけないことでは?」

「君の兄が聖者である事が一番の救いだよ…少なくとも非人道的なことはしない。己の善に基づいて行動してくれるからな。尚、俺等の胃はクラッシュするが」

 あ、何かご免なさい。(二度目)

 磯部さんから映像は兄さん経由でとの話だったので私は大人しく家路についた。



[あっ、佑那おかえりなさい。今日は佑那リクエストのイングランドティーセットだよ。プレーンスコーンとブルーベリースコーン。あとは紅茶とジャムの詰め合わせもらったから…アップルティーだよ。ジャムはストロベリーね]

 家に帰ると友紀兄さんが待っていたかのようにスコーンと紅茶を用意していた。

「友紀兄さん結婚して!」

[兄妹だから無理だねぇ]

 友紀兄さんに軽くあしらわれ、急いで荷物を部屋に置いて食卓に着く。

 勿論手洗いは済んでいる。

「今帰った…む?」

「お邪魔します…あら。友紀くん…それ」

 さあ食べよう!と言うタイミングで結羽人兄さんと最近特によく来るようになった静留さんがダイニングルームに来た。

 まあ、今回は静留さんのプレゼントの詰め合わせセットだし…許す!

[兄さん、お帰り。静留さんもいらっしゃい。二人の分も用意するね]

「…友紀くん。本当に何処に向かっているの…?」

「趣味に生きるというのなら兄として店を出す資金は用意するさ」

「普通の大学生の言う台詞じゃ無いことくらい理解して?」

 何か大人な話をしているが、それどころじゃ無い。私はスコーンを食べるのだ!

 横に割ってジャムを付けてその上に生クリームをのせて…

「おいしーーーーーーー!」

「…友紀くんと祐奈ちゃん…中身交換したらちょうど良い?」

「静留。落ち着け…コイツは外ではお嬢様と呼ばれているくらい喋らなければまともなんだ」

 あ、そういえば…

「あ、結羽人兄さん。今日誘拐現場に巻き込まれたんだけど、磯部さんがその映像結羽人兄さん経由で欲しいって」

「…何をやっているんだ?オマエは」

「…やっぱり兄妹よねぇ…」

 静留さんにまで香椎のおじさんと同じ事言われた!?


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