第49話 もっと幸せに

「小高い丘の上ね。そんなところに本当にいるのか」


「私にはもうそこしかありません」


「ま、加奈ちゃんの言う通りにしますね」

 バイクを走っていると雪が舞った。


「少し寒いけど、私持っているのジャンバーしかなくてさ。さっきのショッピングモールで買えば良かったね」


「風邪を引いても大学は休みだから大丈夫です」


「実家に帰りなよ。大学から実家がさほど離れていないのは面倒かもしれないけど、独り身の風邪は辛いよ」


「分かりました。参考にします」


「この雪の向こうには春が来るよ」


「ええ、そうですね」

 急いでくれているのか車の間を縫うように藤堂さんのバイクは抜けていく。

 そんなに早く行ってももう仕方ない。届かない。


「行くよ!」


「え、なんて?」


「私が言えた立場じゃないけど、ちゃんと好きだったんでしょ。そういうのはちゃんと最後まで信じて、ショックで立ち直りが出来ないくらいへこんで、次の恋はこういう風にしようと思うの。そうしたら次にまた苦しんで、苦しむの。あなたと私たちの違いはちゃんと恋愛をして、誰かに対して真摯しんしであり続けるの」


「それは当然です」


「私達には当然じゃなかった。顔形が良かったから、他の女の子で遊んでいた。アンタはすごいよ。私と穂信は同じ罪を背負った。たくさんの女の子から穂信を取り上げて、たくさんの女の子に傷をつけられた。そんなひどい女にどぎつい張り手を食らわせるんでしょ。最後まであきらめるな」


 恋敵に奮い立たせられている。情けないな、最後まであきらめない。もし私の願い通りなら穂信はいる。


 初めて日の出を見た丘に。


「ここ道狭いからバイクを止めることが出来るところ探してくるわ」

 気遣いということは分かった。ヘルメットも預けた。


 穂信はベンチに座っていたから。


「藤堂先輩は一ヶ月で物にするって言ってさ。もうここしか逃れるタイミングが無かったの」

 目の前の人は言い訳をこぼしている。自分は悪くないって言いたいのだ。


「今なら何を言っても許してあげます」


「それは何を言っても許してくれないや」


 つ。は、言わせなかった。キスをした。触れるか触れないかそんな淡いキス。


「私はエッチなこととか、本当はどうでも良かった。ただあの時みたいにこんなところで触れるくらいのキスをしたかった」


「それを越える罪を重ねてしまった。でもこれからもずっと一緒に生きていこうよ」


「穂信、私は」


「どこに行っても絶対に戻ってくるよ。今回みたいに心は誰にもあげな」

 バチンっと音を立てた。


「指輪、どうして指輪をしていないんですか? 何のための薬指なんですか?」


「いや、これはうっかりしてて」


「藤堂さんの部屋に行ったらサイドボードにありました。私は穂信が


 この指輪の件はバイクで車を縫うように走っていた時にお願いした。最悪を想定して。


「違うの。これには理由があって」


 藤堂さんはこう言っていた。



「私はずっと好きでした。でも穂信と私が分かっていなかっただけで、もうとっくの昔に終わっていたんですね。今までありがとうございました」


「加奈、そんな何で。私をひとりぼっちにするの? もう私抜きではいられないよ」


「私は戻って来ると思って待っている程、余裕のある人間では無いです。次に付き合う人ともっと幸せになります。このネックレスはお返ししますね」

 そう言って座っている横にネックレスを置いた。そっと座ったまま抱きしめた。これまで通りいい匂いがした。


「今までありがとうございました。すごく楽しかったです」


 私は最後まで泣かなかった。


「もう終わったか?」


「ありがとうございました」


「車は丘の下だ。あとはこちらのことだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る