第48話 まだ終わっていません

「アイツは元々物静かで隅っこで本を読んでいる子だった」

 バイクをよける風の音に耳を傾けていたが、マイクから流れた音声に身を任せることにした。


「私もかなり奥手でな。穂信と違って後天性ではない。私は最初からずっと女の子ばかりで穂信に目をかけたのは自分と似た性質であったかもしれないと思ったことだな」

「最初は拒絶された。いやぁ、後にも先にもあんなにへこんだことは無かったよ。だからあれやこれやと攻め方を変えて、最後の最後に勝った」


「私にも勝ちました」


「まだ終わっていない」


「ええ、まだ。まだ終わってません」


「あぁ、まだな」


「謝らないのですね」


「罪は重ねたくない」


「穂信と何をしたんですか?」


「聞きたいか?」


「見つけた時の張り手の本気度が見たいならどうぞ」

 やめておくよ。そうマイクから聞こえた気がした。


 とはいえ、大体逢坂女子の中か、私の家か、穂信の家で完結していたので、私の知る二年のアドバンテージは効果を示さなかった。

 不本意ながら藤堂さんの力を借りることにした。大きな遊園地、きれいな海辺穴場スポット。


「まさかこういうところで?」


「いやいや、私は抑えたよ。でも穂信が収まりつかなくなって」

 深くため息をついた。あの性欲魔人め。

 ゲームセンターに大きなショッピングモール。


「好きな人の前では可愛くありたいの。分かる? って言われたことはありますか?」


「さぁな、色々な女に言われてきたから忘れてしまった」

 この人も不幸な人だ。記憶から無くなるくらい女の子に悪さをした女の子。


 バイクは駅の駐輪場に止めて捜索した。ショッピングモールなんて広すぎて、手分けするとこちらが迷子になる。


「ここは無いな」


「なんで分かるんですか?」


「キャンプに行きたいってずっと言っていたんだ。でもキャンプコーナーにはいなかった。通りすがりで好きそうなコスメショップとか服屋も見たけどいなかった」


 私の知らない穂信。穂信の事、もっと理解したかった。私に合わせてくれる穂信じゃない。私だけにしたかった。体育祭で宣言したあんな軽い物ではない。


 深くて。


 ジュースを飲もう。さすがに休憩だ。そういって、バイクの陰で生絞りジュースを飲んだ。


「そうか、商店街と路地にはいないか」

 なんだか猫探しの様相だ。


「念の為、逢坂の周りはゴミ箱の裏でも探せ」

 本当に猫探しだ。

「心当たりあるんだろ」


 私と同じくミックスジュースを持った藤堂さんの声が上からした。


「最後に一つだけ」


「賭けをしないか?」


「賭け?」


「もしそこに穂信がいなかったら、穂信はもらう」


「分かりました」

 藤堂さんは拍子抜けした様だった。


「え、そんなにすんなり」


「私がちゃんと首に縄をつけていないからこういうことになったわけで、私に少しでも不満があるからこんなことになったと思います」


「でもあきらめるくらいの物なのか」


「お前がそれを言うな!」


 駐輪場は陰になっているので、誰にも聞こえたことは無いだろう。変わったの息を軽く吐いて頭を下げた藤堂さんだけだ。


 私だって藤堂さんに思わずそんな事を言うなんて予想していなかった。


「悪いな、幼稚な罪悪感だ」


「藤堂さん、穂信は藤堂さんとしている時に指輪はしていましたか?」


「いや、指輪の類は何も」


 あぁ、そうか。そうなんだ。


「じゃ、行くか」

 ジュースのゴミは預かってくれた。帰りに捨てるそうだ。


「既に終わっていたんだ」


「なんだ?」

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