第26話 病室でパーリナイッ
十月になった。四月から授業が終わったら、通う生活が半年になった。この半年ほどで段々と血色は良くなり、痩せ細った体が動くようにトレーニングも始めたようだ。
でも男性が近くにいると立ち上がれなくなる。
女子校とは言え、男性の先生もいる。休学明けに何も分からないところに放り出されて、運悪く男の先生がいたらどうするのだろうか。
ちょっと遠くから男性を三十秒見る。そしてどんどん近く慣れていく。強引だと思ったけど、遅ければ遅いほど穂信がどんどん社会で生きていくことが難しくなる。
「リハビリも中々しんどいね。それで加奈も進学でしょ? 逢女じゃなくて他の学校でも会いに来れるでしょうに」
「エスカレーターって楽ですよ。親も逢女だったら学費が割引になるって喜んでます。もう少し元気になったらうちに来てください。お父さんは追放するので」
「お父さんが可哀想だよ」
笑う声も少し大きくなった気がする。
「これ」
「何? ハンカチ?」
「プレゼントです」
「くれるの? 嬉しい、ずっと大切にするね!」
「よ、バカップル」
ノックも無しに真鍋先生が入ってきた。
「さすがに年末は家に帰れ」
「ノンノンノン、先生はここがどこかご存知ですか?」
「なんだかイラッとするが、ここは病室だ」
「個室です。なので、レッツパーリーナイッ」
「言い方も腹立つな」
一か月の間、どうすれば穂信が喜ぶか検討し、計画も立てた。ケーキはなにが嬉しいだろう。十二月は病室でパーリナイッ。
それで紅白見ることが出来たらいいな。案外、第九でもいいかもな。どっちが好きかな。
看護師さんに「ケーキはもちろん持ち込んでいいですよね」と、聞いた。
「ダメです」
体温を測りに来て、病室を出た看護師さんは笑顔で言った。
「でもドキュメンタリーで
「あれは末期癌で小さい女の子だから、許された特別なものです。桃谷さんは自分でトイレに行くことが出来ますし、もうじき個室では無くなります。ですので、病院ではお母様とお過ごしになるというところ。まで、です」
「だそうだバカップル。帰るぞ」
廊下の背後から悪魔のような呼びかけが響いた。
「まだ今日は十月も始まったばかりです」
「お前、中等部のとりまとめは誰がするんだ。文化祭実行委員会じゃなくても、仕事はあるんだぞ。例えば体育祭の選手宣誓とか」
後ろで扉がゆっくり閉まった。
選手宣誓では「バカップル、しっかり!」と、ヤジが飛んだ。
「うぉっ、バカップル元気ないな」
二年生の頃に前の席だった子は席が遠くても一緒にご飯を食べるようになった。
私が穂信につきっきりの時に彼女は「生理中でも実が出そうになった時はトイレに行く」と、決めたらしい。
彼女なりの願掛けをしてくれたかもしれないが、そんな願掛けはされたくない。
「井上が元気過ぎるのよ」
「彼女はどうなの」
「順調に回復中、そんで真鍋先生が年末は行くなって」
「ならば、もっと魅力的になって桃谷先輩の前に行く」
「魅力的って何よ」
「例えばこの腹とこの二の腕」
うっ、確かに。
「餅食って太る前提で今から出来ることもあるのでは?」
「ランニングしろっての?」
「病院都合で会えない時もあるだろう。それに病院までどうやって行ってんだ」
「電車で二駅くらいよ。ま、四キロくらいかしら」
「病院まで行って帰ってくるのを年末と年始にすればいい。寂しいけど会わないという決意表明と我慢をして、年始に痩せてたらかなり魅力的になるのでは?」
「それはそのつまり」
「私の教えた知識で、そう。キスの先へと行くことが」
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