第25話 勉強教えてよ
四月の末では無く、真鍋先生と話した当日も来ている。ここでいきなり来なくても穂信はきっと傷つく。
安易な行動と思われるかもしれないけど、私にはこうするしか無かった。何かのせいにしたい弱さ未熟さ、すぐに曲がりそうになる行動。いつかあなたが手を触らなかったら、あんなことにはならなかったのにと言われるかもしれない。
それは怖いけど、もっと怖いのはそう言って傷ついて私では探せないどこかに逝かれてしまうのが怖かった。
「手触って」
少し目の色に光が入ってきた。穂信は手を私に差し出した。少しだけ微笑んでいた。
「え?」
「こんな細い手だけど、加奈になら触ってもらうの嬉しいんだ。やっぱり汚い?」
私は「いえ」と、言い。戸惑いながら、穂信の痩せた細い手を触った。
「どう?」
「少し細いけど生きてます」
「加奈のせいじゃない」
「え?」
「真鍋先生の事だから、手で興奮した女のところにのこのこ行くなんてって言われたでしょ。先生は今日来なかったらもう絶対に会わせなかったって言ってさ、私は来る方に賭けたので、この賭けは私の勝ちだね」
「あれなんで。あれ、おかしいな。なんでごめんなさい。なんで」
「おいで」
私は飛びつく権利の無い痩せた穂信の胸に顔を押し付けた。
「謝る権利無い。だって愚かな私があんなことしたから」
穂信の胸の中で
「私があの時、もよおしたのは確かだけど、それは加奈は悪く無い。ドキドキしたのは本当で手はドキドキポイントでは無いし、どっちかというと普通におトイレと好きな人の隣にいる
私はグズグズの顔を胸から離して、穂信を抱きしめた。
「汚く無い、汚かったら抱きつかないし、毎日来ない。汚かったら側にいない、汚かったら胸に飛び込まない。もし汚いなら一緒に汚くなる」
「価値観変わるかもよ。多感なお年頃だし、かっこいい先輩とか、大学も行くだろうし、サークルに入って勉強して卒業して就職してすごく優しくてかっこいい男の子と結婚するの。人の人生なのに楽しくなるね。明日から来ないで賭けに勝ってボロボロの顔を見たら充分、学校からこの病院は遠かろう。帰れ帰れ」
どうにか繕おうとした顔で、そう言われて追い返された。次の日、保健室に立ち寄った。
「行ったのか、あんなに厳しいことを言ったのに」
「当然です。会いたいから会いに行ったんです。ボロボロに胸の中で泣いて」
「桃谷が?」
「いえ、私が」
「なんでだよ」
「汚いって言われました。私はきれいみたいです。昨日時点で明日から来るなって言われました」
「アイツは他のところにも病気があるから、個室にいるんだ。この際、見つかって良かったと強気な事を言っていたがな」
「どうするんだ?」
「土日とゴールデンウィークは病院で勉強します」
バカップルか。と、聞こえた気がした。
「なんでまた来るかな」
「勉強を教えてください」
「もう忘れちゃったよ」
教え方がうまく頭に入った。
「もう終わりました」
「課題少ないねー、これは高等部でえらい目に遭うよ」
「オセロがいいですか? それともババ抜き?」
「私にオセロで勝つつもりか」
「AI相手に頑張ったので」
完敗。
「まさかAIより私が強いとは思わなかったよ」
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