第24話 知ったこと
私はベッドの横に立って骨ばった穂信の顔を抱いた。
「会ってくれてありがとうございます」
「今日、会えないかもって思ってたから」
「会えて良かった。穂信に会いたかった」
「止めて、私は汚れたから」
押し返された手はおそろしく弱かったが、私はスッと離れた。
「汚れても泥だらけでも血みどろでも、私は穂信がいいです。嫌な時は帰ります。出ていけって言われたら出て行きます。都合の良い時でいいので側に置いてください」
「今日はもう帰って」
私は穂信の頭から離れて病室を出た。病院の計算所に真鍋先生は座っていた。
「いちごミルクとミルクコーヒー」
「ミルクコーヒー」
穂信の家でお風呂上がりに二人で食べたな。
「どうだった」
「無くなってしまいそうでした」
「聞くか? 何があったか」
「はい」
ここで聞かないともう一生会えないかもしれないと思った。
キャンプファイヤーを消す前に穂信はトイレに行った。運悪く校舎内をウロウロしていた成人男性に襲われた。蹴破られた扉に驚く穂信。脅迫され体を触られ踏まれ覗き込まれ、大人しくされた訳では無く、抵抗をした。激しい抵抗の末、一人の撃退には成功した。逆上した男の一人が。
「もし仁科が非常ベルを押していなかったら、桃谷はもっと酷いことになっていた。ありがとう」
その日から私は穂信の病室に通った。
私が本を読んで穂信は何も話さずに上を向いて、ぼーっとする。
「時間なんで帰ります」
病院で穂信にそう声をかけるのを四ヶ月続けた。
私の気持ちが大きく変わる出来事が起こったのは三年生になったばかりの保健の授業だった。あの真鍋先生の授業だ。
ノーマルに性感染症の話や避妊具の使い方、それと経験談を一つ。
「男もそうなんだが、個人差で女も性的に興奮すると濡れる。いわゆる性器からネバネバの液体が出ることがある。経験のある生徒も多いだろう」
「中にはそのまま放置する者もいれば、トイレで発散する者もいる。個人差だ。よく聞けよ、例えばキスをするだけで濡れたも無い話ではないが、例えば性的に興奮する場所を触られると濡れることもある」
「ま、中学生はそこまでだ。性感染症と避妊具の感想をメールに送るように明日までだからな」
昼食時間中、急いで保健室の戸を叩いた。
「やっぱり来たか。飯を食べながら話そう。ちょうど私もお弁当だ」
真鍋先生は涼しい顔でお弁当を取り出した。
「知らなくてとか、分からなくてと安易に言い出さないくらいには成長したんだな」
「私、私」
「当日の事を教えてくれ。それ次第で扱いが変わる」
「体育祭の後、私たちは校舎には行かずキャンプファイヤーの前で座ってました。私は穂信の手を触っていました。穂信の体が幾度か震えたのを覚えています。キャンプファイヤーを消す前に穂信はトイレに行きました」
「うーん、そうか。それでどう責任を取るんだ。そうだな、中学生に責任は重いか。分かった。知らないふりをして病院に毎日通うか、もう一生会わないか」
「責任?」
「私はね、無自覚ほど人を容易に殺す武器は無いと思う。君の取った無責任な行動は確かに年齢感としては間違えていない。知識だって身につけさせる程の年齢では無かったのは確かだ。その上でどうする。いや、どうしたいかを四月の末の金曜日に病院に来るか来ないかを決めなさい。これだけは覚えておくんだ。桃谷は君が来ようとも来なくとも傷つくよ。中学生にはヘビーな内容だなぁ」
と、真鍋先生は笑いながら言った。
そして冷たくこう言った。
「一生を左右するよ」
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