嫌な予感

第23話 どこにいるの?

 穂信は結局戻ってこなかった。


「あら、加奈。穂信ちゃんは?」


「会ってないけど」

「今日泊まって帰っていって、って誘ったんだけど、ここに立っている先生も見てないって」

 入り口の先生が見ていない。まだ学校の中か。


「不審者が入っている可能性があるので、教員が探します。ここで待っててください」

 毎年の反省が生かすのか、慣れからくる対応の早さたるや。

 先生が中に入っていくのを見届けて、私も校舎に入った。


 穂信、穂信?


 電気だけついて、人がいない不気味な校舎を歩いた。悲鳴が聞こえた。耳はいい方だ。


 廊下を二つ曲がった先のトイレ。


「暴れなかったら痛いことはしないから」

 そう聞こえた瞬間、目の前の非常ベルを押した。大人の声が聞こえた。


「クソが、おい立て」

 逃げ出そうとする男とトイレの入り口でうずくまっている男。チッといい刃物を持った男はその場を後にした。


「穂信、ねぇ穂信」

 ただ震えてるだけだった。先生に囲まれて、すぐに穂信から離された。

 穂信はまだ学校にいた養護教員真鍋先生監督の元、まずは怪我けがの治療をするということで救急車で穂信を病院に連れて行った。


「ありがとうな、もう少し遅かったら最悪だった」

 穂信の様子を見た真鍋先生にそう告げられた。

 一週間経っても穂信は戻ってこなかった。


 予定にあったお疲れ様会も中止になった。誰もどこにいるか教えてくれなかった。たまらず保健室の戸を叩いても真鍋先生が留守の時が多く。やっと会えたのは十一月も終わりだった。


「会いに行きたい、か。お前たちはどこまでいった?」


「どこまでとは?」


「あー、その。キスとかハグとかそんなもんじゃないだろ。付き合って半年近いだろ。だからそういうの裸でどう」


「半年は言いすぎです。ちゃんと付き合ったのは一ヶ月ですし、触られました。服から見えるところと胸を」


「そのベッドで服を脱いでとか」


「そうなりそうになりかけた時に拒否しました」


「あぁ、そうか。分かった明日行くからついてくるか? 会えるかどうかは分からないが」


「はい!」


「明日、授業終わったらここに来い。交通費と軽食は出してやる」

 帰宅してお母さんに明日病院に行くことになったと伝えた。良かったとも悪いとも分からない顔をされた。


「行っても本当にいいの?」


「養護の先生が会えるか分からないけどって」


「そうしたら交通費を」

 後になって思う。色々な大人たちはこの数週間、私に穂信がどこに入院していてどうなのかを一切明かさなかったことを気づくべきだった。


 面会で許された時間はたった五分だった。


「穂信?」

 ひどく痩せてしまった。あの細くて小さい手が骨が見えるくらいにもっと小さくなっていた。


 目もうつろだった。


 あの体育祭で見せた元気いっぱいの快活さはどこにも無く、消えてしまうくらい儚かった。


「私、穂信がいないと楽しく無いから戻って来てよ」


「初めて自分の体が汚くなったと思った」

 小さく暗かった。声が震えている。

「あなたの気持ちが分かった。性的なことで怖くて不安でどうしようも無い気持ち」


「そんな、だって前のことだし、そこは一つずつ」


「分かっていない」

 強い穂信の口調に少し驚いた。

「好きでも無い男にナイフで脅されながら、胸を触られ、下もお尻も。服を破られたわ。他の女の子にも愛だとごまかして、似たようなことをしたの」

「騎馬戦で発散出来た子はいいわよ。でも中等部の子達はどうなるの?」

「私、甘えてた。私と相手の勘違いだったとは思わさず、ずっとあなたの事気になっていた両思いだよ。そう気を持たせて、突然好きな人が出来たからこれで終わりってふざけてる」

「本当に最低、知らないだけで絶望した子もいるわ。汚くて臭くて最低でクズみたいな女よ。私、きれいなあなたが、まぶしい」

 穂信の語尾が震えた。

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