*六*

 メロディーアと銀花は身なりを整え、オーディエ海岸へと急行していた。

 銀花はメロディーアの背中にしがみつき、メロディーアは足を閉じて最高速で泳ぐ。

「私はギンカ様の足となります。」

「それなら私は早く動けるのね。足は貴女に任せましょう。私は出てくる連中をひたすら凍らせるわ。お姫様ましてや次の女王様を馬扱いとかとんでもなく恐れ多いけれど。」

 銀花は気になっていたことを聞いておこうと切り出す。

「その槍はおそらくお姉さんのものよね。」

「ギンカ様はなんでもお見通しなのですね。はい。これはクレッシェンドお姉様の形見です。きっと防衛隊が決死で回収してくれたのでしょうね。お姉様達に報いるためにも、ローレライを守るためにも、私は貴女と一緒に戦います!」

「本当に貴女は、強い姫君ね。」

 メロディーアに身を任せ進んでいるうちに、海の匂いが明らかに変わってくる。

 鉄と機械油、そして血の臭い。

「敵は近いようね。」

「このまま突撃します!」

 一切スピードを緩めず敵陣に突っ込んでいく。

 奇獣は、一見は金属で出来たサメの作り物のように見えるけれど、どう見ても駆動しなさそうな作りの胸鰭や、尾鰭の代わりのようなスクリューで水を掻くたびに不快な臭いと油が撒き散らされる。

「あれが奇獣……。」

「あれが人間族の使役する奇獣です。おそらく人間族は船に乗って私達を監視しているでしょう。まずは奇獣を蹴散らします!」

 スピードが乗ったままメロディーアは槍を構え奇獣の一体を串刺しにしようとする。

 銀花はメロディーアの槍の先に霊力を集める。

 見事奇襲は成功し、奇獣の一体に槍が刺さると奇獣はそこから凍り付いていき氷塊へとなり果てた。

 不意打ちを食らい一体が倒されたことで奇獣たちは混乱している。

「今は私達が優位ですが長くはもちません! 今のうちに防衛隊を撤退させます!」

 メロディーアは叫ぶ。

「防衛隊! 後は私達がこいつらを倒します! すぐに撤退しなさい! 動ける者は怪我をした者を介助するように!」

 メロディーアの命令に従い防衛隊のセイレーン達は撤退していく。

 残ったのはメロディーアと銀花、サメのような奇獣の群れだ。

 奇獣を撹乱するべく、メロディーアは銀花を乗せて高速で泳ぎ続ける。

「防衛隊帰しちゃったけどいいの!?」

「元々セイレーンの力では奇獣に太刀打ち出来ません。怪我した者も多く、居ても被害が増えるだけです! 幸い、防衛隊が奇獣を引き付けて足止めしてくれたおかげで、街から離れた場所で戦えます。さあ、やりますよ!」

「まったく貴女は……! 優しくて無茶なお姫様ね! いいわ! 何処までも貴女に付き合うわよ!」

 メロディーアと銀花は一体ずつ奇獣を仕留め、三〇体はいたであろう奇獣は三体ほどへと減っていた。

 しかし、連戦で泳ぎ続けていたメロディーアの体力が尽きたのかメロディーアは失速し始めてついには力なく浮かぶだけになってしまった。

「うう……まだ……まだ……。ギンカ様…。私はまだ……泳げます……。」

「嘘おっしゃい!」

 三体の奇獣はメロディーアと銀花を仕留めるべく近づいてくる。

 三体は逃げ場を塞ぐようにメロディーアと銀花を囲んで周りを泳ぐ。

「……あら。これはむしろ好機かもしれないわね。」

「ギンカ様……貴女だけでも逃げてください…!!」

「ふふふ。ここまで敵の数が減ったから出来ることもあるわ。……風邪ひいちゃったら、ごめんなさいね?」

 銀花はメロディーアへにやりと笑いかけると、メロディーアの背から降りて今度はメロディーアを左手で抱きかかえる。

 メロディーアを抱えた銀花は、まるで力尽きたかのようにふらりと沈み込む。

 その隙を逃すまいと奇獣は三体一斉に襲いかかる。その瞬間、銀花はにやりと笑う。

「お馬鹿さん。」

 銀花が囁いた瞬間、銀花とメロディーアの周りの水が凍結し氷の壁となって二人を守った。

 氷の壁に激突した三体の奇獣はそのまま凍りつき壁の一部となった。

 メロディーアは何が起きているのか分からず呆然とする。

「ギンカ様……一体何をしたんですか……?」

「水の過冷却よ。私達の周りの水だけゆーっくりと冷やしていったの。そうすると凍るべき温度より冷えても水のままなの。でも衝撃を与えるとね……こんなふうに凍っちゃうのよ。」

「不思議なものですね……。」

「うふふ。あんまり広い範囲では出来ないからこれだけ敵が減った今が好機だと思ったの。しばらくは安全だから、貴女は休んで?」

「ありがとう……。」

 銀花は海底に降り立ち自身とメロディーアの周りを氷の壁で囲む。

 氷の壁に守られ、メロディーアは銀花の膝に頭を委ね、身体を休ませる。

 銀花は安心しきったメロディーアの頭をそっと撫でる。

 しかし、メロディーアは新たな敵の襲来に気づく。

「この音。間違いありません。人間族が、やってきます。」

「敵の親玉のご到着ってわけね。動けるかしら?」

「ええ、ずいぶん休まりました。」

「こちらから動くよりも待ち伏せしましょう。そのほうが体力を使わないで済むわ。敵はどんな奴かわかる?」

「生き残った防衛隊の話によると、人間族は戦艦に乗って海上から来るようです。人間族は聖剣で武装しているという報告も上がっています。」

「そいつらを潰せば終わりね!」

 機械音が強くなってくる。

 突然、銀花とメロディーアの周りが暗くなる。

「来たわね。」

 人間族の戦艦が陽の光を塞いだのだ。

 辺りが暗くなると同時に、戦艦から落とされた機雷がいくつも銀花とメロディーアに降り注ぐ。

 しかしそれらは、次々と海面近くで爆発し、銀花とメロディーアを襲うどころか自分達の戦艦を攻撃した。

「私達が無防備に海底に漂っているとでも思っていたのかしらね。愚かな。」

 やがて弾切れしたのか、今度はサメのような奇獣に乗って人間族が襲いかかってきた。

 人間族は潜水服を纏って聖剣や銃で武装し、サメのような奇獣は先程のものよりも小ぶりになった代わりにより高速で泳ぎ、頭には鋭いドリルを装備していて、まるで機械の剣魚ソードフィッシュのようであった。

 ざっと二〇騎ほどの人間族が向かってくる。

 奇獣のドリルは先程までの戦いで出来た氷塊や氷の壁をかち割って進むが、その度にスピードは落ちていく。しまいには氷の壁にドリルが突き刺さり、奇獣と人間族は身動きが取れなくなっていた。

「まとめてやってしまいましょうか。」

 銀花は詠唱を始める。

「雪ぎましょう。全てを白に染めましょう。紅き血も黒きかねも。みなすべて雪の白にうずめましょう。」

 銀花とメロディーアの周りに雪が降り注ぐ。

「馬鹿な。海底で雪だと!?」

 人間族の一人が声を荒げる。

「海の中で雪見も風情があるわね。厳密には雪ではなくて氷だから雹なんだけれど。さて。そろそろ汚されたこの海を綺麗にしましょうか。」

 雪はどんどん降り積もり、奇獣と人間族は雪に埋もれ始める。

「や、やめ、て、くれ……」

 奇獣と人間族はすっかり雪に埋もれ周りは一面銀世界のように白で埋め尽くされた。

「ふう……。やった、かしら?」

 だが二人の喜びは一つの凶弾によって打ち砕かれる。

「ギンカ様!」

 メロディーアが銀花を突き飛ばし、凶弾は銀花とメロディーアを掠める。

 しかし。

 糸が千切れ何かが砕け散る不吉な音が響いた。

「え……。」

 凶弾は銀花の首にかかる『溟海の息吹めいかいのいぶき』を打ち砕いた。

「うっ……! ゲボッ! ゴボアッ!」

 突然銀花は苦しくなり、身体は水に襲われる。

「ギンカ様!」

 メロディーアは銀花を抱きかかえ水面に向かって突進し、海上に向かって飛び上がる。

 大きな水飛沫を上げて二人は海上へと高く飛び出した。

 空中でメロディーアは銀花を抱き寄せその唇に口づける。

 すると銀花も応えるように舌をメロディーアのそれへと絡めていく。

 舌を絡め合い唇を重ねたまま二人は落水し再び水飛沫が舞う。海中で銀花は蒼と白の光に包まれていく。

「え……。どうして……。私……。生きてる……。」

 銀花は自分の首を手で触れて確かめるが、首飾りは何処にも無い。

「なぜ……。首飾りはなくなってしまったのに!」

「ギンカ様……! 言い伝えは本当だったのですね……!」

「言い伝え?」

「セイレーンに伝わる言い伝えです。心からの愛で結ばれたセイレーンとその恋人が口づけを交わすとき、恋人は常夜の女神ノーラの眷属たる水の大精霊オンディーヌの加護を授かり、水と共に生きる者と認められて、セイレーンのように水中で生きられるようになる、と。」

「じゃあ、私は……。ふふ。もう、大精霊様にはお見通しだったのね。……メロディーア。いいえ……バルカローレ。貴女が好きよ。愛しているわ。」

「ギンカ様……いえ、銀花。私も貴女を愛しております。私と……結婚してくださいますか。」

「もちろんよ、バルカローレ。私は貴女と結婚するわ。」

 海底へと沈みながら二人は指を絡め再び唇を重ねる。

 海底では一騎の人間と奇獣が仕留めたはずの獲物を探し彷徨っている。

 人間は海面から降りてくる銀花とバルカローレを見て狼狽える。

「何故だ……! お前達は確かに仕留めたはず……! うわああああああ!!」

 狂乱した人間は銃を銀花とバルカローレに乱射しながら奇獣のドリルを突き刺すべく突進してくる。

 しかし乱射された弾は銀花とバルカローレには当たらないどころか反射されて持ち主の所へと帰っていく。

「うるさいわね。もう、お黙りなさいな。」

 銀花はバルカローレを抱き上げると、人間と奇獣を睨みつける。

 人間と奇獣はたちまち凍り付いていく。……人間の頭だけを残して。

「何故だ。なぜ頭を残した!」

「そりゃあ……。貴様らが滅びる所を自分の目で見届けて欲しいし、貴様の断末魔を聞きたいからよ。私の妻の同胞を殺してきた報い……受けてもらうわね?」

「やめろおおおお!」

「自分たちは他の種族を殺しておいていざ自分たちが負けそうになったら命乞いなんて、どこまで醜いのかしら。……さあ、お喋りはここまでよ。」

 銀花はまるで人間に見せつけるかのように、バルカローレの唇にキスをすると、歌うように詠唱する。

「流しましょう。雪ぎましょう。全てを蒼と白で清めましょう。紅き血も黒きかねも。みなすべて……。蒼き海と白き雪に沈めましょう。」

 銀花の詠唱が終わると、大海原の空を雲が覆いつくし雪がしんしんと降り注ぐ。

 人間族の戦艦は雪が降り積もり氷に覆われ大氷塊と成り果て大海原に沈んでいく。

 ただ一人残された人間は、発狂しながら戦艦と共に沈みゆく。

「貴様らは残らずこの海の藻屑となるがいい。みそぎとして、私の雪で清めてやろう。」

 雪は七日間降り続け、人間も奇獣もみなすべて雪に呑まれ海の底へと沈んでいった。

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