*四*
「ここが私の私室です。ひとまず、ゆっくりしましょう。」
メロディーアに促され銀花はメロディーアの私室へ入る。
メロディーアの私室は、部屋の壁の一面を岩をくり抜いて作った本棚が埋め尽くしていた。本棚には陸上の世界で作られたと思しき木彫りの人形や宝飾品が飾られていた。しかしそれは本棚のほんの一部で、本棚の殆どは書籍で埋め尽くされていた!
「……貴女、本が本当に好きなのね。」
銀花は呆然としながら私室の持ち主たるメロディーアに話す。
「ええ、はい。海の外の風土記や旅行記が多くを占めますが、セイレーンに伝わる民話やセイレーンが書いた物語もございます。あんまりに私が図書室にばかり行くので、お母様が職人に命じてこの部屋に本棚をつけてくれたのですよ。」
「……筋金入りだねぇ。」
メロディーアは本棚に近づくと一冊の本を取り出した。
「これはあるセイレーンが書いた冒険物語ですね。作者ご自身が海の外で経験したことも織り交ぜて書いてあるらしくて何度読んでも心躍るのです! 私はこのような冒険物語や風土記、旅行記を読んで、海の外を旅することを夢見ておりました!」
ああ、やっぱり。
銀花はまたも一人で合点していた。この王女は外の世界に憧れているのだ。
きっと。平和な世であれば一五になったその日に旅に出る気で満々だったのだろう。
そんな王女が一度も海から出ることのないまま王宮に閉じ込められ女王となろうとしている。
それでもこの王女は、自分の役目を果たそうとしている。
「……健気ね。」
銀花は無意識に言葉を発していた。
「……え。」
銀花の言葉に戸惑うメロディーア。
「……あら。私。何か言っていたかしら。」
ただ一度だけの独り言。それでもメロディーアにはしっかりとその言葉が刻み込まれる。
「……ギンカ様にそう仰っていただけて、私は幸せにございます。」
しかして言葉を発した本人は何を発したのか思い出せずに困惑する。
「え。え。私、本当に何言ったの? ねえ!」
困惑する銀花の姿に、メロディーアの戸惑いは幸せな気持ちへと変わり、彼女の顔は笑みで満たされていく。
嬉しいあまり、メロディーアは銀花に囁く。
「その言葉だけで、私には充分でございますよ。」
「うーん……。何を言ったのかしら、私は……。」
まだ困惑する銀花を横目に、メロディーアはにこにこと笑う。
まだこの世界に召喚されてから数時間も経っていないけれど、こんなに幸せそうに笑うメロディーアを、銀花は初めて目にした。
やはり、この娘は本来、このように無邪気に笑うような性格なのだ。
『間界の婚姻』など最早関係無いくらいに、銀花はメロディーアを愛おしく思い始めていた。
銀花は自身の身体の冷たさを忘れてメロディーアをそっと抱き寄せる。
固く凍った氷そのもののような銀花の身体の冷たさがむしろ心地よいかのようにメロディーアは銀花に身も心も委ねていく。
その束の間の幸せは伝令の一声によって打ち砕かれていく。
「メロディーア様、ギンカ様。女王陛下からのご命令です。」
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