第35話 恐れ戦き地に伏せよ
疾走する青い二台のバックホー、弁天松スペシャル四号機と三・〇二号機。十二トンクラスの三・〇二号機は副団長が運転し、その少し持ち上げられたバケットの中では保岡大阪府知事がアームにしがみついていた。
「ひぎゃーっ! 怖い怖い怖い!」
保岡の悲鳴は一平太の耳に届く。当然留美にも聞こえる訳だ。
「あの人、大丈夫なん?」
留美の問いに一平太は苦笑を返すしかない。
「大丈夫ではないかも知れんなあ」
そうは言っても後ろを走る黒曜の騎士団のために道案内は必要なのだ。いまそれができるのはコウだけであり、したがって保岡には尊い犠牲になってもらうしかない。
と、そこに聞こえた保岡の叫び声。
「あーっ! ストップストップ! 止まって! 全員停止!」
二台のバックホーがブレーキをかけ、その後ろに黒曜の騎士団の騎馬三十騎が停まった。気が立った様子のゼバーマンが馬に乗ったまま保岡に詰め寄る。
「おい何があった! 何も見えんぞ!」
何も見えないというのは正確な表現ではないが、これまで延々と続いていた大樹というか柱というか、そういった物に見える高層建築――なのだろう――が前方にも延々と続いているだけだ。変わった物は見えない。これにクタクタのヘロヘロになった保岡が、震える手で指さす。
「あ、あの交差点」
確かに目の前では道路が直角に交差している。だがそれが何だというのか。ゼバーマンは苛立っていた。
「あの十字路が何だ!」
「あそこの下に、下へ降りる道が隠されていて」
そこまで聞いて、一平太はバックホーを交差点へと走らせた。油圧ブレーカーを搭載した五台のバックホーを待つという手もあるのだが、いまは一分一秒が惜しい。普通のバックホーなら故障を考えずにはいられない無茶な使い方でも、精霊シャラレドの加護を受けたこの弁天松スペシャル四号機なら何とかなるはず。
「留美、しっかりつかまっとけよ!」
一平太はバックホーのアームを最大限上げて交差点に突っ込むと、ノーブレーキでバケットを振り下ろした。バケットの先端の爪が地面に突き刺さり、さらにえぐる。勢いを突然殺されたバックホーのボディは高く浮き上がって、しかし前転することなく、またクローラーから地面に落ちた。このときバケットの爪が地面をめくり上げる。
「留美、大丈夫か」
「大丈夫!」
運転席の一平太と留美には強烈な衝撃が加わったものの、ケガも
一平太はバックホーのアームを上げ、また打ち下ろした。二度、三度と続けると、地面がボロボロ下の空間に落ちて行く。想像していたより薄い。弁天松スペシャル三・〇二号機も合流して二台で地面の覆いを剥ぎ取って行けば、やがて下方へと降りて行く坂道が現れた。
ゼバーマンが叫ぶ。
「一平太! 馬が通れる幅だけ開けてくれればいい!」
「了解! すぐやる!」
すぐやるとは言ったが、それはさほど簡単なことではない。坂道に
そして五分ほど経って、油圧ブレーカーを搭載した五台のバックホーが現場に到着したときには、すでに黒曜の騎士団が騎馬に乗ったまま突入を始めていた。
ゼバーマンは馬を一平太のバックホーに並べた。
「礼を言う、一平太」
「なんや、らしくないなあ」
「帰ったらシャミルのこと、よろしく頼む」
「いや、だからそういうことは自分で」
「ハッ!」
ゼバーマンは馬を飛ばして坂道へと駆けて行く。まったくコイツだけは面倒臭い。
そこに副団長が顔を出した。
「兵団長、次はどうします」
「油圧ブレーカーを二台と三台に分ける。黒曜の騎士団が全員中に入ったら、左右から天井全部一気に落とすぞ」
「了解致しました!」
副団長はバックホーの群れに命令を伝えに走った。とにかく天井さえ落としてしまえば、大型バックホーでも入れるくらいの余裕はありそうな気がする。レオミスの方も気にはなるのだが、いま自分が目指すべきは皇宮であり、倒すべきはランドリオ皇帝なのだ。
レオミス率いる白銀の剣士団は魔法で光の玉を浮かべ、その灯りを頼りに暗い通路を直進する。途中に罠が仕掛けてあるかとも思ったが、おそらくは侵入者を想定して
「団長、あれを!」
先行する団員が指さす方を見れば、暗闇の向こうにほのかな灯りが格子を映し出している。牢獄か。はやる気持ちを抑えて歩を進めると、格子の中からこちらを認めた声が聞こえる。
「レオミス!」
「国王陛下!」
それを合図に白銀の剣士団は牢獄へと駆け寄った。しかし。
「全員止まれ!」
レオミスの声に訓練された団員たちは一斉に停止する。顔に不審を浮かべてはいたものの。剣士団長は隣に立っていた団員から剣を奪い取ると、牢獄の方向に向かって投げつけた。
見えない何かに真っ二つに切り裂かれる鋼の刃。
いや、まったく見えない訳ではない。光の玉を前へやると、何本もの直線がほんの
レオミスは精霊に声をかける。
「リュッテ」
頬の辺りで気配が動いた。
「心配は要らないよ。強い魔力の込められた糸だけど、聖剣ソロンシードに断ち切れないモノじゃない」
「力を借りるぞ」
「ほどほどにね」
リュッテの言葉を最後まで聞いたのかどうか、レオミスはソロンシードを抜き放ち飛び出した。目にも留まらぬ早業で次々に糸を断ち切りながら走り抜ける。そして牢獄まであと一歩というところで再び立ち止まった。
もはや糸の脅威はない。ただ牢獄の前に人の影がある。天井から逆さに生えたような人の影が。頭にはピクピク動くネコ耳をつけて。
「にゃんにゃにゃ~ん。恐れ
皇宮へと続く通路に次々侵入してくるサンリーハムの兵士を待ち受けるため持ち場についた四方神だが、その指揮を執るサクシエルの頭の中にヒュードルの声が届いた。
「サクシエル」
「どうかしましたか。いまは前方に集中していただきたいのですが」
「ミャーセルの姿がない」
サクシエルは愕然とした。それが事実なら、四方神の一人が皇帝の言葉を無視したことになる。
「なっ……まさか、あの人は勝手に」
「どうする。探すか」
「そんな余裕はありません。いまは正面の敵を撃破することだけ考えなさい」
そう、いまはそれしかない。ただ敵を撃破できても、その後で皇帝からの叱咤を受けるのは確実なのだが。何とも気の重い話である。
「あの糸で切り刻まれてお肉になっちゃえば良かったのににゃ~。そっちの方が痛くも苦しくもなかったと思うにゃ~よ」
逆さにぶら下がるミャーセルの手から垂れる長いムチ。レオミスは静かに息を整えて聖剣ソロンシードの切っ先を相手の顔に向けた。
「前回言ったことを訂正する」
「はて、何か言ったかにゃ~?」
「この間は三対二で
「ああ、何かそんなこと言ってたかにゃ~」
「申し訳ない。三十二対一で殲滅させてもらう」
これにミャーセルは鼻先で笑う。
「その三十二人のうち三十一人は足手まといの役立たずにゃ~けどにゃ」
「そう思っていてくれると助かる」
「……この小娘がぁ!」
唸りを上げ音速で襲いかかるムチを、レオミスのソロンシードは弾き返した。
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