第36話 捨て駒

 通路幅いっぱいに広がって黒曜の騎士団の騎兵は駆ける。魔槍バザラスを手に先頭に立つのはゼバーマン。その足を止めようというのか、正面に湧き出てくる無数の歩兵竜へとバザラスを振るゼバーマンの口からは、赤い炎が漏れ出していた。


「どけ、しゃらくさい!」


 歩兵竜は抵抗する暇もなく口から炎を吹き上げて倒れて行く。普通に考えればゼバーマンが圧倒しているのだろう。だが黒曜の騎士団長は焦っていた。倒した歩兵竜の数を競っているのではない。目的はただ一つ、皇帝ランドリオなのだ。


 精霊の力を使うには自身の体力を消費しなくてはならない。つまり量的限界はある。なのに皇帝に近付くどころか、さっきから歩兵竜しか倒していない。これではランドリオを前にしたとき息切れするのは確実だ。とは言え出てくる歩兵竜は倒しておかないと後顧の憂いを残す。明らかに敵の手のひらで踊らされている状態である。


「おのれ、どこだランドリオ! 出て来い!」


 呼んで出てくるはずなどないが、呼ばずにいられる訳もない。ゼバーマンは苛立っていた。




 地下通路への坂道をふさおおいなど、大小三十台のバックホーをもってすれば破壊するのは簡単だ。ブームを下げアームを先に延ばせば、一平太の二十トンクラスのバックホーでも中に入れる。


「俺はコウさん連れて先に行かなあかんけど、副団長、しんがり任せてええか」


 一平太からの言葉に、青い弁天松スペシャル三・〇二号機に乗った副団長は胸を叩く。


「お任せください。すぐに追いついてみせます」


「よし、任せた。後で会おうな」


 バケットに保岡大阪府知事を乗せ、一平太のバックホーは瓦礫がれきだらけの坂道を走り出す。


「ひぎゃーっ! 怖い怖い怖い!」


 ガタガタ揺れるバケットにしがみつく保岡の声が遠くなった。


 副団長は他の二十八人を振り返り声を上げる。


「よーし蒼玉の鉄騎兵団、しんがりを任されたぞ! 前進だ!」


 改造されていない普通のバックホーの時速は五~六キロである。一平太に追いつくにはかなりの時間がかかるだろうが、突撃部隊のしんがりを任されたのだ、団員たちは意気に感じていた。




 パン! と空気を裂く音。それよりも先に届くムチの先。光の少ないこの場所でミャーセルのムチの動きを見切るのは、いかなレオミスといえど至難の業だった。手にしているのが岩より重く風より軽い聖剣ソロンシードでなければ、追いつくことすらできなかったろう。


 だが追いつくだけでは何も解決しない。リリア王を救い出すためにはまずミャーセルを倒さねばならないのだ。このムチによる攻防一体の形を無効化しなくては話にならない以上、レオミスに取れる選択肢は多くなかった。決断のときだ。


「白銀の剣士団、突進せよ!」


 号令一下、三十余名の剣士団員は剣を顔前で水平に構えると咆吼を上げて突進した。同時にレオミスは後ろに飛び下がり団員たちの中に紛れ込む。


「逃がさんにゃ!」


 ミャーセルのムチは次々に団員を跳ね飛ばすが、レオミスはさらに後ろに後ろに身を隠す。


「コイツ、自分の部下を捨て駒にするにょか!」


 しかし驚いてばかりもいられない。剣士団員もみな剣を持ち、ミャーセルに一太刀浴びせようと襲いかかってくるからだ。ミャーセルはまず剣士団員全員を倒す必要に迫られていた。


「ええい、雑魚どもがやかましいにゃ!」


 もう四~五人まとめて倒してやろうと、ミャーセルの腕が大振りになったそのとき。


「光雷壁!」


 レオミスの声が響いたかと思うと、通路内は瞬く間に稲妻型の光の壁でいっぱいになった。こうなってはムチで直接レオミスを狙う訳には行かない、と誰もが思うだろう。だがミャーセルはそれほど甘くはなかった。光の壁の僅かな隙間すきまを縫うようにムチを走らせ、レオミスに巻き付けようとする。手応えはあった。


「にゃん!」


 最高圧の電撃。これでレオミスは黒焦げになったはずだ。ミャーセルの口元に笑みが浮かぶ。けれど。


 光の壁を突き抜けてきた聖剣ソロンシードの切っ先が、ミャーセルの胸を貫く。消えて行く光の壁の向こうにミャーセルは見た。ムチに手首を巻かれた一人の剣士団員が、黒焦げになりながら仁王立ちしているのを。


「馬鹿……にゃ」


 床に落ちたミャーセルからソロンシードを抜くと、レオミスは次の一撃に備えるかの如く身構えた。


「おまえは強かった。だが我らの覚悟がそれを上回ったのだ」


「何を……戯言たわごと……を」


 倒れたミャーセルは咳き込み、口から血を流す。真っ黒な血を。


 レオミスは構えを解かないままでたずねた。


「ミャーセル、一つだけ聞きたい。何故おまえはリリア王を盾に取らなかった」


 するとミャーセルは最後の力を振り絞り、怒りに満ちた目をレオミスに向ける。


「実力……差を……考えるにゃ……バカタレ小娘」


 そう言ったと同時に足の先が泥の固まりに変化した。変化は膝に、腰に、胸に続き、首まで達したときミャーセルは満面の笑みを浮かべる。そしてそのまま泥へと変わり崩れ去った。


 レオミスはようやく構えを解き、ソロンシードを手にしたままで泥の横を通り過ぎて牢獄へと向かった。格子の間近でこちらを見つめていたリリアは三歩後ろに下がる。レオミスは片膝をつき、深々と頭を下げた。


「お待たせ致しまして申し訳ございません、国王陛下」


 これにリリアは涙を一粒流してこう言った。


「ここまでの道のり、本当に、本当に大儀でありました」


 これが庶民であれば、もっと他に語るべきこともあったろう。だがこの場面で国家の象徴たる国王に許される言葉はあまりなかった。


 レオミスは顔を上げる。


「何よりのお言葉、ありがたき幸せにございます」


 そう言って立ち上がるとソロンシードを正眼に構えた。


「陛下、ご無礼つかまつります」


「はい」


 リリアがうなずくと、ソロンシードの切っ先は一瞬で星形の軌跡を描いた。牢獄の格子は切り刻まれて床に崩れ落ち、リリアは少しかがんで格子をくぐる。レオミスはその手を取った。


「では陛下、すぐに戻りましょう」


 しかしリリアは首を振る。


「いいえ、まだです」


 そして隣室の老人を振り返った。


「こちらの方も一緒に」


 これに老人は動揺する気配すら見せずに本を閉じた。


「その必要はないよ」


「ですが、シアラリオ様」


 シアラリオと呼ばれた老人は小さく首を振る。


「それは私の名前ではない。いや、かつてはそんな名前だったのやも知れない。でもいまの私はその名を名乗るに相応ふさわしくはないのだ。私はここで暮らし、いずれここで朽ちて行く牢獄の老人だ。もはやそれ以上でもそれ以下でもありはしない。親切な国王陛下、ありがとう。しかし私には過ぎた優しさだよ」


 それだけ言うとまた本を開き、老人はリリアたちを意識の外に置いてしまった。リリアは一度残念そうに目を伏せると、やがて笑顔を浮かべてレオミスに向き直った。


「では、参りましょうか」


「はい、国王陛下」


 白銀の剣士団が左右に分かれて道を作る中を、レオミスにエスコートされたリリア王が進んだ。

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