第26話 貴賓室
王宮でたぶん一番偉い衛兵に案内されて、レオミスとゼバーマンの二人と一緒に広くて天井の高いきらびやかな室内に入ると、一番奥の高い場所にリリア王が座り、その向かって右側にはいつものように摂政サーマインが立っている。そしてその反対側、王の向かって左側の豪華な椅子に座るのは。
「あれ、知事」
思わず一平太は声をかけてしまった。そこにいたのは紛れもなく保岡大阪府知事。
「ああ、根木さんどうも」
明らかに困惑した表情で保岡府知事は片手を上げた。
この会話に水を差したのは、サーマインのいかにもな
「よく来ましたね、三兵団長。本日ここに集まっていただいたのは緊急で情報を共有する必要があったからです」
そんなに急ぎやったら貴賓室でなくても良かったし、正装でなくても良かったやろ。一平太の顔にはそう書いてある。それに気付かないサーマインではないはずだが、いまは無視して話を続けた。
「では、大地の精霊王の使者たるコウ殿に詳細をお話しいただきましょう」
サーマインは視線を保岡府知事に向ける。大地の精霊王の使者? どういうこと? 知事は知事やないんか。頭にクエスチョンマークが飛び交う一平太の耳元で、精霊シャラレドの声がした。
「知事の肩の上を見ろ」
言われて見てみれば、赤いマスコット人形が乗っていた。その人形がこちらを見ているような気がする……と思うと、マスコットはピョコンと立ち上がり声を発した。
「余が大地の精霊王の使者、コウである」
これには一平太だけでなく、レオミスとゼバーマンも呆気に取られた。しかし赤い人形は、そんなことなど気にもならないようだ。
「何故天空の精霊王の支配地であるサンリーハムに大地の精霊王の使者がいるのかと不思議に思うやも知れん。よってまず昔話から始めよう」
小さなマスコットは小さく上を向いた。遠い過去を思い出すように。
「かつて三界の精霊王は一つの世界を三つに分けて支配していた。精霊王はそれで問題ないと考えていたのだが、その世界の住民、まあ主に人間だな。こやつらはそれで納得しなかった。自らを支配する者こそが絶対的な精霊王であると主張し、互いに領地を侵犯し攻撃し合ったのだ。これに業を煮やした三界の精霊王は、世界を三つに割ることにした。それがおよそ三千年前」
小さなコウは小さなため息をつく。是非もなしといった風に。
「ただ世界を三つに割ったとは言え、精霊王が仲違いをした訳ではない。精霊王は互いの世界を行き交える回廊を作り、一部の人間にそれを管理させた。つまり人間と契約できる『精霊』と、『魔法』の力を人間に与えたのだな」
一平太の脳裏に、義兄の話した異郷訪問譚に対する解釈がよみがえった。あれはもしかして本当に当たってたんやないのか、と。
「だが魔法に対する考え方は精霊王それぞれに異なった。天空の精霊王は民に惜しみなく魔法を与え、その力は浅く広く伝わった。この世界では魔法を基軸とした文明が栄えた。一方海洋の精霊王は魔法の力を与える者を限定したため、その力は狭く深く伝わった。この世界では古の竜を復活させ使役したり、地下都市を構築したりした」
そう言ってコウはまた一平太を見つめる。
「これら二つの世界を見ながら、大地の精霊王は考えた。人間に魔法の力を与えるのは、果たして幸福なことなのだろうかと。大地の精霊王は長く長く考えた末、人間から魔法の力を取り上げることにした」
一平太は目を見はる。レオミスもゼバーマンも息を呑んだ。
「そう、いまお主たちがいるこの世界、この世界こそ大地の精霊王が支配する世界なのだ」
コウは満足げに微笑むと、次の瞬間には苦悩を見せた。
「ハイエンベスタにはおそらく相当な知恵者がいるのだろう。三つの世界をつなぐ回廊の場所を知った上で、サンリーハムの『聖天の歯車』に回廊を移動する力が備わっていることを見抜いたのだ。そしてこの世界にサンリーハムを転移させ、ハイエンベスタもまたこの世界に持ってきた」
「それは、いったい何のために」
レオミスの口を突いて出た疑問に、コウは答えずまた一平太を見つめた。
「根木の名を継ぐ者よ。お主は何のためだと思う」
場の一同が視線を向ける中、一平太はこう答えた。
「……三つの世界を一つにする、とか」
「おそらくそうであろうな。いかに知恵があっても人間だ、根本はさほど変わらん」
やれやれと言わんばかりにコウは首を振る。
「サンリーハムとハイエンベスタにいかな魔法力があろうと、所詮は世界の一部に過ぎん。ただこの世界に持ってきただけでは何も起こりはせんだろう。しかし回廊を開放し、いつでも三つの世界を移動できるようにすればどうだ。時間はかかるもののハイエンベスタが三つの世界をすべて支配することも理屈の上では可能になる」
これを聞いてゼバーマンが吐き捨てるように言った。
「いまどき世界征服かよ。幼稚な」
「幼稚で単純な願望ほど恐るべき力を発揮するものはないのだ」
コウは笑うと続ける。
「では回廊を開放するために必要なモノは何か。それは回廊管理者の力。サンリーハム王家に綿々と受け継がれる能力。故にハイエンベスタはリリア王を必要としている」
リリア王とサーマインの顔に緊張が走る。
と、そこでレオミスが疑問を差し挟んだ。
「一つ聞いてよろしいですか」
「何かな」
笑顔のコウにこうたずねる。
「この世界の回廊管理者はどこにいるのですか」
笑顔のコウはこう返した。
「もうおらぬよ。この世界は回廊管理者を失って久しい。その血筋も絶えてしまった。ただ、彼らの足跡をたどろうと代々研究を重ねた一族がいたのだ」
一平太の顔から血の気が引く。まさか。
コウはそれを見てうなずいた。
「そう、その一族の名こそ根木。だからこそ、ハイエンベスタにとっては邪魔だった。この世界に残ったたった一つの脅威だからな。それ故に」
「待ってくれ!」
息が荒い。過呼吸を起こしそうになっているのか。一平太は真っ青で汗だくになった顔を両手で押さえながら、恐怖に震えながら、それでも問わずにはいられなかった。
「そうなんか。そういうことなんか。根木さんも、お姉も、二人ともそういう」
「ああ、二人を殺したのはハイエンベスタの刺客だろう」
「何でや! それがわかってて何で」
「お主はこの世界で起こる殺人事件をゼロにしろと精霊王に願うつもりか」
静かに答えるコウに、一平太は怒鳴り返す。
「あかんのか! 願うこともあかんのか! 願うくらいええやないか。願う、くらい」
一平太はしゃがみ込んでしまった。思わず駆け寄ったレオミスは、涙声のつぶやきを聞く。
「くそぅ……くそぅ!」
静まり返った貴賓室に、コウの声が響いた。
「とりあえず、ここでいったん休憩にするか」
治療所で眠る留美の額に、コウがピョンと飛び乗った。その途端、留美の目が眠そうに開く。一平太は叫び声を上げながら抱きしめた。
「留美!」
「これ静かにせんか。場所柄をわきまえてだな」
寝ぼけ顔の留美の額で苦言を呈するコウに、一平太は涙を浮かべて寝台に頭を擦りつける。
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
「お主は本当に極端なヤツだのう」
苦笑を返したコウだったが、それでも頭を上げない一平太に根負けしたように言った。
「礼を言われるほどのことはしておらんよ。余は『留め金』を外したに過ぎん。その留め金をかけた相手こそ、本当にその娘を救った者だ。いつか礼を言うといい」
するとようやく顔を上げた一平太が、額を真っ赤にしながらたずねる。
「それって誰なんか知ってるんですか」
これにコウはニッと笑うと、保岡府知事の肩にピョンと戻った。
「心配せんでもいずれ出会う。そのときに自分の目と耳で確認せい。大事なのは余が何を言ったかではなく、お主が何を見届けたかなのでな」
そしてこう言う。
「さて、話の続きだ。貴賓室に急ぐぞ。ようやく本題に入るのだ、心して聞けよ」
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