第12話 兄弟
身長は一平太より少し高いが、体格は
「一平太様のお世話を担当するシャミル・ザンドリアと申します」
そう言って右手を差し出す。サンリーハムでは握手の習慣はないと聞いていたのだが、誰かに教わったのだろうか。出された右手を握りながら、一平太はちょっとしたことに引っかかっていた。ザンドリア。ん? どっかで聞いた気がするんやけど。まあええか。
「どうかなさいましたか、一平太様」
「ああ、いやいや何でもないです。ハハハ」
シャミルに一平太を引き渡した時点で中ノ郷はお役御免なのだろう、いつの間にか居なくなっていた。街の真ん中に立っている役場のような印象の建物から外に出ると、シャミルは一平太を先に立って案内した。
「それでは、一平太様の部下になる者たちを紹介します」
「えっ、部下?」
どういうことや。単なるバックホーの先生やないんか。困惑している一平太を、シャミルは不思議そうに見つめた。
「あれ、中ノ郷氏からお聞きではありませんか。一平太様は本日付で『
あ、あんの中ノ郷~っ! 何やそれ! 兵団長って、兵団長って軍人やないか! バックホーの先生の話どこ行った!
思わず中ノ郷を探しに走り出したい気分になったが、もうここまで来たら毒を食らわば皿までである。とりあえずどこまで行くのか成り行きに任せてみよう。一平太はかろうじてため息をつくのを抑えた。
案内されたのはさっき見かけた広場らしい。鎧を身につけて整列したサンリーハムの兵士が二十人ほどに二台のバックホーと自衛隊員が二人、そしてもう一人、白いツナギを着たモジャモジャ髪でモジャモジャヒゲの小柄な老人が。
「クシシシシ、また会ったのう小僧」
「あ、爺さん。何してるんや、こんなとこで」
「決まっとろうが。おまえさん用のバックホーの調整じゃよ。今度のは前回より凄いぞ。駆動部の平均反応速度は従来の七倍、最高時速は六十キロに達するのじゃ。名付けて弁天松スペシャル二号機!」
一平太は美しい青に塗られたバックホーを見つめた。いろんな意味で大丈夫かと思いながら。
シャミルが一平太を兵たちの前に案内する。
「では兵団長からの初訓示をお願いします」
え、訓示? 訓示って何やったっけ。JVの偉いさんの挨拶みたいなもんか。それやったら長々しゃべったら嫌われるな。て言うか……みんな目つき怖いな。まあそらそうやろ、どこの馬の骨ともわからん外国人をいきなり連れて来て、ハイ今日から君らの上司です、言われても納得は行かんわな。さあ、どうしようかなあ。
困った一平太の目に、兵士たちの後ろにある木組みが映った。丸太を組んだ十字架で、頭部には竜の頭を模したクッションのような物が巻き付けてある。訓練に使用するのだろう。
「爺さん、その何とかスペシャルはすぐ動かせるんか」
不意に一平太から問われ、僅かな動揺は見せたものの、老人は自信満々に歯をむき出した。
「弁天松スペシャル二号機はすぐ動かせるに決まっておろうが。調整はこのワシがやったんじゃからな」
「ほんなら、ちょっと使うで」
バックホーに歩いて行く一平太に、シャミルは少し困惑する。
「あの、一平太様。訓示は」
「まあまあ、見といてください」
そう言って青いバックホーに乗り込むとエンジンをかけた。そしてクローラーを左右逆回転することで、土煙を上げながら豪快に方向転換、続いて直進し、一気にトップスピードまで加速すると急旋回、木組み目指してまっしぐらに駆けた。
兵士たちが呆気に取られる中、バックホーは急減速、しかし停止に至らない段階ですでにボディが回転している。ブームが傾きアームが伸び、先端のバケットが高速で木組みを跳ね上げた。高く上がった木組みの落下地点へとバックホーは走り、落ちてくる木組みを今度は高速で横殴り。バラバラに破壊してしまった。
真っ青な顔で愕然としている兵士たちに、バックホーの中から一平太は言った。
「えー、みなさんには最低でもこのくらいのことはできるようになってもらいたいと考えていますが、いきなりは無理です。まずは基本操作を体に叩き込むこと、単純作業の先に成長が待ってますから、気を抜かずに反復練習をしてください。私が言いたいのはそれだけです」
一平太が言い終わるのを見計らっていたシャミルが叫ぶ。
「総員抜剣!」
これに兵たちはすかさず腰の剣を抜いた。目を丸くする一平太の耳に続けてシャミルの号令が聞こえる。
「兵団長殿に敬礼!」
兵たちは一平太に正対し、剣を垂直に立て、剣を握る右手を顎の前に置いた。サンリーハムの軍ではこれが正式な敬礼らしい。とにかく、一平太がバックホーの指導教官をすることくらいは受け入れられたと考えてもいいのだろう。
一平太は小さな声でつぶやいた。
「シャラレド、ありがとうな」
「へ? 王様に
石畳の屋根付き通路をシャミルに案内されているとき、予想外の言葉に一平太は立ち止まった。
「え、それ、それ、どういうこと?」
しかし振り返ったシャミルは不思議そうに首をかしげる。
「サンリーハムの軍に新たな兵団が誕生した訳ですし、王への拝謁は当然かと思いますが」
「いやいやいや、ちょっと待って。俺、昨日まで、て言うか今朝まで工事現場の重機オペレーターやで。王様に会うとかそんなん、いくら何でも失礼やろ」
腰の引けた一平太に対し、シャミルは平然と笑顔を向ける。
「一平太様の前職に関しては存じ上げませんが、王に拝謁できぬ失礼な職業などというものが存在するとは思えません。どうぞ胸を張ってくださいませ」
と、そこに野太い声が響いてきたのは進行方向の建物の入り口付近から。
「本人が拝謁したくないと言っているのだ。そんな腰抜け、王の前に連れ出す価値はない」
これにシャミルがキッと視線を向ける。その先に立っていたのは黒曜の騎士団長、ゼバーマン・ザンドリア。
「そもそも何でこんな腑抜けに兵団長の位など授ける必要がある。サヘエ・サヘエ殿も老いたか」
ゼバーマンのこの一言に、シャミルは強い口調でこう言った。
「重ね重ねの一平太様への失礼、さらにはサヘエ・サヘエ大臣への悪口雑言、
兄上? お兄さん? ああ、ザンドリアってそういうことやったんか。ようやく気付いた一平太が二人を見比べていると。
「ほう、看過できぬか」
ゼバーマンが殺気をまとって近づいてくる。
「看過できぬのならばどうする、このモヤシが」
しかしシャミルに
「
「ほざくな。貴様ごときの剣にこの兄の髪一本でも切れると思うか間抜けが」
「試してみなければわかりますまい」
この一言が火に油を注いだ。
「貴様ァ! 肉親だと思い情けをかけてやれば調子に乗りおって! もはや許さん!」
「ちょ、ちょーっちょちょちょ、ちょーっと待って! 待って待って、まあ落ち着いて二人とも。な、な、な?」
兄弟二人の間に割り込んだ一平太は何とか二人を止めようとするが。
「ええい、どけ! 貴様から叩き切るぞ!」
「お下がりください一平太様、おケガをなさいます」
頭に血の上った二人は止まりそうにない。ああ、どないしたらええんや、一平太が頭を抱えたくなったとき。
「何をしているか!」
鋭いまでによく通る女の声。
「王宮を前に抜剣
振り返れば白い鎧に長く白い髪。白銀の剣士団長レオミスが立っていた。
「どうした、女相手では剣を抜く度胸もないか! 恥を知れ!」
ゼバーマンは顔を屈辱に歪めながらも一つ大きな息を吐き、背を向け歩き去る。シャミルも後悔を顔に浮かべて剣の柄から手を放し、一平太はやれやれとため息をついてレオミスに苦笑を向けた。
「ありがとう、助かったわレオミス」
「昨日の今日でまた会えるとはな。蒼玉の鉄騎兵団長、就任おめでとう。歓迎するぞ一平太」
近づいてきたレオミスに、シャミルは一歩後退し恥じ入ったように頭を下げる。
「申し訳ございませんレオミス様。お恥ずかしいところをお見せ致しました」
「シャミル、君の仕事ぶりはみんなが知っている。ゼバーマンに正面から合わせる必要などないんだ、かわすことを覚えたまえ」
「肝に銘じます」
そんなシャミルの肩をポンと叩くと、レオミスは一平太に小首をかしげて微笑みかけた。
「さて、それでは一平太兵団長をリリア王
これに一平太は困ったような顔を返す。
「なあ、それなんやけど、ホンマに拝謁せなアカンのかな。俺なんかが王様の前に出るとかいうんは、やっぱりその」
「諦めが悪い!」
レオミスはそう言うと一平太の背後に回り込み、背中を押した。
「はい、前に進む! 一、二、一、二、腕を振って足を上げる! 一、二、一、二」
もうこうなっては逃げるに逃げられない。一平太はなされるがままに王宮へと足を進めた。
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