呪物喰らいのドラゴン

斑猫

仏滅の来訪者

 まじないとは呪いである。それに関わったモノに降りかかるのは良くも悪くも因果という物だ。しかもそれは、世代を軽々と飛び越えてしまう代物でさえあった。


 広々とした屋敷の中はいつだって静謐なものだった。無秩序に増改築を繰り返したであろういびつさを具える屋敷は、かつてもたらした富と栄華の無秩序さを、見知らぬ遺影が立ち並ぶ一室はその代償としてもたらしたものの空々しい恐ろしさを物語っているようだった。

 きっと僕が死ぬときには、この屋敷も共に朽ちるのかもしれない。曇り空の昼下がりなどにはそんな考えが浮き上がっては消えていく。広い屋敷に住まう人間は今や僕だけなのだから。妹たちは都会で仕事や学業に励んでいるし、同じ村の人間がわざわざこの屋敷に遊びに来ることなどほとんどない。

 呪物を作り、呪物に祟られ、そして呪物を闇へと葬り去る。それが僕の一族の所業だった。地下牢に封じて飼育している妖魔。僕たちは彼を利用して、恐るべき呪物を闇に葬っていた。


 ごめんください。か細くもよく通る声を耳にした僕は、来客がある事をここで思い出した。僕は立ち上がり、彼女らを出迎える準備を行う。もちろん呪物絡みの来客であるから、ある意味気心は知れていて、そして丁重に扱わねばならない相手だった。

 何せ彼女らは、世間に散らばっている呪物を僕たちのために集めているのだから。


「ごきげんよう、当主殿」


 そう言ってあどけなくたおやかに微笑んだのは、金髪と腕を覆う黒い手袋が目立つ少女だった。いや……少女のなりをした異形と呼んだほうが良いだろう。メメトと名乗るこの少女は、十五年前から少女のなりだったのだから。この十五年で彼女に見られた変化は、僕への呼びかけの言葉くらいだ。メメトからお坊ちゃまとか若様と呼ばれていた時期が確かにあったのだ。

 今はもう先代当主もいないので僕が当主になるのだが……未だに当主殿と呼ばれる事には慣れなかった。


「メメトさんもいつもご苦労様。君もまぁ……大変でしょ?」

「いいえ、これもお仕事ですから」


 僕の言葉にメメトは手をひらひらさせながら応じる。メメトは触れた物の念を読み取るという特殊能力の持ち主だった。そんな彼女にしてみれば、呪物を扱う仕事というのはかなりしんどい事なのではないかと思われるが……その辺りはいつもはぐらかされてしまい、うやむやになってしまうのだ。


「今日は私の妹分も来ています」


 メメトの背後には二人分の影が蠢いていた。どちらもメメトよりやや幼い少女の姿を取っていて、堅牢そうなバッグを提げている。あの中に呪物が入っていて、そして彼女らもまたメメトと同じく妖怪の類なのだろう。

 彼女らとも一通り挨拶を交わし、僕たちは地下牢に向かった。


 呪物喰らいのドラゴン。それこそが地下牢で飼育している妖魔の正体だった。ドラゴンと言ってもアニメやゲームに出てくるような、翼の生えた爬虫類そのものの姿をしている訳ではない。おおよその姿は人間の青年の……二十歳前後の若者の姿に似ていた。但し腕や首筋に鱗が生えていたり、足先が鶏みたいになっていたりと、異形らしい姿を見せている程度の話である。

 そんな彼の事を僕はタツオと呼んでいた。安直な名前であるが、タツオも別に嫌がらなかったのでその名前で定着している。

 タツオはもう長い間屋敷の地下牢にいて、僕たちが持ってくる呪物を喰わされている。そんな日々を彼は過ごしていたのだ。

 地下に繋がる隠し扉を一人で押し上げて開き(昔はメメトに手伝ってもらっていた時もあったが)、そのまま地下牢へと向かう。


「お邪魔するよ、タツオ」


 僕の呼び声で、タツオはもぞもぞと動き始めた。地下牢の奥ではタブレットが光り、合成音声が無邪気に垂れ流されている。僕がタツオの地下牢に出向く時、大体タツオはこんな感じに振舞っている。日曜日のオジサンみたいな振る舞いだ。

 それでも僕は、こちらを振り向いたタツオの姿に息を呑む。人間とも竜ともつかぬ姿であるはずのタツオはそれでもうつくしいからだ。ほっそりと均整の取れた、それでいてひ弱さの感じさせない肢体。光の加減で紺色にも濃緑色にも見える癖のない髪の毛に少しバタ臭さの残る面立ち。そして地下牢の中で長らく暮らしているにも拘らず、あの頃から何一つ変わらないその容貌。そのどれもが、タツオが人外異形の物である事を知らしめていたんだ。

 彼もまた、メメトと同じく初めて出会った時から不変の姿を保っているからね。

 いや、変わったのは僕の彼に対する認識かな。不思議で可哀想なお兄ちゃんと思っていたのが、今では風変わりな弟のように思えてならないんだからさ。


「や。武蔵君にメメトちゃんたちじゃないか。しばらくぶり……かな。いつもありがと」

「厳密には六日ぶり、ですね。私どもは仏滅に参りますので」

「あっははー、そうだったんだぁ」


 生真面目な様子で言うメメトに対し、タツオは相好を崩して微笑んだ。高校生同士のじゃれ合いのようで実に微笑ましい光景である。タツオとメメトを隔てているのが頑丈な檻格子である事、それらを含めた異様な状況を誰も気にしていない事に目をつぶれば、の話だけど。

 もっとも、皆それで納得しちゃっているのだから、僕がアレコレ考えてもそれこそ野暮なだけなのだ。

 そんな風に思っていると、タツオはそっと手を伸ばす。腰から伸びた鞭のような尻尾がうごめき、ぺちぺちと石張りの床を叩いている。


「それじゃ、今日もよろしく」


 そうしてタツオは、呪物喰らいのドラゴンとして持ってきた呪物を催促した。


 タツオの食事風景は不思議な物である。呪物の薄い(と言っても彼基準だけど)物であれば、モノに宿った念だけを引きずり出して吸い込み、呪物が濃ければその物体にそのままかぶりつくのだ。本や木箱、金属や石であったとしても。

 その食事こそが、彼が明らかな異形である事を示していた。刃物や宝石を、煎餅のように噛み砕き飴玉のように舐るなんて所業は、普通の生物じゃあやってのけぬ事なのだから。


「……タツオ。本当に君はいつ見ても楽しそうだね。だけど、呪物を食べる時が一番幸せそうに見えるよ」


 食事が一段落したところで僕はタツオに声をかける。僕が何度この言葉を発したのか、何度タツオがこの言葉に耳を傾けたのか。今となってはもう解らない。

 それでもタツオは、倦む事なく笑顔を向けた。


「うん。楽しいって言うのかどうかは解らないけれど、快適っちゃあ快適かな。何せ僕は好きな事だけやって過ごしているんだからさ! 御馳走だって武蔵君たちが手配してくれるし」


 タツオはドラゴンの身でありながらこの地下牢に幽閉されている。しかしそれは、それこそが彼の望んだ事でもあるのだ。所謂引きこもり気質の彼は、外界にいるよりもこうした個室でいる方が心が休まるのだ、と。その上力の源である呪物を口にできるのだから快適極まりない。それが彼の言い分だった。

 タツオは僕の顔をじぃっと覗き込み、何かを思い出したかのような遠い目をした。


「武蔵君もオトナになったんだね。初めて僕に会った時なんか、僕が可哀想な男だと思い込んで、ここから逃がそうと画策していたじゃあないか」

「あの頃の僕は何も知らない子供だったからね。幸せの形が何たるかを知らなかったんだよ」


 僕の言葉にメメトがうっすらと笑ったようだった。お坊ちゃまと呼ばれていた頃からの付き合いであるから、メメトはもちろん当時の事を知っている。

 表向きには、タツオは呪物を喰らうための道具としてここに閉じ込められている事になっている。だけど、呪物の因果に取り憑かれ、閉じ込められているのはむしろ僕たちの方なのかもしれない。僕は時折そんな事を思うのだ。

 もっとも、そんな話をしたとしても、タツオは気楽に笑い飛ばすだけかもしれないけれど。

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