④脱出
扉を出ると螺旋階段が伸びていた。その階段を降りるとまた扉があり、開けると八角形の広い部屋に出た。七方向にはそれぞれ黒い石で出来たアーチと鉄の扉があり全て板が打ちつけられているか、そうでなければ南京錠が掛かっている。
そこでウシアがケニンゲールの背中を叩いた。
「あの、降ろしてください。もう諦めましたから」
ケニンゲールが言われた通りにすると、ウシアがケニンゲールに食って掛かった。
「まったく、あなたには呆れました!言ったら聞かない人ですね!」
「馬鹿っ声が大きいっ」
ケニンゲールが叱りつけるがウシアは「大丈夫ですよ」と涼しい顔をしていた。
「ダーウェルは大抵夜中まで帰ってきません。屋敷には使用人もいませんし今この城にはわたくし達二人だけです」
それを聞いてケニンゲールはほっとした顔をした。
「……ところで、外へ出るにはどうしたらいい?」
ケニンゲールが城の回りを見た限り玄関口のようなものはなかった。中庭には狼の群れがうようよしているし一体ダーウェルはどうやって出入りしているのだろう。
「わたくしはここへ来るとき眠らされていたので正確にはわかりませんが、恐らく正面入口のようなものはこの城にありません。ダーウェルはいつもわたくしがいたのとは反対の北棟の塔から迎えに来ます。足音でそうとわかるのです。恐らくは塔に隠し通路があるのでしょう」
「その塔へ行くにはどっちへ行ったらいい?」
ウシアはしばし逡巡した後、左側にある南京錠が掛かった扉の一つを指した。
「恐らくはこちら」
ケニンゲールがさっそく鍵を破壊してアーチをくぐろうとするのをウシアが止めた。
「なんだよ?」
「待ってください。この城にはあらゆる所に罠が仕掛けられています。この先へはわたくしも行ったことがありません。くれぐれも慎重に」
ケニンゲールは頷いて今度こそアーチをくぐった。
長い廊下が広がっている。石の壁には等間隔に燭台が取り付けられ、蝋燭の火がぼんやり周囲を照らしている。天井は吹き抜けになっているのか暗闇しか見えない。床には長方形の白い大理石がいくつもはまっている。
「見てください。一部の石だけ黒ずんでいます。きっとダーウェルは毎日あの上を通っているんです」
「なるほどな。間違った石を踏むと落とし穴に落ちたり矢が飛んできたりするってわけだ」
ケニンゲールは一つ目の石に向かって足を踏み出した。すると足元がぬるりと滑った。
「うわっ!?」
とっさに壁に手をつくとその部分がへこんでかちっと音がした。
その途端廊下が大きく揺れた。上から小さな瓦礫が降ってきてケニンゲールの頭に当たる。
ウシアは震える指で天井を指差した。ケニンゲールが上を見上げると棘のついた天井が迫ってくるところだった。
「うおおおっ!!」
「きゃあああ!!」
二人は脇目も振らず出口へ走った。
数分後。三つの廊下と二つの部屋を越え、ケニンゲール達はとうとう北棟に繋がる石造りの橋に出た。
「そんな……」
前方に広がる光景を見た瞬間ウシアが口を抑えた。
橋は中央の部分がぽっかりと抜け落ちていた。下を覗き込むと中庭にいた狼達が集まって、獲物が落ちてくるのをいまかいまかと待ち構えている。
ウシアは同情のこもった目でケニンゲールを見つめたが、彼はいたって涼しい顔をしていた。
「俺が先に行く」
そう言って上着を脱ぎ捨てるとケニンゲールは一旦橋のたもとまで下がり勢いよく走り出した。ウシアの瞳には、男が豹のようにしなやかに飛び上がり華麗に着地する姿が映った。
ケニンゲールはウシアを振り返り手を差し出した。
「さあ、次はあんたの番だ」
ウシアは身体を強張らせた。
「わたくしにこの距離を飛べと?」
「なんだ怖いのか?」
ケニンゲールがいたずらっぽく笑った。
「大丈夫、俺を信じろ。必ず受け止める」
ウシアはケニンゲールの顔をじっと見つめた。彼の目は自身に満ちていた。
ウシアは深く深呼吸するとケニンゲールにならって後ろに下がり、助走をつけて飛び出した。
「きゃっ……」
指先が床の縁を掠める。すかさずケニンゲールがウシアの手首を掴んだ。
「やるじゃないか!」
ケニンゲールは笑いながらウシアを引っ張り上げた。
橋の上に着地した途端ウシアはケニンゲールに抱きついた。足が震えて立っていられない。
「本当に感心したよ。お嬢様にそんな度胸があるとは思わなかった!」
ケニンゲールは励ますようにウシアの肩を叩いてとうとう辿り着いた北の塔を見上げた。
「いよいよラストダンジョンだな。早く出口を見つけてこんなところおさらばするぞ」
*
北の塔はウシアがいた塔とほぼ同じ造りだった。螺旋階段を昇った先に鉄の扉があり南京錠が掛かっている。
扉を開けると中は真っ暗だった。ケニンゲールが持っていたライターで照らしてみるがあまり効果はない。ウシアが手探りで床を探すとランタンが見つかった。
ランタンにライターの火を移して掲げてみると、ダーウェルの部屋はウシアの部屋とは違い朽ち果てていた。床に敷かれた絨毯は本来真紅だったのだろうが、埃が積もって灰色になっており、ベッドの天蓋は破れて蜘蛛の巣のようになっている。窓は例によって板が打ちつけられている。
「隠し通路はどこだ?」
ケニンゲールは壁に隠し扉になりそうな繋ぎ目がないか確認したがそれらしきものはない。
ウシアは手持ち無沙汰にベッド脇にあるキャビネットの扉を開けたり閉めたりしていたが、突然動きを止めた。耳に手を当て辺りを見回す。
「待ってください……何か、足音が聞こえませんか」
「足音?」
「ほら、床下の方から……」
ケニンゲールはウシアに促されるまま床に耳をつけてみた。確かに一定の速度でこつこつと革靴が床を踏みしめる音がこちらに近付いてくる。
絨毯をめくると正方形の小さな扉が出てきた。
「ダーウェルが帰って来たんだわ」
ウシアは隠し扉を見つめたまま青ざめた顔で呟いた。
このままでは奴と鉢合わせになる。ケニンゲールの額から汗が垂れた。
「ねえ、どうするのですか?」
背後からウシアが急かしてくる。迷っている時間はない。
ケニンゲールは窓にはめられた板に手を伸ばした。一瞬、白い光が部屋を照らし木屑が床に落ちる。潮の匂いが部屋の中に流れ込んでくる。
窓の外には漆黒の大海原が広がっていた。城の真下は崖になっており、岩肌に波のぶつかる音が聞こえてくる。
ケニンゲールは窓の桟に手を掛けてウシアを振り返った。
「ここから脱出する」
ウシアは反対しようとしたがその時部屋に鋭い声が響いた。
「誰かそこにいるのか!?」
声のした方に視線を向けると床の隠し扉が今にも開くところだった。
「はやくっ時間がない」
ケニンゲールが手を差し出す。ウシアがその手を取るのと隠し扉が開くのは同時だった。
一瞬内臓がふわりと浮き上がった感覚があったかと思うと、次の瞬間水面に強く叩きつけられる。衝撃で身体がどんどん沈んでいく。
ウシアは水をかいて水面に浮き上がった。白い月が海を照らしている。しばらくその光景に見惚れていたがふと、ケニンゲールがどこにもいないことに気付いた。
ウシアは青ざめてもう一度海に潜った。すると数m離れた沖の方でケニンゲールが力なく水流に揉まれていた。銀の十字架が水中に差し込む月明かりを受けて輝いている。ウシアは彼の元まで泳いでいき身体を抱き寄せ水面に浮上した。落ちた時に岩に頭をぶつけたのか、ケニンゲールは額から血を流していた。
ウシアはごくりと喉を鳴らし、そこから目を逸らすと、低い声で何かを呟いた。
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