②神父

 

 翌朝。


 「やあやあ、よく来てくれました。時間ぴったりですな。お待ちしていたんですよお三方」


 再びウェステンラの元を訪れたケニンゲール達は昨晩のことが嘘のように歓迎された。

 ウェステンラ神父は丸眼鏡を掛けた、小柄で痩身の無害そうな老人だった。

 迎え入れられた先はごく普通の、何の変哲もない田舎の教会という印象だ。入ってすぐ左右に別れて長椅子が配置されており、真正面には小さな祭壇があって更にその奥に十字架が掛かっている、といった具合に。


 「昨日は大変失礼いたしました。お詫び、という訳ではありませんがお近づきの印に召し上がってください」


 ラカムの秘書が丘のふもとの町で購入した果物の詰め合わせを差し出すと、これまでにこやかだったウェステンラの顔がみるみる内に険しくなった。


 「はっそういう魂胆か!」

 皮肉げに口を歪めて笑う彼にハンター達は困惑した。

 「ウェステンラさん……?」

 戸惑いがちに声を掛ける秘書にウェステンラは冷たい視線を向けた。


 「土産など結構!何が混入していてもおかしくないですからな。わたしは缶詰しか食べません。水もいつも持ち歩いているスキレットからしか飲みません」 

 「俺達が毒を盛るとでも?」


 流石に看過出来ずケニンゲールが詰め寄るとウェステンラが首を横に振った。

 「いいえいいえ、とんでもない! あなた方のことを疑っているわけではありません! しかし悪意のある第三者があなた方を操ってこの果物に毒を塗ったなんて可能性があります。無論たとえそうでもあなた達に自覚はないでしょうが……」

 ケニンゲールはラカムと顔を見合わせた。

 「悪意のある第三者って?」

 「吸血鬼ですよ! 勿論!」

 ウェステンラは恐怖に駆られた様子で叫んだ。


(大丈夫なんですか、この爺さん)

ケニンゲールは師匠にひそひそと耳打ちした。


「ウェステンラさん、その吸血鬼についてお話しいただけますか」

 ラカムは老神父に優しく話し掛けた。一瞬ウェステンラの肩が震える。

 が、すぐに気丈に顔を上げた。

「……勿論です。その為にお呼びしたのですから」

 そして彼はこの村で起きた忌まわしい事件について話し始めた。


 「もう六十年も前のことです。ここから数キロ離れた崖の上に昔、空き家となっていた屋敷がありました。ある時ルスヴンという男が急にふらりと現れてその屋敷を買ったんです。あの男は黒い髪に暗褐色の瞳をしていました……ええ、たぶん暗褐色だったと思います」

 「たぶんというのは?」

 「実はその……一度だけ奴の瞳が赤く光っている様に見えたことがあるんです」

 「え、それは本当ですか!」

 ケニンゲールは身を固くした。

 人間の血や生気を吸った直後の吸血鬼は瞳が赤く染まるのだ。

 「はい。しかし見間違いかもしれません」

 ウェステンラは自信なさげに言った。

 

 「まあ、ともかく続きを」

 ラカムは穏やかに先を促した。


 「はい……そいつはね、人を魅了するのがとにかく上手いんですよ。あいつと一度でも話した者は必ずあいつを好きになる。それだけじゃない、あいつは人を意のままに操ることができたんです」

 「と、いうと?」

 「ルスヴンが首都で犯罪を犯して逃げてきたと吹聴したアストリーという馬鹿者がいたんです。するとその夜彼の家が燃えて、中にいたそいつも焼け死にました。火の元は酔っ払いが投げ捨てた煙草の吸い殻です。それが地面に落ちていた大量の落ち葉について燃え上がったんです」

 「それは……偶然ではないのですか?」

 ラカムがおずおずと尋ねるとウェステンラはシニカルな笑みを浮かべた。

 「その酔っ払いの家は被害者の近所で、酒場からの帰り道被害者の家の前を必ず通るんです。そいつに酒場で煙草を差し出したのがルスヴンだとしたら?更に子供達にちょっとしたいたずらをするようけしかけたのも彼だとしたら?落ち葉を集めてアストリーさんの家の庭に撒いておこう、というね」

 わたしはいたずらをした子供の一人です、とウェステンラは告白した。


 「アストリーを殺す気などありませんでした。勿論朝、大量の落ち葉に気付いたアストリーはかんかんになるだろうが、その程度の軽いいたずらのつもりでした。あいつは、ルスヴンは人に自覚なしに人を殺させることが出来るんです」

 ケニンゲール達の反応を見て、ウェステンラが更に言葉を続ける。


 「ああ、もしかしてこれだけでは貴方方を呼び出した根拠として弱いですかな?では、この話はどうです?ルスヴンと結婚した花嫁は必ず短命に終わるという話は」


 ケニンゲールはごくりと唾を飲んだ。いよいよ核心に迫るようだ。


 「最初の妻は村娘でした。この教会で式を挙げた後、僅か一ヶ月で亡くなりました。流行り病に倒れたそうです。その後ルスヴンは再婚を重ね、計三人の花嫁が亡くなりました。この時はわたしはもうルスヴンに不信感を持っていました。だから、本来許されないことではありますが花嫁達の墓を暴いたのです。奴は花嫁を毒殺したのだろうと思っていました。その痕跡が遺体に表れているはずだと思いましてね。しかし実際見つけたのはもっと悍ましいものでした」

 ウェステンラはその時のことを鮮明に思い出したのだろう、がたがたと震えて俯いた。


 それきり黙りこくってしまった彼にラカムが続きを促す。

 「それで何を見たのですか?」


 ウェステンラは勇気を奮い立たせて顔を上げた。

 「……噛み傷です。首筋にある大きな噛み傷」


 ラカムは横目でケニンゲールを見た。

 「どう思う?」

 「ああ、間違いない奴らの仲間でしょう」

 ケニンゲールは頷いた。


 「確かに我々の案件の様だ。しかしルスヴンがいたのは貴方が子供の頃の話だ。吸血鬼が今もこの村にいるとでもいうのですか?」

 ケニンゲールは老神父にもっともな問いを投げ掛けた。


 「ええ、おっしゃる通り。ルスヴンは数年この村に住んだ後亡くなり、村の外れに埋葬されました。……しかし最近になってこの村に新しい入居者が現れたのです。ダーウェルという男です。その男はね、ルスヴンに瓜二つだったのですよ」

 「瓜二つ、ですか」

 「ええ、しかもそれだけではないのです。彼は前に住んでいた町で妻を亡くしたそうです。客人を招いて狩りをしていた所誤って猟銃で撃たれたと言っていました。わたしは彼女を撃った男に接触をはかろうとしましたが、既に自殺していました」

 

 ウェステンラは死を悼むように目を瞑った後再び目を開けてハンター達を真っ直ぐ見つめた。


 「──そして、この村でも彼はまた結婚をしようとしているのですよ。英国のウシア・ブラッドレー嬢と」

 

 その名を聞いたケニンゲールは目を見開いた。

 「ウシアだと……?今そう言ったのか!?」

 「え、ええ」

 突然大声を出されてまごつくウェステンラの肩を掴んで揺さぶる。


 「そのご令嬢は今どこにいるんだ!?」

 突然老神父に掴みかかる彼をラカムが慌てて止めに入る。

 「ど、どうしたんだ? やめなさいケニンゲール」

 ケニンゲールは師匠を振り払って叫んだ。

 

 「俺は昨日彼女に会ったんだ!すぐに結婚を中止させないと彼女の身が危ない!」

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