⑦迫る脅威
更に一時間後、サラは今やお守りのようになっている杭を握りしめて部屋の外を警戒した。
──吸血鬼は誰かに招かれなければ部屋に入ることが出来ない。だから君は朝まで部屋でじっとしていて。
屋上で別れる前デトリに言われた言葉だった。
当初サラはツェペシュが襲ってきた所を返り討ちにするつもりだった。しかしデトリは首を横に振った。
「杭で刺した所でただの人間が吸血鬼を殺すことは出来ない。吸血鬼同士も。その手で吸血鬼を殺せるのは唯一、″祝福″と呼ばれる力を持つハンターだけだ。それも必ず昼間でなければならない。日が沈んでいる間は吸血鬼は完全な不死身となる」
「ええっそんなのどうしたらいいの!?」
「落ち着け。吸血鬼の弱点はもう一つある。太陽の光そのものだ。どんな吸血鬼も日の光を浴びれば死ぬ」
ただ向こうもそう早くは襲って来ないだろうとデトリは言った。
「ツェペシュは私のことも始末しておきたいはずだ。きっと夜明けぎりぎりを狙ってくる」
機会を待つんだとデトリは言った。
だからサラはこうして宿に戻ってきたのだった。
ただ朝までツェペシュを招き入れなければ良い。それに外からデトリが外で不審な出入りがないか見張ってくれるという。それなら安心だ。楽観的に構えるサラにデトリは警告した。
「吸血鬼は獲物を仕留めるためそれぞれ固有の力、権能と呼ばれる能力を使う。ツェペシュも君を誘き出すため権能を含めあらゆる手段を講じると思う。油断するなよ」
彼女の言葉を思い出してサラは部屋で一人呟いた。
「大丈夫よ。そんなへまはしないから」
部屋の鍵はオートロック式でチェーンロックもかけてある。
念のためもう一度施錠を確認しようとベッドから降りたその時、背後の窓からコツコツという音がした。
思わず悲鳴が漏れそうになるのを押し殺して、杭を前方に突きつけながら恐る恐る窓辺に寄る。そして深呼吸すると一気にカーテンを開いた。
そこには夜の闇が広がっているだけだった。サラはほっと胸を撫で下ろして杭を下ろした。
警戒しすぎた。大方風で舞った木葉が当たったのだろう。
今度こそドアに向かおうとしたその時、また窓から音がした。さっきよりも強く。
「何!?」
振り返ると窓の外は相変わらずまっ暗闇だった。しかし先程までとは明らかに異なる重苦しい空気が流れている。何かが、いる。
「ようお嬢様。すっかり良い女になったじゃねえか」
しびれを切らしそうになったその時とうとう暗闇の中から声がした。それはツェペシュの声だった。
「まさかここまで追ってくるなんてよ。もう少し賢いかと思っていたぜ」
ツェペシュがせせら笑う。
ここは地上九階だというのに一体どこから話し掛けているのだろうか。
「それはこっちの台詞よ。拍子抜けね。のこのこやって来るなんて。もっと策を弄して来ると思ったわ」
サラは内心の動揺を押し隠し、杭を構え直した。
「なあ、中に入れてくれねえか。これでもお前にした仕打ちは悪かったと思ってるんだよ。子供から親を奪うのは流石にな。まずは腹を割って話そうぜ。な?部屋に入れてくれ」
ツェペシュは今度は猫なで声で言った。
「その手には乗らないわよ!デトリから聞いたわよ!あなたは招かれないと家に入れないって」
ツェペシュがちっと舌打ちする。
「デトリ?あのすかした小娘か!気に入らねえ!見てろ後であいつも……まあ、いい。今は本当に話があって来たんだ。お前にも得な話だぜ」
「得な話?」
「ああ」
微かに笑う気配がした。
「お前が望むならシンチーを甦らせてやってもいい」
サラは耳を疑った。人間を吸血鬼にすることは出来ないとデトリは言っていた。
「そんなっ嘘よ!そんなこと出来ないわ。デトリから聞いたもの。吸血鬼に血を吸われ尽くしたらただ死ぬだけだって」
「他の奴らには無理だ。だが俺は違う。こんな話を聞かなかったか?俺達にはそれぞれ固有の力があるって」
サラはあっと口を手で覆った。そうか、権能。デトリだって吸血鬼の全てを知り尽くしている訳ではないだろう。ツェペシュの権能を持ってすれば父を生き返らせることも可能なのかもしれない。
「でも……」
これは罠だ。これ以上言葉を交わしてはならない。頭の片隅の冷えた所で警鐘が鳴っていた。しかし1パーセントでもその可能性があるならば━━。
サラは気付けば窓の鍵に手を掛けていた。
*
同時刻、デトリはサラの滞在するホテルの前で数人の男女に囲まれていた。彼らの手には角材、鉄パイプ、バール、その他思い思いの武器が握られている。
「おう、さっきぶりだな裏切り者」
中央に立つナナフシの様に細長い金髪の男が笑った。確か酒場でツェペシュの隣に座っていた男だ。
「ヴォイド・ツェペシュの子分か」
この中にツェペシュの姿はなかった。陽動か!デトリはばっと顔を上げた。サラがいる部屋の窓が開け放たれ、カーテンが風に靡いて揺れている。デトリの意識は完全にそちらにとられた。
「馬鹿!開けるなって言ったのに!」
隙を見せた瞬間、あの金髪の男が鉄パイプを振りかぶる。
とっさに避けるとさっきまで立っていた場所に特大の穴が空いた。
「せっかく旦那が俺を頼ってくれたんだ!いいとこ見せねえとなあ!」
男が意気揚々と叫んだ。
デトリはそっと左手首を押さえた。
「ああくそっ!
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