第232話 お話しましょ
ガラガラと職員室の引き戸が開かれ、学生服の少年が廊下へと出てきた。
両津である。
「両津くん!」
個人面談のために廊下に並べられている椅子から、ひかりが思わずぴょこんと立ち上がる。そしてテケテケと小走りに、両津の元に駆け寄った。
「ねぇねぇ両津くん、中でどんなお話してたの?」
「してたの?」
ひかりの言葉にマリエも続けた。
「それがやなぁ」
ひかりとマリエが、首をかしげたまま両津の顔を見つめる。
「雑談や」
「ほぇ?」
ひかりがさらに首をかしげた。
「結構いろんな話したけど、まとめるとただの雑談やなぁ」
両津は右手で頭の後ろをポリポリとかいている。
「こっそりしゃべる!」
「密談」
「マジックショー!」
「切断」
「な〜む〜」
「仏壇」
いつの間にかマリエが奈々の役目を肩代わりしていた。
「なんて言うたらええのか、とりとめのない世間話やった」
「そっかぁ、じゃあ安心だねマリエちゃん。私たち、難しいこと聞かれてもよく分かんないから、てへへへ」
照れる場面ではない。
「あ、そう言えば遠野さんと泉崎さんのダジャレ合戦と言うか、言葉遊びについても聞かれたなぁ」
「なんて?」
「どんなこと言っていたか、覚えてたら教えてねって」
「私、何か言ってたっけ?」
「俺が覚えてるのは……」
「どう考えても、採算が取れているとは思えませんね〜」
「さいさんて何ですかぁ?」
愛理が聞く。
「鼻のところにツノがあるおっきな動物だよ」
ひかりが答える。
「それはサイ!」
奈々が突っ込む。
「サイさん♡」
「ところで、たいきってなんですかぁ?」
愛理が今さらの質問をした。
「お魚の形をしたお菓子だよ。あんことかカスタードクリームが入ってておいしいよ!」
「それはたい焼き!愛理ちゃんが聞いてるのは待機!」
「バチってなんですかぁ?」
「それは太鼓を叩く、」
「それじゃなーいっ!」
「とっても汚い、」
「それは、ばっちぃ!」
「イチか!」
「バチか!」
「バチになったよ?」
「すごいなぁ、宇奈月さんと三井さん、以心伝心やん」
両津の言葉に、愛理がいつものように小首をかしげる。
「いしんてなんですかぁ?」
「それはね愛理ちゃん、数の子さんの親さんだよ」
「それはニシン!」
「コスプレする人の必需品の、」
「ミシン!」
「俺だけは許してくれ〜!」
「保身!」
「明治、」
「維新!」
「両津くん」
「不審!者」
「なんでじゃ〜!」
愛理は逆向きに小首をかしげる。
「でんしんってなんですかぁ?」
「出たなジョーカー!」
「変身!」
「見たこと無〜い!」
「斬新!」
「こりゃ風邪ですなぁ」
「問診!」
「できちゃったぜ、ベイビー!」
「妊娠!」
と突っ込んで、奈々が顔を真赤にする。
そこまで説明して両津はパッと顔をひかりに向けた。
「ボクが覚えてるのはこんなもんや。遠野さんは?」
「な〜んにも覚えてませ〜ん!」
ひかりがうれしそうな笑顔でそう言った。
「ホンマに覚えてへんの?」
「うん!私、そんなこと言ってたかなぁ?」
「言ってた」
マリエの証言だ。
「ほら、マリエちゃんも覚えてるって」
「おかしいなぁ」
ひかりが一段と首をかしげようとした時、職員室から再び声がかかった。
「遠野!職員室に入りなさ〜い!」
南郷の声だ。
「あ、呼ばれちゃった。マリエちゃん、私行ってくるね」
「うん。頑張ってね」
「何を頑張ったらいいのかサッパリだけど、マリエちゃんにそう言われると、私頑張れそうだよ!」
なんやこの会話?
両津は心のなかで苦笑していた。
引き戸を開き、職員室へ足を踏み入れるひかり。
「失礼します!」
引き戸を後ろ手でピシャリと閉じると、ひかりはお得意の敬礼だ。
「緊張せんでええから、まぁそこに座りや」
「はい!」
南郷の言葉に、ひかりは用意されていた椅子に、ぎこちなく腰を下ろす。
ひかりの正面には美咲、その後ろに南郷、陸奥、久慈が座っている。教官ズ&先生が大集合である。
「遠野ひかりです!ポエムとクマしゃんが大好きな17歳でしゅ!最近マリエちゃんのウサしゃん同盟にも参加しますた!」
座ったまま再びの敬礼だ。
「自己紹介はさっき教室でやったやろ」
「そうだっけ?」
「まぁ落ち着いて、山下先生とお話してな」
「了解でありまする!」
やっぱりこの子、おしゃべりに独特の音使いがあるわ。
他人の発する音にも敏感だし。
ここから何か分かるといいんだけど。
「ねぇ遠野さん」
「はいでありまする!」
「両津くんに、遠野さんはいつもダジャレを言ってるって聞いたんだけど、本当?」
美咲の言葉に小首をかしげるひかり。
「私、ぜんぜん意識してないんですけど、奈々ちゃんはいつもそう言ってます」
「泉崎さんね?」
「はい。奈々ちゃんはいつも私に優しく突っ込んでくれるんです」
ひかりの表情はなんだか嬉しそうだ。
泉崎さんが、この子にとってのトリガーなのかも?
美咲は頭の中で、まとまらない仮説をとりとめもなく考えていた。
「あれ?」
その時、ひかりが奇妙な声を上げた。
「どうしたんだ? 遠野」
陸奥が心配気にひかりに視線を向けた。
「遠野さん?」
そう言った美咲を、ひかりがじっと見つめてくる。
「アイくんて、誰ですか?」
そのひかりの問いに、この場にいる全員が驚愕に目を見開いていた。
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