第219話 定期整備

「メインライトとサブライトを点灯するから、チェックよろしく!」

 火星大王の外部スピーカーからの声が、教習用ロボットの格納庫に響いた。

 広い空間にたくさんのロボットが立ち並んでいるこの場所には、生徒全員用のロボットが格納されている。

 コクピットから声を上げた彼の名は蒲田健太28歳。都営第6ロボット教習所整備センターの整備士だ。まるで高校球児のように短く刈り込まれた髪がトレードマークだが、整備士用ヘルメットで今はよく見えない。一見痩せ型のように見えるが、いわゆる細マッチョというやつだ。スリムなようでいて、全身が引き絞られた筋肉に包まれている。

「オッケー!点灯確認!」

 火星大王を外部から確認しているのは健太の同僚整備士・勝浦亮平27歳。健太とは対象的に、ちょっとぽっちゃりとしたタイプである。両手を頭の上に上げ「まる」を作っている。

 二人の着るユニフォームは、濃いブルーの長袖のつなぎだ。作業中に裾が巻き込まれたり引っかかったりしない工夫がされているだけでなく、ファスナーなどの金属部分が隠れるように作られている。おかげで整備中にロボットを傷つけることもない。

「これで終了、っと」

 ひかりたちロボット部の面々にとって今日は突然の休日だ。それは健太と亮平が所属するロボット整備センターにとっても好都合だった。なにしろ、多発するトラブルのために、教習用ロボットの定期整備が遅れに遅れているからだ。このチャンスを逃す手はない。整備チームは一斉に、ロボット部メンバーの愛車の点検を始めたのである。そして健太と亮平の担当が、火星大王なのだ。

 健太は、背中にある搭乗用ハッチの開閉ボタンを押した。

 グゴゴゴと、ちょっときしむような音を立ててハッチが開く。

「まぁ、これだけ古いと、こんな音は仕方がないよなぁ」

 頑丈が取り柄の火星大王であっても、寄る年波、と言うか経年劣化による老朽化はさけられない。だが、ひかりの愛着と愛情で、とても丁寧に使われていた。

「まぁ、暴走するから、部品交換は必須なんだけどなぁ」

 健太はそうつぶやきながら後部ハッチを閉じ、そのまま地面に飛び降りる。

 二階のベランダほどもある高さから身軽るに飛び降りた彼は、スタっと見事に着地した。

「いつもカッチョイイねぇ、健太は」

 亮平が楽しそうにその様子を見ていた。

「亮平もやってみる?」

「ボクがあそこから飛んだら、地面でバウンドしてしまうよ。ボヨンボヨンって」

「そりゃすごい」

 爆笑する二人。

「ちょっとそこの二人!凸凹コンビ!」

 格納庫の入口扉が開き、若い女性が顔を出している。

 素粒子工学専門の整備士、中尾久美子26歳だ。あごのラインよりも少し短い真っ黒なショートヘアがサラサラと揺れている。一般的に短い髪はメンズライクに見られがちだが、彼女の場合丸みのあるシルエットを作り、可愛らしさが演出されていた。

 彼女の専門である「素粒子工学よる整備」は、暴走ロボットの対処において必要不可欠な技術である。この三人はいつもタッグを組み、様々な事案に対応していた。

「デコボコって、とっちがどっちだ?」

「お腹が出てるから、ボクがデコかなあ?」

 のん気な会話をしながら、健太と亮平は久美子へと歩を進める。

「いいから急いで!」

 いったい何だろう?

 そう思いつつ、二人は小走りになっていた。


 静かな会議室である。音といえば、つい今しがたここへやってきた健太、亮平、久美子の身じろぎをする音と呼吸音ぐらいだ。なにしろここは地下である。周辺の騒音は一切聞こえない。

 三人はここへ来るのは初めてだった。地下設備の整備は、また別のチームが担当している。この教習所での仕事は、チームによってしっかりと分担されており、担当以外のことは全く知らされていない三人だった。

「ねえ、ボク地下に入ったの初めてなんだけど、二人は?」

 亮平の質問に、二人は首を横に振る。

「私も初めてよ。結構広いみたいね、ここ」

「オレもだよ。この教習所の大体の概要は聞いてるし、機密保持契約も結んでるけど、地下にはもっと秘密があるっぽいな」

 健太が部屋を見渡しながらそう言った。

 彼らは教習所への派遣時に、日本政府と機密保持契約を結んでいた。

 ここで見聞きしたこと、学んだ技術などは他言無用であると。ちょっとおっかないが、自分の技術を思う存分に使えることと、新しい技術を学べることが彼らのモチベーションになっていた。

 彼らが把握しているここで秘密裏に行われていることは以下である。

 暴走ロボットの研究と、その原因である素粒子の研究。

 新たな時代を切り開く有能なロボットパイロットの発掘と教育。

「地下じゃ、違うこともやってるのかなぁ?」

 亮平が気楽な声音でそう言った。

 その時、会議室のドアが開き、一人の男が入ってきた。

「待たせてすまない」

「センター長?!」

 三人の目が丸く見開かれた。

 それは都営第6ロボット教習所整備センターをまとめる男、清水実47歳だ。浅黒い顔に刻まれたシワが、叩き上げの職人であることの証明である。

「いきなりだが、実は三人に部所異動の辞令が出ている」

 初耳である。通常の部所異動であれば、辞令の数日前に内々の打診がある。いわゆる内示である。だが三人は何も聞かされていなかった。まさに青天の霹靂というヤツだ。

「あの、異動ってどこへ?」

 健太がいぶかしげな視線をセンター長に向けた。

「地下だ」

 再び三人の目が驚きに丸くなる。

「あの、ボクたち地下のこと、何も知らないんですけど、どんな部所なんですか?」

 心配げな亮平の声に、センター長がふむとひとつうなづいた。

「大凪課だ」

「おおなぎか?」

「こんな字を書く」

 センター長はひとつの封筒を取り出すと、デスクの上に置いた。

 その封筒には「大凪課」の文字、そして「極秘」の赤文字が見える。

「君たちには、新しい機密保持契約を結んでもらいたい」

 センター長は、三人の顔を見渡しながら重々しくそう言った。

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