第220話 大凪課
「どう思う?」
健太が亮平と久美子に視線を向けた。
「どうって言われてもなぁ」
亮平は大きなため息をつく。
会議室から、すでにセンター長の姿は無い。
「地下にはもっとすごい秘密があるとは思ってたけど、ちょっとすごすぎよ」
久美子の声色は驚きをこえ、逆に落ち着いていた。
『全てはこの書類に書かれている。もちろんこの異動を拒否してもいいし、ここを辞めることも止めはしない。判断するのは君たち自身だ』
センター長の最後の言葉である。
「まぁ名誉ある仕事だとは思う。でも、俺にこんな責任が負えるのか?」
健太は、普段全く見せたことのない困惑の表情で、センター長が残した書類に目を向ける。
三人が見つめるその書類には、驚くべきことが記されていた。
表紙には担当部所の名前、大凪課(おおなぎか)と、赤文字で極秘と書かれている。
そして表紙をめくって見えてきたその内容は、三人の想像を遥かに超えるものだった。
現在地球は、宇宙からの侵略にさらされている。
侵略者は意思を持つ素粒子「袴田素粒子」だ。
暴走ロボットの原因でもあるその素粒子が、意図的に地球に混乱をもたらしている。
地下の部所「大凪課」は、その脅威についての研究と、対抗策の開発を行なっている。
おおまかな内容は以上である。
「これって国家機密じゃん、とか思ったけど……」
亮平が書類を指差す。
「ここ見て。ほら、灯りに照らしたら透かしが見える」
健太と久美子が、手元の書類を照明にかざした。
確かに何かのマークが見える。
「これ……なんか見たような気が」
「もしかしてこれ、国連宇宙軍の?」
久美子の問いに、亮平がうなづく。
「うん、国連宇宙軍の透かしが入ってる」
「本物?!」
「専門学校時代の同級が、国連宇宙軍でロボット整備士やってるんだけど、このマーク、彼の部屋で見たことある」
健太の驚きに、亮平が落ち着いてそう答えた。
「じゃあ国家機密どころか、国際機密ってこと?」
「そうかも」
会議室が沈黙に包まれる。
健太が再び大きなため息を漏らし、頭をポリポリとかく。
「俺たち、信用されたもんだよなぁ」
「ほんと、こんなデコボココンビなのに」
「それって関係ないでしょ」
再び沈黙のカーテンが会議室に降ろされた。
腕時計が秒を刻む音だけが、カチカチと聞こえている。
亮平は最新のデジタルメカだけでなく、古き良きアナログメカの整備も大好きだ。だからこそ彼の腕時計は機械式なのだ。
「で、どうする?」
「どうするって言われてもなぁ」
健太の問いに、亮平が頭を抱える。
「ねぇ、これって、機密保持契約があるから、両親とか友達に相談もできないわよね?」
「当然。相談するなら、この三人だけでってことになるかなぁ」
健太が残念そうな目を久美子に向けた。
三人がいっせいに大きなため息をつく。
ロボット整備士にとって、今回の話はある意味出世である。
より高度な機密に触れる資格を与えられ、書類によると収入もアップする。
責任ある仕事を任されることに関しては、この場の誰にも異論は無い。ロボット整備士として実に名誉なことだ。だが逆に、負わなければならない責任の重さが計り知れない。この三人が引き起こす何かひとつの失敗が、人類存亡の危機に繋がるかもしれないのだ。そう思うと、心の底から恐怖に震えてしまう。
「でもさ」
亮平がぽつりとつぶやいた。
「この仕事って、誰かがやらなくちゃなんないんだよね、きっと」
高校時代も、そして専門学校時代もそうだった。
選択科目を選ぶ時、まわりは皆ロボット操縦士を選んでいった。
なにしろ操縦士は花形で、整備士は日陰なのだから。
でも亮平は違っていた。必要とされる仕事に上下はない。整備士がいなければロボットの操縦はままならないのだ。だったら、整備士も操縦士も、力を合わせて頑張るべきである。亮平はだからこそ、志望者の少ない整備士の道を選んだのだ。
「なんか、覚悟決めなきゃいけない気がしてきた」
テキパキと物事を進める健太と違い、いつも優柔不断な亮平のその言葉に、残る二人は目を丸くした。
「そうだなぁ、しゃーないか」
亮平の決意の顔を見た健太が、フッと小さく息を吐いた。
「どんくさい亮平を、一人にはできないからなぁ」
あはははと、健太が笑う。
よろしくねと、亮平も笑った。
「ちょっと待ってよ!二人だけで男の友情ごっこやるなんてズルい!私も混ぜてよ!」
「え? 久美子ちゃんも男なの?」
亮平が不思議そうな目を久美子に向ける。
ぶるんぶるんと、首を横に振る久美子。
「そっちじゃなくて、友情の方!」
「あ、そっか」
てへへへと、亮平が頭をかいた。
「彼らは私たちの力になってくれると思うかね?」
雄物川所長は、ロボット教習所整備センターのセンター長・清水実に視線を向けた。
「彼らなら大丈夫でしょう。とても責任感の強い三人ですから」
教習所地下にある対袴田素粒子防衛指揮所で、清水の顔が優しく緩む。いつもはこわもての職人顔の彼には、とても珍しい笑顔である。
UNH国連宇宙軍総合病院の牧村医師からの連絡によると、袴田素粒子のアイが新しい情報を入手したとのこと。それによると、あちらの計画がスピードアップされていると言うのだ。それに対応するためには人員が足りない。そこで、信頼できる者たちを集めることが必要なのだ。今回の措置は、その判断からくだされた。
「他の施設からも人が来るのですか?」
「ああ。世界中の研究機関から人材を集めている。整備系の人材は、君が対応してくれるとありがたい」
「もちろんです」
センター長は、ひきしまった表情でうなづいた。
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