第218話 手紙のあいさつ
『おにいちゃん、ひかりです。
おにいちゃんは元気でやっていますか? 私は途方もなく元気です』
ひかりはいつものように、兄への手紙を書いていた。
「ひかり、こんな所で手紙なの? 後でお部屋で書けばいいんじゃない?」
奈々の疑問に、ひかりが手紙に目を落としたまま答える。
「ううん、最近ドタバタだったから、あんまりお手紙書けてないの。それに、思いついたら吉日って言うでしょ?」
「思い立ったら、よ」
奈々の指摘にひかりが小首をかしげる。
「何が立つの?」
ひかりのひと言に、なぜか両津が反応する。
「そりゃあ男のメンツってヤツや」
「めんつゆ?」
「ちゃうちゃう、メンツ!」
「メンチカツ?」
「ちゃうって!」
「ベンツ?」
「いやいや!」
「パンツ?」
「だから、男のメンツが立つって言うやん?」
ひかりにはサッパリ分からないようだ。
「両津さん、あなたまたエロいこと考えているのではないですか?」
奈央が歯に衣着せぬ言葉を両津に投げた。
「いやいや、そんなこと言う宇奈月さんこそ、エロいこと考えてるやろ!」
「はい、そうですわ」
奈央はこともなげにそう言うと、ニッコリと笑った。
なぜか両津の方が赤くなっている
「宇奈月先輩、大胆ですぅ」
「特撮には明るいお色気も必要なのですわ。なので、ちょいエロはオタクのたしなみです」
「ひょえ〜」
ひかりがわけも分からず奇声を上げる。
「まぁそれはどうでもいいけど、途方もなく元気ってのも、ちょっと変じゃない?」
「そうですわね」
奈々の疑問に、奈央も一緒に首をかしげた。
「途方も無いという表現には、少しですがマイナスの意味が含まれていますわ」
「元気だけど元気じゃないってことですかぁ?」
愛理もかわいく小首をかしげた。
ここは都営第6ロボット教習所の学食だ。丸一日休みとなったひかりたちだが、ロボット部の活動として、部室代わりの学食に集合しているのだ。
『おにいちゃん、マリエです。私もとてつもなく元気です』
「マリエちゃんも書くんかーい!」
ひかりの手紙の続きを書き始めたマリエに、奈々が立ち上がって突っ込んだ。
「みんなも書いて書いて!おにいちゃんにみんなを紹介したいな!」
ひかりはそう言うと、楽しげにぴょんぴょんしている。
マリエが手紙とペンを、隣の奈央にまわした。
『遠野さんのお兄様、初めてお目にかかります、宇奈月奈央です』
「お目にかかってないから!」
『わたくしも、度肝を抜くほど元気ですわ』
『愛理ちゃんでぇ〜すぅ!私も、バチクソ元気ですぅ!』
「どこの方言よ?!」
『野沢心音よ。お兄ちゃんの妹になってあげてもいいんだからね!』
「なれないから!」
『館山大和です、僕は弟になりたいです』
「こっちもなれないから!」
『ジョニーだぜベイビー!オレのことはマイトガイと呼んでくれ!』
「いやよ!」
『両津良幸です。いつもひかりさんにはお世話になってます。ほんで、とても元気です』
「普通。面白くない」
「これ、いつから面白さを競ってるんや?!」
両津が悲鳴を上げた。
「ねぇ、奈々ちゃんも!」
ひかりが奈々に手紙とペンを渡す。
少しの逡巡の後、奈々は手紙にあいさつを書き始めた。
「えーと……泉崎奈々です。ひかりさんの親友やらせてもらってます」
その言葉が終わる前に、ひかりが奈々に飛びついてきた。
「うきゃーっ!奈々ちゃん、大好き!」
「私も大好き」
棒読みセリフの後、マリエも奈々に飛びつく。
え? これって、みんなでやる流れか?
両津が首をひねっている。
「わたくしも泉崎さんのこと、たいへん好ましく思っていますわ」
「私はずっと前から大好きですぅ!」
奈央と愛理も奈々に抱きついた。
どうすべき? と思案する両津は首をひねり、心音と大和に視線を向けた。
「私は大和のこと、好きでいてあげてもいいんだからね!」
「ありがとう」
なぜかこっちは二人でセルフ完結しているようだ。
しゃーない、オレもやっとくか。
そう思い、両津が奈々に抱きつこうと動き始める。
だがその瞬間、頬に奈々の伸ばした右腕が食い込んだ。奈々パンチである。
「あんたはいいの!」
「痛ってぇ〜」
奈々パンチをくらった両津の耳に、押し殺したような笑い声が届いた。
正雄だ。彼は少し離れた場所で、ニヤニヤと笑顔を見せている。
「両津くん、判断ミスだぜ、ベイビー」
「そう思ったら止めてくれよぉ!」
「オレが止めるのは暴走ロボットだけさ!」
正雄の白い歯が、キラリンと輝いた。
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