第217話 閑話・職員室3
「お茶でもいれましょうか?」
昼食を終えた南郷、久慈、陸奥の3人がくつろぐ職員室に、久慈教官の声が優しく響いた。
「あかんあかん!久慈さんにそんなことさせたら俺、雄物川さんにめっちゃ怒られてまうわ」
あわてて立ち上がろうとする南郷に、陸奥が呆れたような顔を向ける。
「そんなこと言って南郷さん、また紅茶頼んでもコーヒーいれるつもりじゃないんですか?」
「あら、バレましたか」
右手を頭の後ろに回し、カッカッカと笑う南郷。
「大丈夫です。ちゃんと紅茶のティーバッグがありますから」
「え?!久慈さんが買うて来たんですか?!」
久慈の言葉に、南郷がちょっと驚きの声を上げた。
「いえ。所長室横の給湯室から、ね」
久慈がペロッと可愛く舌を出した。
「それや!」
南郷の勢いに、久慈も陸奥も目を丸くする。
「そのギャップや!それに生徒たちはメロメロなんや!特に両津くん!」
「ギャップですか?」
久慈の疑問に、南郷が勢いよく答える。
「普段の大人っぽい久慈さんがたまに見せる子供っぽい仕草!まさに小悪魔じゃーっ!」
「はいはい、じゃあ小悪魔が紅茶をいれてきますね」
久慈はクスクスと笑いながら、職員室の給湯スペースへと向かった。
「しかし南郷さん、昨日は大変でしたね」
陸奥の声が少し低くなる。
校外学習のことだ。
生徒たちを引率して東京ロボットショーが開催されているビッグサイトへ向かった南郷は、国際テロ事案に巻き込まれてしまったのだ。しかもロボットに搭乗し、テロ組織のアイアンゴーレムと戦闘まで行なった。南郷にも生徒たちにも、怪我一つ無かったのは奇跡に近かったのかもしれない。
「ロボットもやけど、一番ビックリしたのは三井さんやなぁ」
「メイドの?」
「そう。黒ずくめの男たち五人を、一人でやっつけてしまいよった」
「見たんですか?」
「いや、宇奈月くんと伊南村くんから聞いただけや。でも、トンファー使って、バッタバッタと、って感じやったらしいで」
南郷が、よく分からない空手のような動きをする。
「すごいですね」
「さすが、宇奈月グループが寄こしてきた護衛やで」
「で、その男たちは?」
「機動隊のトクボが連れて行きよった。何か分かるとええんやけどなぁ」
「そうですね。例の誘拐未遂事件もまだ未解決ですからね」
その時久慈が二人のもとに戻ってきた。
「ちゃんと紅茶ですよ」
お盆から、ソーサーに乗ったティーカップを各人の机に置いていく。
15センチ角のボックスにはいくつかのスティックシュガーと、ミルクの代わりにコーヒーフレッシュが入っていた。
「レモンは無かったので」
そう言ってやさしく微笑む。
「すんまへん!」
「ありがとう」
南郷と陸奥は、久慈に礼を言ってカップに手を伸ばした。
「お!フレーバーティーですな」
「ええ。知り合いが、アールグレイがとても好きなので」
その言葉に陸奥は、口に含んでいた紅茶を危うく吹き出しそうになる。
ゴホッと、少しむせてしまう陸奥。
「陸奥さん、大丈夫でっか?」
「ええ、ちょっと……」
言いよどむ陸奥を見て、久慈がちょっと楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「そう言えば、袴田教授のところ、またすごいもん開発したらしいですな」
「ああ、それなら私も聞いてます。ついにY素粒子を見つけるセンサーができたって」
久慈が安堵のような表情を浮かべた。
「そうですね、でもまだ100%発見できるレベルではないそうです」
「そうなんですか」
陸奥が肩をすくめながら苦笑する。
「どうやらあと一歩、とのことです」
「頑張ってもらいたいもんやなぁ。それがあれば、アレのことももっとよく分かるかもしれへん」
南郷が床の方向を指差しながらそう言った。
「とりあえず、人体にY素粒子が感染するかどうかを、国連宇宙軍総合病院の牧村先生と調べてみるそうです」
「うまくいくといいですね」
三人は同じタイミングで、紅茶をひと口すする。
「ところで、生徒たちは大丈夫でしょうか?」
久慈は心配顔だ。
「まぁ、今日は休みにしたから部屋でのんびりしとるやろ、多分」
ひかりたちテロに巻き込まれた面々は、今日は休日になっていた。
巻き込まれ体質とはよく言ったもので、この教習所に来てからの彼らは、何度もトラブルに遭遇している。
「運が悪いと言うんかなぁ」
「でも」
陸奥がカップをソーサーに置き、真顔で南郷と久慈を見つめた。
「事件に巻き込まれるのが、決まってパイロット候補のメンバーだと言うことに、何か意味があるのかもしれませんね」
「偶然やと思うけどなぁ」
「思いたいですね」
職員室の空気が、少し重くなった。
「ほな、報告会いこか!」
学食に両津の元気な声が響いた。
「東京ロボットショーで何があったのか?! 各自、どんなロボットを操縦したんか?! その大発表会じゃー!」
生徒たちは、おとなしく部屋で休んではいなかった。
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