第208話 トンファー
トンファーを構え、四人の男たちをにらみつけていた良子が、突然両腕を外側に大きく振るった。
ジャキン!
金属のような音を響かせて、30センチだったトンファーの長さが45センチほどに伸びた。
二段の伸縮式だったのだ。
良子が使っているトンファーは、アメリカのモナドノック社製である。アメリカ合衆国警察で、警棒として正式採用されている代物だ。金属よりも強い強化プラスティック「ポリカーボネイト」を素材とすることで、刃物で斬りつけられても容易に受け止めることができる。その上軽くて扱いやすい。
「伸びたですぅ!」
愛理が驚きの声を上げた。良子を見る目が、真ん丸に見開かれている。
「三井さんが沖縄で沖縄空手、と言いますか琉球古武術を学んでいる頃に、知り合いの海兵隊員さんからオススメされた逸品だそうです」
「いっぴん!」
トンファーの構えは、握り部分を持った状態で、自分の腕から肘を覆うようにそわせるカタチだ。それを空手の技のように突き出して攻撃したり、トンファーで攻撃を受けつつ空いている足で蹴りを繰り出すトンファーキック等、実に多彩な攻防が可能だ。また、長い部位を相手に向けて棍棒のような攻撃も可能な上、手首を返すことで半回転させ瞬時に棍棒の方向を切り替えたり、回転させた勢いで相手を殴りつける、なんてことも可能だ。使いこなせれば、自分の腕の延長として使える、他の武器とは一線を画した存在となり得るのがトンファーなのだ。
ちなみにアメリカ警察ではSide Handle Baton(取っ手付警棒)とも呼ばれ、逃げる犯人の足をめがけてブーメランの要領で投げる手法もよく行われている。「警棒投げ」と呼ばれる、犯人逮捕の強力な手法だ。
「愛理ちゃん、このスキにわたくしたちは動かせそうなロボットを探しましょう」
「了解ですぅ!」
「三井さん、後は頼みました!」
一瞬奈央の目を見た良子が、小さくうなづいた。
「あかん!あいつの動き、サッパリ見えへん!」
その頃両津たちは、UCダンガムの動きに翻弄されていた。
狙いを定めてライフルを撃っても全く当たらない。それどころか、ヒザを曲げる等の予備動作無しにジャンプしたり、予想外の方向に歩を進めたりと、UCの次の動作が全く予測できないのだ。
その動きは、まさに「忍者」だった。
身のこなしが軽い、どころではない。不思議な体術を使って、縦横無尽に予想外の動きを連発している。いや、相手はロボットだ。操縦者の体術をそのまま再現できるはずはない。だが今のUCは、そうとしか思えない謎の動きをしている。
「これじゃあ攻撃できないぜ!」
さすがの正雄も、その表情にあせりの色がうかがえる。
その額には、うっすらと困惑の汗が浮いていた。
ただ正雄たちの初代ダンガムは、UCからの攻撃をかろうじて防いでいた。
索敵に専念している大和が、予想外の方向から繰り出されるUCのビームサーベルによる攻撃を、コンマ何秒の差で発見し回避コマンドを正雄のコンソールに送り続けているのだ。それに動物的な反射で反応する正雄が、ダンガムの盾「ダンガムシールド」で受け止める。その繰り返しの攻防が続いていた。
『本当に素晴らしい動きですねぇ』
「ありがとうよ」
UCのパイロットと正雄が、攻防の一瞬の間で会話する。
『やはり、名のあるパイロットなのでは?』
「俺の名はジョニーさ!」
『ジョニーはマイトガイでしたっけ?』
「それはあだ名さ!』
両津には、いつものように正雄に突っ込む余裕は無かった。少しでも相手のスキを見つけることができれば、再びライフルの模擬弾をぶち込む込ことができるのだ。そのために、常にUCのコクピット部にライフルの照準を合わせ続けている。
「奈々キィーーーーック!」
突然の乱入者である。
ひかり、奈々、マリエが乗るニュー火星大王がUCに飛び蹴りを仕掛けたのだ。
ニュー火星大王の右足が、何もない空を切る。足がついた地面を蹴ってバク転一回、スチャッと着地するニュー火星大王。
「奈々ちゃん、ポップコーンが消えちゃったよ!」
「それを言うならユニコーン!」
その時、初代ダンガムの外部スピーカーから大和のあせった大声が響いた。
「後ろだ!」
反射的に身をかがめるニュー火星大王。つい今までその頭部があった空間を、ブンと音を立ててUCのビームサーベルが通過した。ビームサーベルと言っても、実はビームや光子のサーペルではない。現代の技術では、まだビームをサーベル状に保持することはできないのだ。あくまでも今回のショーのために作られた疑似ビームサーベルで、金属製である。だがその一撃をくらえば、自家用ロボットでは廃車はまぬがれないだろう。
「あぶなっ!」
「うひゃひゃ〜」
ひかりの変な声を聞きながら奈々は、左ハンドルのスイッチ操作と共に左のペダルを思い切り踏み込む。後退の司令を受けたニュー火星大王のAIが、オートバランサーを働かせながらジャンプでバック、それを操縦レバーの操作で微妙に調整する奈々。
『おや、あなたの操縦もなかなかのものですね』
UCの外部スピーカーから、楽しそうな男の声が響く。
「こっちは二台よ!もうかんねんしなさい!」
「いいえ、三台ですわ」
展示棟の出入り口から、もう一台のロボットが現われた。
「宇奈月奈央と!」
「伊南村愛理!」
「参上!」
「ですぅ〜!」
これで三対一となった。
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