第207話 通信抑止装置

「お嬢様、いえ奈央さんはどちらに?」

 宇奈月奈央付きメイド兼ボディーガード、三井良子が東京ビッグサイトのフードコートに到着した。ビッグサイトでは多くの飲食店が営業しているが、中でもフードコートは422席を誇る大型レストランだ。クリスマスを思わせるほど大きなチキンの照り焼きが乗ったカレーは、子供から大人まで老若男女に大人気である。良子が声をかけた時、南郷はそのチキンを大口を開けて頬張ろうとしていた。

「あ、三井さんか」

「はい、只今到着いたしました」

 くるぶしまであるモスグリーンのスカートが特徴のメイドが、南郷にゆっくりと頭を下げる。もちろんここでは、エプロンとホワイトブリムは付けていない。ホワイトブリムは、作業中に髪の毛が邪魔にならないように押さえるためのヘッドドレスだ。おかげで今の良子は、単に地味な女性のように見える。

「生徒たちはお昼の12時に、ここに集合することになっとる」

「では、わたくしもここで待たせていただいてよろしいでしょうか?」

「もちろんや。ところで、探しものは見つかったんか?」

「はい。わたくしが修行時代に使っていたものが、奈央さんの実家に保存されていました」

「でも三井さん、手ぶらみたいやけど?」

 不思議そうに良子を見る南郷に、彼女はフフッと小さく笑った。

「ないしょです」

 奈央の警護を盤石なものにするため、良子は沖縄空手の修行中に使っていた道具を探しに奈央の実家に戻っていたのである。

 その時突然、フードコートに警報のようなサイレンが響き渡った。

『暴走ロボット事案が発生しました。来場のお客様は、すみやかに駅方面へ避難してください!繰り返します。避難してください!これは訓練ではありません!』

 がなり立てる店内スピーカー。

「なんやて?!」

 口へ運ぼうとしていたカレースプーンを放り出して、南郷が勢いよく立ち上がった。

 良子は奈央へ電話をかけようと、スマホを取り出す。

「圏外?!」

 その言葉に、南郷が目を丸くした。

「いやいや、東京ビッグサイトで圏外は無いやろ」

 そう言って自分のスマホに目をやる。

「ホンマや!俺のスマホも圏外になっとる!」

 南郷と良子の胸に、嫌な予感がよぎる。

 フードコート内には、予想外の出来事にあわてる来場者たちの混乱が広がっていた。急いでこの場から立ち去り、駅を目指す者。何が起こっているのかを確認しようと、展示棟へと目をやる者。誰かに連絡を取ろうと、スマホをいじっている者。泣き出してしまった子供もいる。

「これって、ただの暴走事故とはちゃうかもしれんな」

「どういうことでしょう?」

「この場所が圏外になるなんておかしいやん。誰かが意図的に携帯の電波を妨害してるのかもしれへん」

 通信抑止装置というものがある。携帯電話が使用するのと同じ周波数帯の電波を発射することで、それを設置した周辺での通信を妨害する装置だ。これが設置されると携帯電話は圏外の状態になり、発信も着信も出来なくなる。具体的には、コンサートホール、劇場及び演芸場などで使われることが多い。だがこの装置の使用には免許が必要であり、設置場所にも制限がある。それがビッグサイトのフードコートにあるとは思えない。

「奈央さんは?!」

「ロボット部のみんなで東展示棟に行く、言うてたな」

 南郷がそう言い終わらないうちに、良子が全力でその場から飛び出した。ロングスカートとは思えないダッシュである。

「こらヤバいな」

 南郷も良子を追って駆け出した。


「宇奈月先輩、ニュー火星大王が動き出したですぅ」

 愛理が指差す方向に目を向けた奈央の視界には、ゆっくりと立ち上がる新型火星大王の姿があった。他の新型ロボより少しだが角張ったデザインのそれは、無骨さの中にも現代風の洗練されたセンスが垣間見える。

「あら、泉崎さんと遠野さん、おニューで何をするつもりなのでしょう?」

 両津たちの機転でここまで逃れてきた奈央と愛理である。とりあえずここまで来れば、あのライフルで銃撃されることはないだろう。落ち着いて状況を把握しようとしていた奈央だったが、ひかりたちの火星大王が、再びUCダンガムの方角に歩き始めたのを見て目を丸くしていた。

「戻って行きますわ」

「もしかして、両津先輩たちを助けに行くのかな?」

 愛理の言葉にハッとする奈央。

「なるほど。多勢に無勢状態を作った方が、コスパがいいかもしれませんわね」

「たぜいにぶぜいって何ですか?」

「相手が多人数なのに対して少人数なので、勝ち目がないと言うことを意味する言葉です。つまり、UCは一台ですから、何台かでかかれば私たちにも勝ち目はある、ということです」

「じゃあ?」

「私たちも動くロボットを探しましょう」

「それがいいですぅ!」

 まわりを見回す奈央と愛理。だが、その目に入ったのは数人の男たちだった。

 全員真っ黒なスーツ姿だ。黒のパナマハットをま深かにかぶっているため、その表情は読み取れない。

「宇奈月奈央だな。俺たちと一緒に来てもらおう」

 男の一人が、ドスのきいた低い声でそう言った。

「先輩、また誘拐犯が出たですぅ」

「そのようですわね」

 男たちの数は五人。輪になって奈央と愛理を包囲している。

 そしてジワジワと包囲網をせばめて来る。

「まずいですわ」

「まずいですぅ」

 包囲の輪の直径が数メートルにまで縮まった時、五人の男は動いた。いっせいに、同時に二人に飛びかかったのだ。

「やめなさい!」

 その声が聞こえたと同時に、五人のうちの一人が吹っ飛んだ。

 何が起こったのかが分からず、硬直して動きを止める残りの四人。

「三井さん!」

 そこには三井良子が立っていた。

「奈央さん、遅れてすいません」

「いいえ。三井さんなら、きっと間に合ってくれると信じていましたよ」

「ありがとうございます」

 こんな状況なのに、良子はニコッと嬉しそうな笑みを見せた。

「ふざけやがって!」

 気がつくと、四人の男たちはその手に短刀を握っていた。吹っ飛んだ一人はまだ意識が戻っていないらしく、数メートル先でのびている。

 良子が奈央に視線を向ける。

 うなづく奈央。

「分かりました」

 そう言うと良子は、スカートのひだに手を這わせる。次の瞬間、どうやって収納されていたのか、その両手に不思議な道具が握られていた。約30センチほどの長さの棒、その片方の端近くに握りになるよう垂直に短い棒が取り付けられている。トンファーだ。

「先輩、あれは何ですかぁ?」

「あれはトンファーですわ。三井さんの得意な武器です」

「カッコいいですぅ!」

 良子はトンファーを構え、四人の男たちをにらみつけた。

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