第206話 ニュー火星大王

「うわ〜!とっても広いよ、奈々ちゃん!」

 ひかり、奈々、マリエはロボットのコクピットにいた。

 両津たちの機転により逃げる機会が訪れた観客たちだったが、その途中でひかりがこう言ったのである。

「奈々ちゃん、両津くんたちを置いて逃げられないよ」

 ひかりの真摯な瞳に少し驚いた奈々だったが、すぐに笑顔になった。

「ひかりらしいわ。まぁそうよね。マリエちゃんはどう思う?」

「私もひかりと同意見」

「でも、どうしたらいいんだろ、奈々ちゃん」

 腕を組んで考え込む奈々。

「ヒトガタが暴走した時のこと、覚えてる?」

「うん、クワガタ」

「ヒトガタだから」

「それで?」

 マリエが奈々の目をのぞき込む。

「あの時、先生方が戦ってる時、私たち後方支援したじゃない?」

「おこずかいあげたかなぁ?」

「それは経済支援!えーとね……遠くからみんなでヒトガタに石とか投げたじゃない?」

「投げた!投げた!」

「あれなら、ここに展示されてるロボットでもできるかもしれない」

「すご〜い!奈々ちゃん天才!」

 そして現在、三人は会場に展示されていた新型ロボットに乗り込んでいるのだ。

 しかも、ニュー火星大王に、である。

「運転席、私の火星大王さんの倍ぐらい広いよ」

 ひかりがコクピットを見回して目を丸くしている。

「そうね。しかもこの新型、二人乗りみたいね」

 運転コンソールの前にはベンチシート、そこにふた組のシートベルトが取り付けられている。

「すごーい!ニュー火星大王さん、進化してる!」

 運転席の天井はひかりの身長より低いというのに、彼女は身をかがめたままぴょんぴょんしている。それにつられてマリエも、無表情のままぴょんぴょんとはねていた。

「とにかく座りましょう。運転は私でいい?」

「もちろん!奈々ちゃんが運転手なら地獄行きだよ!」

「ほめてないでしょ!」

「天国行きでも、ほめることにはならない。日本語って難しい」

 マリエがボソッとつぶやいた。

「ひかりとマリエちゃんは助手席で、ひとつのシートベルトを一緒にシメてね」

「アイアイサー!」

 運転席はベンチシートの右側だ。奈々が座るその前に、運転用の操作系が集中している。一方ひかりとマリエの正面には、ダッシュボードのような棚が備わっていた。

「マリエちゃん、もっとくっついて」

「分かった」

 ひかりとマリエが思いっきり密着する。

 カチッと音がして、苦労していた二人のシートベルトが固定された。

「船長!準備オーケーでさ!」

 ひかりが奈々に敬礼する。

 だが、奈々からの返事は無い。さっきからずっとキョロキョロと周りを見渡している。

「奈々ちゃん?」

「あのねひかり、展示車だから大丈夫だと思ってたんだけど……エンジンキーが刺さってない」

「ええーっ?!」

「ダッシュボードにも置いてないみたいだし、これダメかも」

「トホホのホ〜」

 ひかりががっくりと肩を落とす。両津のことはもちろんだが、ひかりは火星大王の新型に乗ってみたかったのだ。

「他のロボットを探しましょう」

 奈々がシートベルトの留め金に手をかける。

「奈々ちゃん、ちょっと待って!」

「ひかり?」

 ひかりがマリエに視線を向ける。マリエはそれを見返してちいさくうなづいた。

「奈々ちゃん、私たちで新型さんにお願いしてみる」

「この機体とも、おしゃべりできるの?」

 奈々が驚きで目を丸くする。

「わかんないけど、やってみる価値はあるかなぁって。ね、マリエちゃん?」

「うん。私はひかりと同意見」

 一瞬逡巡を見せた奈々だったが、すぐに二人に賛同した。

「そうね。今からまた次のロボットに乗り込むのは時間がもったいないわ」

「コスパ!」

「ひかり、マリエちゃん、やってみて」

 大きくうなづくひかりとマリエ。

 二人は目の前のダッシュボードに両手を当て、ゆっくりと目を閉じた。

 そして数秒間の沈黙が続く。

 その時突然、運転席内に大音量で音楽が流れ始めた。


♪ボクのおうちに再び王者がやってきた〜!

 その名はニュー火星大王、正義のロボット〜!

 新型マーズキングっ! おぅ、おぅ、おぅ!


 ニュー火星大王のCMソングだ。

「始動のたびに、この曲が流れるの?」

 奈々が少し嫌そうに眉を寄せる。

 ひかりとマリエは楽しそうにカラダを揺すっている。

「奈々ちゃん、眉毛が三角になってるよ?」

 ひかりにそう指摘された奈々は、あわてて眉間から力を抜いた。

 ふぅ〜っとひとつため息をつくと深呼吸。

「さぁ、行くわよ」

 奈々は左右の運転バーを、ぐぐっと手前に引き寄せた。

 片膝を付いていた新型がゆっくりと立ち上がる。

 その背後の巨大なネオンプレートには、「ニュー火星大王」の赤い文字が踊っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る