第二章 革命の始まりへ向かって
久しぶりの安息
「アリア様、もう大丈夫です」
その声とともに、わたしとクリスの頭上を覆っていた布が取られて、視界がまぶしくなる。
わたしが見上げると、一日半ぶりに見る、マゼロン侯爵家の大きな屋敷が正面にあった。
……良かった。戻ってこれた。
安堵の念を抱きながら、わたしはアンに手を引かれて荷車から外に出る。
この荷車は、わたしを運ぶために兄とアンがあらかじめ準備していたものだ。
わたしを見つけたら、荷車の中に入れて布で隠して、平民に悟られないようにしてここまで運ぶつもりだったという。
結果、その通りうまくいった。
ただし、荷車に乗っているのはわたし一人ではなく……
「アリア! 無事だったのか! ……ん? ポーレット、その男は誰だ?」
玄関に出てきたお父様が、兄が荷車から引っ張り出したクリスを見て声を上げた。
「……ん? ここは……?」
「ここはマゼロン侯爵家の客室。あなた、気を失ったのよ」
家の使用人の一人が治癒魔法をかけると、程なくしてクリスは目を覚ました。
「……お前、無事だったのか」
「ええ。何とか誰にも見つからずにここまでたどり着けたの」
「よし。あんた、アリアと何をしてたんだ? 全部話してもらおうか」
わたしとクリスの会話を遮って、兄がクリスにずいと近寄る。
「……アリアの、兄……でいいのか?」
「ああそうだが。しかしあんた、うちの妹と随分仲良さげだな? どこかの家の子息……か?」
「……今疑ったな、あなたは見た目で人を判断するのか」
ぷいと横を向くクリス。
「別にそういうわけでは……というか初対面の人にそんな態度を取らなくても」
「待ってください。彼には見覚えがあります」
兄の言葉が今度は遮られ、部屋の後ろの扉から入ってきたのはマゼロン侯爵。
「……あなた、ニッペン商会のクリスでは?」
「……ああそうだ」
えっ。
……クリスは、わたしや兄を通り越して奥に立っているマゼロン侯爵をじろりとにらみつける。
「やはりか。ちらりと顔を見たことしか無かったが、いかにしてアリア嬢と接点を……」
「侯爵様、なぜクリスを……?」
「マゼロン侯爵は革命に対しては協力的だからな。こちらの代表との会合に何回か出席してくれていた」
「確かあなた、周辺警備をしていましたね」
コクリとうなずくクリス。
「彼は優秀な隠密です。ポーレットさん、彼が我々に対して不利益なことをするとは考えにくい」
「……そうですか。アリア、本当か?」
「うん。むしろクリスは、わたしの面倒を見てくれたの」
***
わたしは、クリスに助け出されてから今まで何があったかを全て話した。
「……な、なるほど……とりあえず、妹を保護してくれたことには感謝する」
兄は、顔を少し赤くしながら、バツが悪そうに頭を軽く下げた。
「しかしあんたにとって、貴族は敵になる……のではないのか? なぜ妹を素直に保護したんだ?」
「もちろん、敵になりそうな貴族だったら有効活用するつもりでいたさ。人質にできれば、交渉のカードとして非常に強力だ。しかもそれが労せず手に入るところだったからな」
クリスは相変わらず、目の前にいる貴族に対して下手に出たり、様子を伺ったりすることはしない。変わらない、この物言い。
「でも、アリアはそうではなかった。俺に対して抵抗することもなく、身分を主張することも無かった。……なんというか、あまり貴族っぽく無かったんだ」
「そう、なのか……?」
「なるほど、確かにそうかも知れませんね」
いつの間にか部屋に入ってきたアンの声がする。
「……まあ、後から理由は色々付けられるが、結局のところ直感なんだけども」
……直感?
「ふっ……そうか。我が妹の可愛さに目がくらんだか」
「いや、そうでは……」
何言ってるんだこの兄は。クリスもとっとと否定してくれ。
「……とにかくクリス、あなたは身体が回復したら、ニッペン商会に戻っていただきます。……わかっているんですよ。あなた方がマゼロンを完全には信用してないこと」
「……そうか」
クリスはマゼロン侯爵を睨みつけたまま答える。
「外は……相変わらずか」
「はい。宮廷貴族や王家に近い貴族は、ほとんど王都を脱出しているようです。郊外の方では住民に襲撃され、一切を略奪されたと思しき貴族や使用人の遺体も見つかってます。……あなた方の革命は、成功しつつある」
「ふん。……むしろ本番はこれからだ。今はまだスタートラインにも立っていない」
……そのクリスの言葉は、どこか悲しささえ覚えるような、小さな声だった。
***
「アリア嬢も戻ってきたことですし、改めて今後について話し合いしましょうか。ポーレットさんもお願いします。……おい、誰か部屋に残って彼についてやれ」
部屋を出ようとしたマゼロン侯爵が、使用人たちに向かって声を上げる。
「なら、わたしが」
「私めで良ければ」
……えっ。
わたしとアンの声が重なった。
「ダメです。アリア様の御手をわずらわせるわけには……」
「いえ、アン。わたしなら大丈夫よ」
「俺のことが心配なら、二人共残れば良いだろ」
「良いじゃないか。アンもアリアも、そこまで主張するとは珍しい」
……クリスと兄の言葉で、結局部屋にはベッドの上のクリスと、わたしとアンが残された。
「……二人共物好きだな。俺なんかのために」
「……まあ、あなたのことが心配ではあったし……」
多分、わたしがここに残る義理は無い。
でも、気にならずにはいられなかった。
それに……
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