第20話

 そこから話したのはギビル達に半殺しにされた事、その俺を助けてくれたのが彼女である事、そこから稽古を森の中でした事……それらを嘘にならない程度に伝えた。まぁ、含みは持たせたから誤解はされると思うが、それは俺のポリシーに違反しないからいい。


 そして今日は彼女からもう一度、稽古をつけて貰うために森に行った。その中で戦闘訓練を積むためにオーガと戦ったが少し興奮したメイジーの手によって多くが狩られてしまった……という事にしたよ。当たり前だけど話した内容の中では嘘は無い。




「なるほど、放浪者か」

「はい、それも身分証明書すら無い曰く付きの放浪者ですね。その分だけ能力に関しては……恐らくSランクの域を超えるでしょう」

「確かに曰く付き……いや、リヒトがいるなら大丈夫か」


 その自信は……って、それも当然か。

 俺の話になった途端に威圧的な様子を見せてきたメイジーの姿からして、その関係がただの師弟とは思わないだろう。そこら辺はアンでさえも軽く見抜いていた部分だ。リヒトと仲が良かったドリンが察しないわけも無い。


「分かった。嬢さんの仮身分証明書も俺が書いてやる。ただ効力は一週間しか持たないからな」

「それに関してはアテがあるので大丈夫です」

「……だろうな。今日少しだけ話をしたが、あのブラッドゴリラがリヒトに冒険者位を与えられると喜んでいた。リヒトが冒険者になれば嬢さんも冒険者にさせられるだろう」


 そう、そこが一番の狙いだ。

 ドリンという俺を信用してくれている兵士から仮の身分証明書を作ってもらい、冒険者となった俺が従魔達の正当な身分証明書を作っていく。メイジーやアリスが高ランク冒険者になったらドリンも必要が無くなってくる。


 そこら辺まで行けたら……俺は冒険者を引退して商人にでもなろうかな。冒険者のような腕っ節だけで名を売ってしまうよりは、強さを隠したまま人並み程度の地位を貰える役職に就いた方が楽でいい。稼ぐ手段だって……従魔を利用すれば難しくは無いはずだ。


 ドリンには感謝しないといけない。

 だから、あえてこう言わせてもらおう。


「それ、アンさんにそのまま伝えておきますよ」

「おっと、勘弁してくれ。そんな事をされたら報奨金が全てゴリラの酒に変わってしまう。リヒトに奢ってやれなくなるがそれでもいいのか」

「それは……困りますね……。そうだ、相子の条件として、彼女の事を詳しく話さない代わりに今の話は俺達の中に収めておく……それでどうですか」

「おう、分かったぜ。まぁ、言い訳に関しては俺に任せておけよ。多少は嬢さんに話が行くだろうが面倒事にならないようにしておくからな」


 まぁ、最初から話しはしなかっただろう。

 きっと、俺とメイジーの事を適当にはぐらかした上で報告していたはずだ。単純に俺の意向を考えてだろうし、俺や放浪者では信憑性も薄いからっていうのもありそうだな。ただ、ドリンは確実に俺の邪魔になる事はしないだろう。


「貴方、悪い人では無いのね」

「悪い人……の基準が分からないがギビルのような人でなしでは無いな。弟のように思う子供や、その子の想い人に対して下手を打つ気なんて少しも無い」

「……そう、それなら良かった。その気持ちが変わらないのならリヒトと仲良くしてあげて。彼が少しでも傷付いた時には……私が何をしてしまうか分かった事じゃないもの」


 メイジーは意味深そうに笑顔を見せた。

 ただ……確かに元の亮太に対して執着とも呼べる忠誠を誓うような存在だ。リヒトとなった俺が何か不利益を被れば街へ攻撃を仕掛けたとしても何も不思議じゃない。


「おー怖い怖い。だが、脅しとしては十分だな。俺の出来る限りで、とは続けるが約束を守らせてもらうよ」

「それでいいわ。一介の兵士に能力以上の事を望みはしないもの」

「はぁ……俺の知り合いを悪く言わないで欲しいんだけどな。少し雑なところはあるがドリンさんは俺の兄貴のような存在だ。一介の兵士と括られては少し苛立ちすら覚えるぞ」


 実力は抜きにしても価値としては高い。

 それは兵士としてでは無く、大切な友人としてドリンをただの兵士と纏められたく無いんだ。亮太ではなくリヒトが彼を大切に思っている。リヒトがリヒトとして悪名を立てずに生きられたのは彼の存在が大きい。それを……一介の兵士だと。




「分かっております。今のは一種の礼ですよ。本音を言えば私達は高々、普通の人間相手に話をするのすら拒みたいのです。……貴方は気が付いているようですけど」

「はは……ああ、君は明確な化け物だ。兵士として長年勤めてきたつもりだが……敵対していなければ確実に悲鳴をあげながら逃げ出していただろう」

「ええ、貴方にだけ本気で威圧をかけていましたから当然でしょう。……大したものですよ。私達は戦闘に関してだけ言えば世界最高峰と呼べるような存在ですから」


 それは……気が付かなかった俺の問題だ。

 そうか、始めていたとすれば兵舎に来たあたりだろうか。そこから耐えていたとすれば……確かに胆力だけは認められても当然の話だよな。……とはいえ、試すような真似をしたメイジーには罰を与えるつもりだけど。


「これは褒美だと受け取ってください。加えて貴方やアン様に敵対意識は無いという気持ちだと言ってもいいです。……深部と中部の間には五十人弱の盗賊団がおりました」

「過去形……いや、五十人……ましてや、そこら辺にいるとすれば……まさか! バルガンが頭領を務める紅月団か! あそこにはダリーだっていたはずだろうに……!」

「詳しく説明する必要はありますか。話をしてみて感じましたが貴方は人並み以上の嗅覚と知能の高さがある。知識面などを排除した立ち回り方という意味ですが……さて、今の話をどう活用しますか」

「……それは……そうして欲しいんだな。そうする事でリヒトの助けになると言いたい、間違っているのなら首を横に振ってくれ。正しいのなら……」


 メイジーは笑顔を崩さずに首を縦に振った。

 それに対してドリンは冷や汗を垂らしながらメイジーを睨んだ。その思考の中に何が巡ったのかは俺にも分からない。だけど、メイジーが認める存在がその通りの意味で馬鹿な訳が無いよな。


「ああったよ! 任せてくれ! ただし、これは放浪者の考えを汲んでの行動じゃない! 俺はリヒトの兄貴分だから助けるだけだ!」

「分かっています。だから、助け舟を出しているのでしょう。本来ならば潰したばかりの盗賊団の話をする必要性すらありませんから」

「はぁ……本当に女ってのは怖いな。ただ、それが俺の弟分の助けになるって言っているのなら信用しない理由はねぇ。悪いが言い訳は俺の立場やリヒトを守るものにさせてもらう。それくらいなら認めてくれるよな」


 メイジーは静かに首を縦に振った。

 それをドリンは少しだけ驚いたような様子を見せてから笑顔で首を縦に振り返す。そこには恐怖が混じっていたのは間違いが無い。立場や地位を除いた実力という一点のみで二人を比べれば確実にメイジーが勝つんだ。当然の事だろう。


「なら、俺を信用しろとは言わねぇ。リヒトの兄貴分である存在を、リヒトが信じた俺を信じて欲しい。そして代わりに約束してくれ。アイツの幸せに反する事はしないって」

「当然の事を口にするなんて馬鹿げています。私は彼に心酔しております。その方の幸せを願って動くのは当然の事でしょう。……彼が大切に思う貴方方なら当然、私達の庇護下です」

「……格上相手に言うのは気が引けるが……それが慮っただけの結果に過ぎない事を祈るよ。人の気持ちなんて簡単に変わるだろうし、その結果の先なんて神ですら分かりはしない」

「ふふ……気に止めておきます。愚者の言葉ほど信用してはいけないものはありませんが、対して知者の言葉ほど否定するものもありません」


 おーおー、メイジーなりの譲歩だな。

 いや、俺が思っている以上にドリンを買っているとかも有り得るか。純粋な話、俺には二人が何の争いをして価値を見合ったのかは分からない。それでも、今の状態を見て片方が間違っているとは言い切りたくは無いな。……ただし……認めたから許すという訳にもいかない。

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