第21話
「メイジー、今日は一緒にご飯を食べないからな」
「ま、待ってください! それだけは!」
「俺の大切な人を試した罰だよ。別に俺の言葉を完全に肯定しろとは言わなけどさ。譲れないものくらいは認めて欲しいんだよ。というか、ドリンさんやアンさん以外が相手だったら死んでいた可能性だってあるんだ。勝手が過ぎるよ」
俺が言うのも贔屓に聞こえるかもしれないが確実にメイジーは強い。恐らくだけど見た目通りの年齢ならば同格に並べる人すら一パーセントに満たないんじゃないか。……少なくともリヒトの知り合いの中で彼女を圧倒出来るのは数人だけだろう。
まぁ、その当人はあまり自分の力に理解は示していないようだけど。いや、強い事は理解しているのだろう。ただ二言目には元の俺であったり、他の俺の元従魔であろう過去の仲間達の名前が出てきている。
ただし、そこは今は関係の無い話だ。
力に無頓着であったとしても相手によっては威圧だけで死人が出るような場面で、誰も彼もと威圧をかけていいとは主として許せる訳が無いだろう。敵か味方かは関わらなければ分からない事だからな。
「待て待て待て、俺は別に気にしてはいないぞ。それに兄貴分として言わせてもらうが彼女は分かっていて俺達を試したんだろう。リヒトから聞く話なんて人間嫌いのそれだろうからな。同様の性質に定まってしまってもおかしくはない」
「ドリンさんは優しいですね。ですが、それは今回の相手がドリンさんやアンさんだったから問題無かっただけです。例えば嫌味な貴族が相手だった時にはどうしますか。その時にも許してくれと言えばいいのですか」
「それは……まぁ、確かにそうだが……」
褒めているのか、貶しているのか。
高々、一食を共にするかどうか程度の話だというのにさ。いや、それがメイジー達にとって大きな問題なのは知っての事だよ。それでも、今日を我慢すれば明日は一緒に朝食を取れるというのに。
それにドリンが庇ったところでメイジーからの好感度を稼いでいるようにも見えてしまう。女性が相手だからというよりは生き残るために言っている、といった感じかな。現にドリンはその後の言葉を続ける事は無いみたいだし。
「はぁ……分かったよ。今回の件はドリンさんの助け舟を持って許す。でも、勝手に相手の能力を測るのはただの非礼でしかない。ましてや、俺が大切にしている存在が相手なら以ての外だ」
「リヒト……俺をそんな風に……」
「兄と思うような……いえ、本当に死んでしまいたいと思えた時に助けてくれたのはドリンさんやアンさん、後は数人の知人でした。大切に……思えないわけが無いでしょう」
その言葉は事実でもあり否でもある。
リヒトがギビルというゴミのような存在に対して苦しんでいた中で助けてくれたような存在を……どうして俺は下に見ていられるんだ。もちろん、俺の敵に回るのなら話は別だが味方としている以上は敵に回せる理由は無い。
「ドリンさん……貴方を信用して一つだけ力を見せます。俺が長年、苦心して得た最高の能力です」
「こ……これは……オーガか……。そうか……リヒトは俺の知らないところで力を……はは……本当に嬉しいよ……」
「ドリンさんが生かそうとしてくれた結果です。努力や才能なんて後から着いてきます。……それが目に見えるまで助けてくれた人達には……感謝し切れませんよ」
一瞬だけユキムラを召喚して戻した。
目も覚めていなかっただろうし、今の瞬間すらもアイツは覚えていないだろう。今のはただ俺の強さの証明を見せ付けるだけの行為……だというのに、どうしでだろうな。
アレ……何で涙が出てくるんだろう……。
そっか、俺って……やっぱり、リヒトなんだろうな。リヒトであって亮太という別種の存在でもあるってだけなんだ。大切に思う人達はどうしても心の底から大切に思えてしまうし、捨てようにも心が体を動かしてしまう。
「俺を見ていてください。貴方の弟分がより上位の存在へと至る姿を、近くで見ていてください。俺は平凡でいるつもりですが留まる気はありません」
「……否定しないさ。リヒトは……いや、リヒトを含めて君達も……違うな。そんな言葉は信用した存在にかける言葉としては相応しくない」
俺達の言葉にドリンは小さく溜息を零す。
だが、そこに不確定な、俺達への不快な要素などは含まれていない。残されているのはメイジーへの明らかな恐怖と、俺へのどこか異質なものを見るような視線のみ。それでも、過去のリヒトと同じ視線を混じ合わせるのは俺に対して明確な仲間意識があるからだろう。
それは……俺も同じだ。否定しない。
「俺はドリン、金と女と酒のために生きるアホみたいな男だ。弟分の女に手は出さないと約束しておくが性分だけは変えられねぇ。どうか、よろしく頼むぜ」
「ええ……貴方の名前は覚えておきますよ。一介の兵士として治めておくには勿体無い存在ですから」
「酒か金を与えてくれれば働くぜ。まぁ、当たり前だけどリヒトの損になる行動はしたくねぇ。アイツの幸せに繋がるのなら手を貸す。幾つか譲れないものはあるがリヒトの言葉を無視しなければ敵対する事は無いはずだ」
それは先程の言葉の裏返しでもあるのかな。
リヒト、もとい、俺の気持ちを雑に考えれば自身の不利益になる可能性がある……いや、それは考え過ぎか。そこまで考えていたのならもう少しだけ言葉は選ぶだろうし、今のように冷や汗すら流さずに口には出来ないはずだ。
「それは良くも悪くも、という事ですね。……とはいえ、嘘と真が入り交じったような話にしか感じませんが」
「交渉で嘘をつかない奴はいないだろう、はは!」
ドリン……思っていたよりも頭が良いな。
まさか、メイジーと対等に言い合える存在だとは思ってもいなかったが……いや、そうでもなければ兵士として長らく存在できるわけも無いか。これはこれは……思ったよりも良い方向に進んでくれている。
「はぁ……これで顔合わせも終わりでいいですね。ドリンさん、俺の師匠が変な事をしてすみませんでした」
「いや、気にしなくていい。この子ならリヒトを任せられると分かったからな。これならギビル達から何かされる心配も減るだろう」
「はは……そう言ってくれると助かります」
まぁ、実際は簡単に行きそうも無いが。
昨日今日の二日間だけで嫌という程に妨害を受けているからな。ましてや、メイジーの強さを測れずに攻撃だってしてきている。ドリンのように考える頭があるという事がどれだけ重要なのかを理解させられるよ。
「今度は俺がドリンさんに奢れるように頑張りますよ。きっと、メイジーがいれば問題無く強くなれるはずです」
「はは……それは遠い未来じゃないんだろうな。オーガを従えさせたような奴だ。誰でもその言葉を嘘だとは思わないだろうな。……もちろん、俺も同じ気持ちだよ」
「そう、ですね……そうですよね……」
その後はドリンからメイジーの仮の身分証明書を受け取って皮袋に入れ、そのまま兵舎から出ていった。今はさっさとドリンの前からいなくなりたかったんだ。そうでも無ければ少しだけ抑えられない気持ちがあったからな。
俺は最後の最後まで言い訳を続けてしまった。
本当の思いを隠して二人に接してしまったんだ。本音はもっと心の奥底にある言葉のはずなのに、それを伝えないままで終わろうとしてしまっている。もちろん、それをドリンの目の前で吐き出せるわけも無い。
「メイジー、少しだけ話がある。まぁ、何の話かは君も察していると思うが……良い話をするつもりは無い」
「はっ……当然の事を私はしてしまいました」
「ああ……このまま着いてきてくれ」
メイジーを背後に連れたまま、近場の路地裏へと入っていって足を止める。こういう時にこういう事を言うのはあまり良くないのかもしれない。それでも伝えておかないといけない事は隠さない方がいいだろう。
二人だけを囲むように黒魔法で音と光を遮断した空間を作り、メイジーを強く睨む。……無意識だ。本心から睨もうとした訳では無い。それでも我慢出来ないくらいに思うところがあったのも事実だ。だから、吐き出すように喉元にあった言葉をメイジーにぶつけた。
「メイジー、君は少し勝手が過ぎるな」
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