第13話

「なら、メイジーとの関係は決まったな。後はアリスだけど」

「アリスもマスターのお嫁に行くの!」

「……そうだな。その方向で考えておこう」


 自分からそうしたいと言ったんだ。

 そこに対して否定の言葉を述べるべきでは無い。というよりも、俺からすれば最低限度の時間を稼ぎたいだけだ。仮に二人が俺から離れたいと言った時に心から手を振ってやれるだけの時間が稼げたのならそれでいい。


「なら、将来的に結婚する代わりに俺への裏切り行為は全て禁止とする。これなら二人の望みと俺の微かな不安の両方を叶えられるはずだ」


 少なくとも二人は綺麗な顔をしている。

 メイジーは……ちょっと暴走しそうな面があるから怖いのと、アリスは吸血鬼という点で俺と反りが合うかで不安な部分が無いとは言わない。だけど、他の人に奪われるにしては勿体無いでは済まない程の人材だ。


 もっと言えば二人が元の俺ではなくて今の俺を好んでくれるようになったら……その時には抱えている不安の全てが掻き消える程の幸福がもたらされる。できれば、そうなって欲しいけど……それは求め過ぎかな。


「異論はありません。ずっと夢想してきた事を叶えられる願っても無い話です。そのお気持ちに応えられるだけの働きをこれからもしていかなければいけないと帯を締めて」

「無茶をしない程度にしてくれよ。これからは本当の意味でメイジーは俺のものになるんだ。婚約したのに勝手に先立たれてしまえば残された俺はどうなってしまう。弱体化し、大切な人を失ってしまった悲しみに打ち拉がれる事になるんだぞ」

「そうですね……この身にマスターのご子息を宿すまでは確実に死ねません」

「いや、宿したとしても死なないで欲しいんだけどな。というか、少なくとも学生の身分でそういう如何わしい行為はしないから。絶対に」


 せめて高校生程度、詳しく言えば十七を過ぎればしてもいいかなとは思っている。そこまで待ってもらえれば確実に俺一人で稼げる程度の強さは手に入るからな。今だって目立ちたくないのは強くない状況で敵を作りたくないだけだし。


「アリスはマスターが大きくなるまで待つのー」

「ああ……後は夜間に吸血行為でも許した方がいいのかな。吸血鬼となれば人の血は弱体化しないためにも必須だろ」

「……マスターはエッチなの。したいのなら二人っきりの時に言って欲しいの」


 頬を赤らめて軽く胸を叩かれた。

 多分、うん、軽くだと思う。めちゃくちゃ痛くて弾き飛ばされそうなのを踏ん張ったけど、確実にステータスに大きな差があるだけだ。本気でぶん殴られていたら間違いなく命の一つや二つは消滅している。


「あの……あまり口にはしたくありませんが……下級の吸血鬼からすれば吸血行為は食事の一環でしかありませんが、最上位の真祖であるアリスからすれば生殖行為と変わりありませんよ」

「つまり……」

「想像した事と変わりありません。とはいえ、吸血行為をしたところで子供ができるわけではありませんのでご安心ください。ただ……なぜか、上位の吸血鬼が吸血行為を行うと少しして女性の方が身篭る事が多いだけです」


 うーん、あまり聞きたくない話だな。

 それって要は血を吸われた側が吸った側を襲ってしまう何かがあるから、だろ。すぐに思いついたのは強い媚薬成分みたいなのを注ぎ込まれてしまうとかだけど……仮にそうだとしたらリヒトも知っている気がするんだよな。


 だって、そんな眉唾な物があるのなら男は大枚をはたいてでも欲しがるだろうに。なのに、大して有名な話でも無いのは世界によって吸血鬼の特性が変わるからか、もしくはアリスレベルの上位の吸血鬼が表に出てくる事が無かったからくらいだろうか。


 ってか、もしそうだったらエロ漫画かって確実に突っ込んでいる。……突っ込むだけに、いや、今のは最低な冗談だったな。二人に聞かれなくて本当に良かったよ。冗談だとしても許される範囲というものがある、多分。


「それなら今はやめておこう」

「べ、別にしたくないわけじゃないの! 恥ずかしかっただけでしてもいいのならしたいの!」

「アリス、俺は今の段階で学園に通うリヒトという存在に影を差したくないんだ。学生の間は学生らしい生き方をする。勉学や鍛錬は確実に必要になるだろうな。エッチな事は全ての地盤が整ってからでいい」


 七年……で、アリスがどれだけ成長するか。

 まぁ、鶴のように長く生きる吸血鬼だ。七年程度で身体が変化するとは思ってもいないが……そういう時は心の底までフェミニストになろう。絶対にロリコンになってはいけない。そう、私はフェミニストです。


「という事で……さっさと契約を済ませておくか。善は急げと言うし、それに契約内容を改めた時にデメリット等があるかも確認しておきたいし」

「元の世界ではありませんでしたが……見ていた感じ似ているようで似ていないですものね。そこら辺で私達が知らない何かがあってもおかしくはありません」

「うん、まぁ、多少のデメリットなら二人がいれば大した問題にはならないだろうからな。それもあって早めに済ませておきたいんだよ」


 後はリヒトの持つ知識と違いがあるか、そこに関しての確認もしておきたい。俺が暮らしてきた世界の事は何も分からないが本を読んできた感じ、簡単に出来そうではあったし。それに二人にやり方の違いとかも聞ければ記憶を取り戻す機会になる可能性もある。


「まずは……召喚した順番でメイジーからだ」

「ふふん、正妻として当然の権利です!」

「うーん……申し訳ないけどメイジーもアリスも正妻にするから順序は付けないよ。要らない争いが起こるくらいなら平等に扱った方が問題にならなくて済むし」


 当然だけどアリスはガッツポーズを見せて、メイジーは少しだけ悲しそうな顔をした。それでも落胆しているようには見えないから……多少は仲間を思いやる気持ちがあるのかな。


「メイジーの事は好きだよ。記憶が無いからどの口が言うんだって話だけど、転生したてで死ぬかもしれない中を助けてくれて、それでいて一目惚れするくらい可愛かったんだ。……主としてのワガママを許して欲しい」

「いいんです。元より私達、従魔はマスターからの寵愛を頂けずにいました。夢にまで見たマスターとの生活を送れるのなら……順序など些事たる問題です」

「うん、従魔間で反りが合わない相手はいるかもしれないけど、俺が娶ると言った時には笑顔で迎え入れて欲しい。問題となりそうな部分はそこら辺だけだろ」


 メイジーは笑顔で首を縦に振った。

 何となく含みを持たせていたのはメイジーにも好き嫌いがあるからだろう。メイジーの中で好き嫌いに関わるとすれば俺の事、そこを加味すれば従魔に行き着くのは当然の事だ。それこそ、ヨシツネの事もあまり好きではないんじゃないかな。


 だって、アリスがいた朝とヨシツネの話をしていた時の表情が違っていたし。別に表立って嫌な顔はしていなかったけど、重宝していたという話をする時に少しだけ口元を歪ませていた。それが反りの問題なのかは分からないけど……。


「アリスも宜しく頼むよ。従魔が俺の嫁になる事を望むのなら理由が無ければ拒まない。きっと、二人が拒否するような存在も現れるだろう。それでも俺が迎え入れると言ったら虐めたりはしないでくれ」

「分かっているのー! それが嫁の矜恃なのー!」

「ああ、信用しているよ。短い時間だけどアリスはそうしないって自信があるんだ。もしかしたら魂がアリスを信用しろって言っているのかもしれないね」


 まぁ、それはメイジーに関してもそうだ。

 最初の時から二人に対して強い恐怖とかを感じなかったのは信用していたからなのだろう。普通はメイジーの狂気じみた戦い方を見れば好意よりも恐怖が先立つ。アリスだって吸血鬼と知っても何の感情の揺らぎが無かった。


 だからこそ、契約の変更が必要なんだ。




「じゃあ、契約の変更をしよう。俺からメイジーに求めるのは俺が望まない行為、裏切り行為の一切の禁止。対してメイジーは俺な何を求める」

「マスターの室の中に迎え入れる事です」

「では、背中を出せ。刻印の改めを行う」


 露わになった絹のように白い背中に触れる。

 魔力を流した瞬間に元からあっただろう刻印が現れて見た目が変わっていく。最初は赤い蛇のようなマークが出ていたが、それが血にまみれたような赤い蜘蛛へと変わっていった。契約変更に関して特に問題は無い。ただ一つだけ言える事があるのなら……。


「ん……あぁ……」


 この妖艶な声だけはどうにかならないか。

 いや、冷静に考えろ。刻印が書き換わったという事は既に契約は完了しているという事。少なくとも魔力学の本にはそう書かれていた。だから、手を離して契約を終わらせる。「あ……」とか名残惜しそうな声が聞こえたけど精神の安寧のために絶対に続けない。絶対に。




「後はアリスだ。俺から求めるのはメイジーと同じく裏切り行為の禁止だが」

「アリスも室の一員として迎え入れて欲しいの」

「了解した。……じゃあ、刻印の改めを行うか」


 アリスにも同じ事をしておく。

 やはりというか、二人に付けられていた契約の刻印は蛇のマークだった。元の俺の好みなのかは分からないが……いや、何も考えずに付けた俺のマークは赤の蜘蛛だった事からして、その人の魂の形に合わせて勝手に付けられているのかもしれない。


「それじゃあ、これで晴れて二人は俺の嫁になったわけだけど対応が変わるわけじゃない。まぁ、今まで通りに動いてくれればいいよ」


 とはいえ、メイジーは昨日、アリスは今日からの関係性だけど。そう考えると出会ってすぐに婚約っておかしな話だな。スピード婚とかってレベルじゃないぞ。


「このままレベル上げをしたいと思う。中部辺りに行ってオーガでも倒せば良い経験値になるはずだ。それに……一つだけ面白そうな事が増えたからな」

「ええ……今は三人でデートの時間ですね。アリス、私達はマスターの剣の練習の手伝いです。あくまでも援護より上の行動は厳禁ですよ」

「分かっているのー。メイジーもヒートアップしないように気をつけるのー」


 俺もメイジーの方が恐ろしく思えるけどな。

 なんというか……うん、勘だ。記憶は無いけど何となく過去にも口にしていた言葉とは裏腹の行動を取っていた気がする。どうか、俺の望むような戦闘が出来ますように……。




______________________

作品内で書けるかわからないので後書きで書きますが……少しだけ小ネタです。作中内での上位の吸血鬼の吸血の仕方は少しだけ残虐です。それこそ、アリスが恥じらった好意を表す吸血と食事の吸血は似ても似つきません。読者によってはあまり好ましく思えないかもしれませんので具体的な説明はしませんが人権のじの字も無い方法です。

そこら辺もあってアリスは吸血という行為そのものをそこまで好ましく思っていません。本人自体も食事で栄養を取れるから、といった部分も大きいですが……。

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